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米国発エマージング行き:制裁関税第4弾のリスク

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.49

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
 

連邦準備理事会(FRB)連邦公開市場委員会(FOMC)は7月の定例会合で予想通り0.25%の利下げを決定し、FF金利(フェデラル・ファンド金利)誘導目標レンジを2.00~2.25%としたが、その市場への影響は当方の想定と異なるものであった。会合後7月31日の記者会見でのパウエルFRB議長の発言が市場予想ほどにはハト派でなかったことから、記者会見後に米国株は下落、長期金利は上昇した。しかるに翌8月1日、トランプ大統領が対中国輸入製品約3000億ドル相当に対する10%の制裁関税(いわゆる「第4弾」)を9月1日から発動すると表明した。これを受け金融市場では、グローバルな景気減速への懸念から長期金利が急低下、株価はさらに下落との動きになった。

先月の当レポートでは、現状の米国経済の環境下での金融緩和は時期尚早であり「予防的」との位置づけになること、また時期尚早な利下げが株価上昇などのさらなるバブルを生みだすリスクを指摘していた。しかしながら、制裁関税第4弾の発動表明により、結果的に今回の利下げがタイムリーなものになった可能性は否定できない。ただし、以下に述べるように、この利下げが米国経済の腰折れを想定した継続的な利下げサイクルの開始とみるのはまだ妥当とは言いにくいことから、当センターでは現在、FOMCが9月の定例会合で0.25%の追加利下げを決定したあとは一旦様子見に転じると見ている。

対中制裁関税第4弾が10%水準で実施されたとしても、米国経済がそれだけで腰折れになるリスクは小さい。またトランプ大統領は第4弾の実施につき、一部の中国輸入依存度の高い製品についてはその適用を見送る方針を打ち出している。米国雇用増加ペースと賃金上昇ペースからは、名目ベースで前年比約5%(実質ベースで約3.5%)の個人の購買力が現在でも創出されている計算になる。個人消費の観点からは米国が潜在成長率を上回る成長を持続することは十分に可能な状況である。また、米国経済が過去のリセッション前ほどのバブルを抱えている形跡は見えづらく、株価の下落や制裁関税のみで深い景気後退が眼前に迫っているとは言いにくい。既に米国の景気循環は需要超過が続いており、近々循環的な景気の転換点が訪れることは間違いないが、第4弾発動が急激な米国景気減速のトリガーになるとは見ないこととする。なお、この見方に対するリスクは企業部門にあるといえる。対中国ほか各国との通商問題への懸念からISM(米供給管理協会)製造業指数に見られる企業景況感は景気判断の分かれ目の50%をわずかに上回るレベルにまで低下している。4~6月期のGDP統計において、実質設備投資は3年ぶりの前期比マイナス成長に転化した。事業会社の債務残高のGDP比率は金融危機以来の高水準にある。

より深刻なのは相手国の中国ならびに中国経済に依存する各経済圏である。制裁関税第4弾(10%)の実施は、これが恒常的になりかつ金融市場の混乱などの波及効果が加わると、中国の実質GDPを1%以上押し下げる可能性があるとの試算も可能である。直近の中国経済指標を見ると、7月経済指標が、工業生産、小売売上高など内需中心に前月に比べて悪化している。中国人民銀行はトランプ大統領の制裁関税第4弾発動表明後、1ドル=7元を超える人民元安を事実上許容しており、これは中国からの資本流出のリスクを拡大させている。米中通商問題に加えて、香港での反中国デモの拡大と長期化は習政権の基盤を揺るがしかねないリスクとなっている。アジア経済を見ると、一部の国で成長率の減速が鮮明なうえ、中央銀行の多くが金融緩和に転じており、新興国通貨安による資金流出のリスクが高まっている。日本、ユーロ圏も中国からの需要低迷を一因として輸出や製造業景況感の低下が続いている。当センターでは、米国による対中制裁関税第4弾の発動により、米国を除くグローバル経済の減速リスクが高まったと判断した。米国発のリスクは現状、米国以外の経済圏に対して大きな下方リスクをもたらす構造になっているといえる。

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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