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大規模不正の再発防止へ不可欠な組織風土改革の「正の連鎖」

求められるのは全社的な責任認識と不断のコミュニケーション  

近年、大企業における不正の発覚がたびたび問題になっている。なかでも目を引くのが法令違反などに係る組織ぐるみの不正だ。こうした不正は長年続いているケースも多く、経営層から従業員までを網羅した組織風土改革なくして浄化することは難しい。そのために不可欠なのは、経営と従業員の双方が責任を自覚した上で、不断のコミュニケーションに取り組んでいくことである。本稿では、それを実現していくためのポイントを概説したい。(週刊金融財政事情 2025.2.11掲載記事)

連帯責任の意識なしに組織風土は変わらない

経営層から従業員まで組織全体を巻き込む不正(不祥事)が発覚し、世間に向けて広く報道されてしまうと、企業の根幹を揺るがす「信用の失墜」にまでつながりかねない(注)。こうした大規模な不正においては、「組織風土に問題がある」「組織風土から変えていかなければいけない」とよくいわれる。実際、社内外の調査委員会の報告書などでそのように指摘されることも多々ある。

もっとも、組織風土を変えていくことは簡単ではなく、お題目だけでは何も変わらない。真に組織風土を変えるためには、長年培われ組織に根付いている風習や文化、間違った正義感や問題意識そのものを改める必要がある。

そこで求められるのは、多角的なアプローチを同時並行で進めることである。不正の原因になった社内制度を変えたり、管理会計上の指標や人事評価の基準を再検討したりするなど、いわば「ハード面」の改革も欠かせない。だが、それ以上に重要なのが、従業員全体の意識改革などに代表される「ソフト面」の改革だ。そこで以下では、特に従業員全体の意識改革にスポットを当てたい。

まず、組織ぐるみの不正が長年続いている場合、組織全体に責任があることを、はっきりと認識しなければいけない。ここでの「組織全体」とは経営者や管理職にとどまらない。従業員を含む全体に不正の責任があると捉える必要がある。

不正が明らかになった際、従業員は「経営者の責任だ」と言いがちだ。一方で、経営者は不正に携わった従業員にその責任を押し付けがちになる。しかし、本来はどちらにも責任がある。

責任の多寡から言えば、上に立つ者の方が責任はより重い。不正が明るみに出た場合、記者会見などで頭を下げるのはもちろん経営層の役目だ。引責辞任をするのも、もっぱら経営層だろう。ただ、これらによって組織全体が生まれ変わるわけではない。

他方、従業員には実行責任がある。「悪いことを行っている」と知っていれば、それを正そうとしなかった責任も生まれる。

すなわち「連帯責任」である。意識改革に着手するに当たっては、こうした認識からスタートすべきだろう。新体制での経営層や管理職が自らも戒めつつ、従業員全体の意識をいかに変えていくことができるかが重要だ。

PDCAを回し、従業員との対話を深める

不正発覚後の再発防止策に多いパターンは「上から一方的に訓示を行う」「研修を課す」「統制を強化する」などの対応だ。これらの施策の目的は、従業員の意識向上にある。

さらによく見られるのが、例えば研修を1回実施したことで満足してしまい、何度も同じことを繰り返す努力を怠っているケースだ。平時でもそうした一方通行の押し付けでは意識は変わらないが、非常時ともなれば、なおさらそうした安易な方法で組織が変わるはずもない。

組織風土を改めるに当たっては、従業員の意識を変えていくことは確かに重要だ。だが、実際に施策立案や実行に移すには「従業員の意識をどのように変えるか」ではなく「どのようにコミュニケーションを取るべきか」という関係性に焦点を当てるべきである。

まずは従業員とのコミュニケーションを密にし、管理職も従業員と一緒に変わろうと日々努力しなければならない。その際には「正しい質問力」と「傾聴する姿勢」が求められる。実際、経営層と従業員の対話の場において、従業員から不正の端緒が開示されることもある。これは、経営層が従業員の言葉を傾聴する姿勢を自発的に示した結果だろう。

仮に対話の中で従業員から旧態依然とした発言があっても、頭ごなしに否定するべきではない。カウンセリングの手法で、まずは肯定した上でより良い方法を促す。それを継続しつつ、効果を観察しながらより良い対話の方法を見つけ出す必要がある。

