最新動向/市場予測

リブラが問題提起する新技術と金融規制の関係

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.49

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
対木 さおり


デジタル通貨のリブラに関して、世界の金融当局から慎重な意見が相次いでいる。リブラとは、2019年6月に、2020年をめどにサービス開始の計画が表明された新しいデジタル通貨で、スイスに所在するリブラ協会を通じて運営され、多様な組織で構成される予定となっている。参加する組織としては、多様な地域に拠点を置くクレジットカードなどの決済企業、マーケットプレイス、通信、ブロックチェーン、ベンチャーなどの多様な企業や、非営利組織や学術機関などがリストアップされている。これらの企業は、初期メンバーとして協会設立に関与し、完成後に「創立者」となることとされている。

リブラは、ブロックチェーンの技術を活用し、ドルやユーロ、円といった既存の法定通貨を裏付けとして発行され、価値が安定しやすい傾向を持つことから、現時点では、「ステーブルコイン」に近い性質を持つと考えられる。

主な目的としては、銀行口座を保有していない層に対して、金融包摂の機会を創造し、送金や決済のコストを抑制しアクセスを拡大することとされる。国際的な決済・送金コストを低減させ、金融サービスへの障壁を下げる革新的なプロジェクトである。

リブラは、大きな可能性を持つ一方で、2019年7月には7か国財務大臣・中央銀行総裁会議においてステーブルコインの開発者に対する懸念が表明されている。慎重な意見が見られる背景には、新技術の金融面での適用に当たっての課題ともいえるいくつかの要因が複合的に関わっている。ここでは、今後、リブラの運用に向けてカギとなる規制面での要因を中心に簡単に整理をしてみよう。

第1に、特に個人情報の管理に関する懸念が強い。

リブラの管理は、将来的に、リブラ協会が担うとされているが、当面はリブラを開発する米国IT会社及びその子会社が主導するプロジェクトとなる。当該IT会社に対しては、2018年春に発覚した個人情報の不適切な管理に関して、米国で公聴会が行われたにも関わらず、状況の改善が見られず、2019年7月には米国司法省および米連邦取引委員会(FTC)が、個人情報の使途についてユーザーを欺いていたとして、同社はプライバシー保護のための多角的なコンプライアンス施策の実施と50億ドルの制裁金支払いに合意したと公表。英国情報保護当局にあたる情報コミッショナー事務局(ICO)も、2018年秋にデータ保護法の重大な違反により、同社に50万ポンドの制裁金支払いを命令するなどした。

こうした見方を反映し、英国ICOは8月に入り、6カ国・地域の当局(欧州連合(EU)、米連邦取引委員会(FTC)、アルバニア、オーストラリア、カナダ、ブルキナファソの情報保護当局)と連名でリブラのプライバシー対策について懸念を表す声明を発表するに至っている。

第2に、マネロンや犯罪資金対策が不十分になる可能性があることが挙げられる。リブラの匿名性の高さに加え、公表物を見る限り、リブラ協会の意思決定経路やガバナンスが現時点では分散されていることから、管理態勢には不透明感があることは事実であろう。仮想通貨や暗号資産の取り扱い業者に関しては、2019年6月のFATFガイドラインにおいて、銀行並みのマネロン対策が必要となることが示された。したがって、基本的な路線として、リブラ協会は同ガイドラインに沿った対策が求められるとみられる。なお、リブラ協会が所在するスイスでは、仮想通貨・暗号資産を積極的に取り入れる動きを見せるスイス証券取引所を筆頭に、当局は暗号資産の活用に前向きな一方で、近年、スイス国内では金融機関におけるマネロン事案も発生しており、高レベルのマネロン対策や犯罪資金対策が求められることが想定される。

第3に、中長期的にリブラの発行残高が大きくなる場合は、裏付けとなる法定通貨との相互影響にも注意が必要である。リブラが特定の法定通貨に連動するステーブルコインに近い構造を持つため、リブラのリザーブ(通貨や短期公債などで運用)が増加する場合は影響が大きくなる可能性が高い。HPでも、金融危機時の構成通貨の変更などに課題があるとの認識がうかがえる 。また、裏付けとならないその他の法定通貨よりも安定性・安全性が高いと見なされる場合には、リブラ通貨が当該通貨の代替となり、為替取引に大なり小なり影響をもたらす可能性もあり、リスク管理のハードルは高いであろう。

第4に、暗号資産や仮想通貨に対する、各国規制は統一化されているわけではなく、各国ごとにばらつきがあり、リブラに対する規制の枠組み・水準を関係各国が協力して維持する必要性がある。特にカウンター・パーティーリスクを抑えるために、リザーブは投資適格として認められた証券保管機関に保管されることが想定されているが、地理的に分散された複数の証券保管機関に対する監督や、リブラに対する監査の監督はどの当局が担うのかという問題も存在する。

上記の通り、リブラ発行に向けたハードルは現状では相当に高いと考えられる。もっとも、革新的なサービスであるがゆえに、リブラに関わる関係者は、多様なバックグラウンドを有する多様な人材で構成されている様子がうかがえ、各国法制度上の適法性の確保には相応の配慮を置いている模様だ。ハードルが高いことは承知の上で、中長期的な観点から、規制・制度面での検討・対応が進められる可能性が高いと考えられる。

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執筆者

対木 さおり/Saori Tsuiki 
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

財務省入省後、大臣官房にて経済・政策分析業務、関東信越国税局(国税調査官)、理財局総務課・国債課にて、国有財産・債務管理や国債発行政策策定に従事。米国コロンビア大学にて修士号(MPA)取得(IMFインターン等を経験)、その後大手シンクタンクにて、政策分析・経済予測、関連調査・コンサルティング業務を担当。

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