最新動向/市場予測

必要な「金融政策ののりしろ」

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.47

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
 

グローバル経済の減速が、新興国の経済指標にも表れ始めている。今年の1-3月期においては、韓国・台湾の実質GDP成長が低下したほか、インドでも実質GDP成長率が前年比+5.8%と4年ぶりの低水準に減速した。その他、ロシア、ブラジル、南アフリカなどの資源国でも成長率の減速が目立っている。さらに韓国ウォンをはじめとする一部新興国通貨の下落も目立ち始めている。中国発のグローバル景気減速リスクが徐々に拡大し、顕在化し始めている状況である。米中通商問題の長期化とこれに伴う制裁関税のリスク、米国とイランの対立に見られるような地政学リスクの高まりは、新興国の不安定化のさらなるリスク要因といえるだろう。

中国についても、経済指標の動向は芳しくない。第1四半期の中国の実質GDP成長率は予想以上に好調だったものの、これに続く月次経済指標は中国の内需が引き続き減速基調にあることを示唆している。5月の経済指標では、工業生産が前年比+5.0%、固定資本投資が同+5.6%といずれも大幅減速となった。内需の低迷に加えて米国の制裁関税により中国経済はさらに下方リスクが高まっているといえる。

欧州では英国の「合意なきEU離脱」のリスクが再び高まりつつある。メイ首相が党首辞任を表明し、後任党首選ではボリス・ジョンソン氏を筆頭にいわゆる離脱強硬派が有力とされている。離脱の期限は最大10月末まで延期されているものの、現状の英国議会の状況からは秩序ある離脱への道筋は描けていない。

米国経済についても下方リスクは高まっていると見る。最近の経済指標も景気の悪化を示唆するものがいくつかあった。5月の雇用統計で非農業部門雇用者数が前月比75千人にとどまったのは、一時要因の可能性が高いとはいえ雇用市場の減速の兆しを示唆するものである。5月のISM製造業指数は52.1%と景気判断の分かれ目である50%に接近しており、主に通商問題に起因する企業景況感の悪化が今後の米国経済の減速基調の持続を示唆している。景気循環上も米国経済は、需要超過状態にあり、サイクル転換前の減速局面にさしかかりつつある。今後米国経済の急減速のリスクが顕在化するとすれば、米中通商交渉の合意が長引き、いわゆる第4弾の制裁関税が実施されてこれが長期化し、さらに金融市場の悪化に波及した場合である。この場合米国実質GDPにも-1%弱の影響があると当方では試算している。

しかしながら、現在の米国経済とインフレの立ち位置は、ただちに大幅な金融緩和政策により景気悪化への対応を必要とする事態とも言いにくい(本稿執筆時点では、6月18-19日FRB連邦公開市場委員会(FOMC)定例会合結果は未公表)。米国の失業率は5月現在で3.6%と、米議会予算局(CBO)の推計する自然失業率(4.6%)を大幅に下回っている(CBO推計値は2019年1月の「財政・経済見通し」による)。米国の2019年1-3月期の実質GDPは、同じくCBO推計の同時期の米国潜在GDPを+0.8%ほど上回っている。つまり米国経済は依然需要超過の状態にあることになる。一方で、FRBが参照するインフレ指標である個人消費支出価格指数(PCEデフレーター)は4月現在で前年比+1.5%(食品及びエネルギーを除く同コア指数は同+1.6%)とFRBのインフレ目標の2%を下回って推移している。標準的なテイラー・ルール公式によれば、この状況は、マイナスのインフレギャップとプラスの需給ギャップが概ね相殺しあう形である。この場合、適正なFF金利の水準は、現状のインフレ率と実質中立金利の水準に依存することになる。概ね、実質中立金利が1%を超えていると想定した場合、2%台前半のFF金利は依然緩和的という計算になる。

米中通商問題の長期化リスクやグローバル経済のさらなる減速リスクに鑑みた予防的な金融緩和が実施された場合、株価がこれに好意的に反応することで一時的に景況感の改善につながるメリットは考えられる。ただ、現状の低金利下では早期の金融緩和開始が実体経済に直接働きかける限界的な効果は限定的で、むしろ本格的な景気転換の際の「金融政策ののりしろ」を縮小させるリスクにも留意が必要であろう。

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執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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