最新動向/市場予測

予防的緩和の功罪

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.48

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
 

6月末の米中首脳会談で米中通商交渉の再開が合意され、制裁関税の所謂「第4弾」の実施はいったん見送られた。制裁関税第4弾発動による中国経済へのさらなる悪影響は回避されたといえる。しかしながら、すでに実施済の第3弾までの制裁は継続され、これが中国経済に継続的な下方圧力をもたらすと考えられる。実際、7月15日に公表された2019年4-6月期の中国実質GDP成長率は、前年比+6.2%の低水準にとどまった。追加制裁関税によるさらなるリスクの高まりは回避されたとはいえ、中国経済の減速傾向、およびこれを端緒とするグローバル経済の下方リスクは継続しているといえる。

米国経済は相対的には堅調である。当センターのベースラインシナリオでは、2019年の米国実質GDP成長率を前年比+2%台前半としている。これに対し、1-3月期の成長率実績と4月以降の月次指標は、このシナリオに概ね沿っているかあるいはややこれを上回るペースである。雇用市場は依然タイトであり、雇用増加ペースも減速しつつも前年比+1.5%レベルは維持している。インフレ率は前年比+1%台半ば(コア個人消費支出価格指数前年比)とFRBの2%目標を下回っているが、総じて米国経済の見通しに著変はないと言ってよい。第4弾の制裁関税が実施された場合は米国経済への影響も相応に考えられたが、そのリスクはいったん先送りとなった状況である。

かかる状況下でもなお、FRBが近くFF(フェデラル・ファンド)金利誘導目標を引き下げるとの期待は維持されている。市場は依然7月末のFOMC(連邦公開市場委員会)定例会合での利下げを織り込んでいる。7月10日に実施されたパウエルFRB議長の議会宛半期金融政策報告では、こうした市場の利下げ期待をけん制するような発言は見られなかった。先月の当レポートで述べたように、当方は現状の米国経済状況における利下げはやや時期尚早だと考えている。しかしながら、第4弾制裁関税発動見送り後もなお、FRBは市場の利下げ期待を事実上容認しているという状況証拠から、FRBが年内に利下げに踏み切ると今や考えざるを得ない。利下げの際の理由付けとしてはインフレ率の下方バイアス、または将来の経済見通し下方リスクに対する「予防的」利下げの位置づけとすることが考えられる。

FRBが予防的な利下げを実施した場合には、その効果とリスクの双方が考えられる。既に市場では、FF金利誘導目標が年内に0.5%引き下げられるとの期待から、米国債10年物利回りが昨年末のピークである3.2%レベルから現在は2%レベルに低下、また30年物固定住宅ローン金利は昨年末ピーク約5%弱レベルから、現在4%割れにまで低下している。住宅ローン金利低下により、住宅ローン申し込み件数が急増しており、利下げによる住宅販売市場への好影響は考えられる。しかし、米国GDPの約7割を占める実質個人消費については金利低下による押し上げ効果は限定的と見たい。実質個人消費の伸び率を雇用・賃金・物価・株価・金利・住宅価格を決定要因として要因分解した結果によれば、実質個人消費の伸びに対する寄与は賃金と雇用が大半を占めており、住宅ローン金利や株価の決定要因としての寄与度は高くはない。住宅ローン金利が2割低下(5%→4%など)した場合の実質個人消費の押し上げ効果は年率+0.2%に相当し、実質GDPの押し上げ効果は同+0.1%程度にとどまる計算になる。一方で、市場では利下げを見越して株価が再び上昇、NYダウ平均は史上最高値を更新した。現状の株価水準はバリュエ―ション的にはかなり割高感がある。FRBの利下げがさらなる株価上昇となるバブルを創出するリスクには留意が必要である。


【図表】実質個人消費の要因分解(米国)

実質個人消費の要因分解[米国]を表すグラフ
※画像をクリックすると拡大表示します
実質個人消費への物価影響[米国]を表すグラフ
※画像をクリックすると拡大表示します

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

お役に立ちましたか?