コミュニケーションを取る中で「人の意識や組織風土が変わらない」と思えば、やり方を見直す柔軟さも求められよう。また、組織風土が良い方向に変わりつつある場合においても、次の段階も同じ方法でよいとは限らない。常に従業員とのより良い対話の手法を試し続ける努力が必要である。コミュニケーションに関するPDCAを回し続けることで、初めて組織風土は変わり始める。

現場との距離を近づけ負の連鎖を断ち切る

組織風土改革に向けたコミュニケーションは、抽象的なテーマであるが故に、向かうべき方向性や改善度合いが分かりにくいといった課題もあるだろう。

そこで懸念されるのが、間違った対話による「負の連鎖」だ。組織は目的を遂行するため上意下達が基本で、従業員に対して一定の同質性を求めている。それ自体は否定されるべきではないが、一つ間違えると「間違ったことも正しく行う」悪循環を生んでしまう。

すると、駄目だと分かっていても不正を働いてしまい、不正が常態化した理由や事実を隠蔽しようとする。会社・経営層と従業員の間にはコミュニケーションの齟齬が起こり、その溝はなかなか埋められない。結果としてお互いに相手の考えていることが分からず、隠蔽体質が強化されてしまう。

この負の連鎖を断ち切るには、密にコミュニケーションを取り続け、従業員の不平不満のありかを知ることが欠かせない。そのために、組織風土改善策への理解度合いを常にモニタリングする役回りが必要になる。

特に金融機関は数多くの支店や営業所を設けており、組織規模が大きく、経営層と従業員の物理的な距離も遠くなりがちだ。その場合はなおさらで、エリアごとにコンプライアンス担当者などを置くことで、現場に出向き、継続的な観察や聞き取り、話し合いを心掛けなければならない。

対話においては、間髪置かずに「どうすべきか」という解を提供する義務も求められる。「会社はどう変わろうとしているのか」「次にどのようなアクションを起こすのか」を管理職が従業員に示すべきだ。

不正が発覚した場合、従業員は必ず会社に対して不信感を持つ。だからこそ、会社も変わろうとし、実際に変わったことを見せなくてはいけない。施策の実行まで手を抜かない姿勢を示し、従業員に自分たちの置かれた環境がより良い方向に変わっていくという確信を持ってもらい、変化を促していく。これこそが望まれる「正の連鎖」だ。

「分岐点」を乗り越え正の連鎖を維持

この正の連鎖を創り出していくために欠かせないのが従業員のモチベーションだ。組織のほとんどを占める従業員の意識が変わらなければ、組織を変えることはできない。

繰り返しになるが、そのためにはモニタリングを継続し、コミュニケーションを取り続けるほかない。具体的には図表のとおり、不断のコミュニケーションによって従業員の矛盾や疑問を解消するように仕向けることが重要だ。従業員のモチベーションを正しい方向に仕向け、行動をアシストし、それを永続するように努力できる仕組みを構築することが、正の連鎖の実現には必要になる。

また、正の連鎖を一度、実現できたとしても、その後も従業員の組織に対する感情が悪化する「分岐点」がある。組織はこの分岐点ごとに従業員と適切なコミュニケーションを取る必要がある。さもないと、せっかく築き上げた正の連鎖はすぐに負の連鎖に戻ってしまう。分岐点を先読みし、正の連鎖を継続できるように仕向けなくてはいけない。

全社的な不正といっても、部署や担当業務などによって従業員ごとの意識の違いがある。不正に関与していない従業員からすると、「なぜ私が」「私は悪くない」など、改革に対してマイナスの感情が芽生えてしまう。こうした感情から負の影響が簡単に伝播し、正の連鎖が崩壊すると心得るべきだ。

***

不正が発覚した後に行うべき従業員とのコミュニケーションは非常に負荷がかかるものだ。ただ、組織風土改革の断行には、新しい経営陣が覚悟を示し、この改革にコミットしていることを強く全従業員に示し続けることが必須である。この姿勢が組織風土改革のすべての起点となることを強調しておきたい。

 

(注) 本稿でイメージしているのは、個人や一部の部門あるいは子会社などが起こした不正ではなく、会社全体で長年にわたって続いていた不正である。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

週刊金融財政事情(2025.2.11掲載)

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
渡邉 祐希絵(マネジャー)

 

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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