最新動向/市場予測

原油価格の供給ショックと需要ショック

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.50

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

米中対立に再び緩和の兆しが出てきた矢先、原油価格の高騰という世界経済の新たな不確実性要因が浮上した。9月14日にサウジアラビアの石油施設が攻撃され、同国の生産能力の半分、世界全体の5%に匹敵する供給量が危機に晒される事態となったのである。中東情勢の緊迫化を背景とした原油価格の上昇自体はリスクとして広く意識されていたところだが、その引き金として注視されていたのは米国・イランの対立激化と、それに伴うホルムズ海峡の封鎖である。米イラン関係は、トランプ米大統領が戦争回避を志向していることが鮮明となる中、緊張状態が高止まりしつつも、一定の落ち着きをみせていた。対イラン強硬派のボルトン大統領補佐官が解任されたこともあって、喫緊の武力衝突とそれによる原油市場の不安定化リスクは低下していたというのが、大方の判断だろう。今回のように産油国の供給能力が直接棄損される状況はほとんど想定されておらず、直後の金融市場では原油価格が2割近く急騰した。

原油価格の上昇が続いた場合、世界経済の下振れは避けられない。先進国の景気は、製造業の低迷を内需が下支えする構図が続いているが、資源価格の上昇が堅調な消費を下押しし、頼みの内需を腰折れさせる可能性がある。米国では、資源高がエネルギー投資の追い風となる面はあるものの、外需の弱含みや貿易戦争の不透明感によるマイナス効果が残存する中では、消費に変わるけん引役となることは想定しづらい。また新興国では、インフレ率が落ち着いていることを以て多くの国で金融緩和が進められているが、エネルギー価格の高騰により景気下支え政策は大きく制約されることになる。一部の新興国では、物価高による社会不安の高まりや、燃料補助金の増大を通じた財政の悪化などにより、資本流出が進む状況も想定される。

当センターでは、こうしたストレスシナリオが示現する可能性は現時点では低いとみている。①これまでも中東の地政学リスクの高まりによって原油価格が急騰した事例はあるものの、供給ショックによる原油高は長続きしないこと、また②米国とイランの直接衝突といった更なる情勢悪化リスクが、足許で大きく高まっているわけではないと考えられるためだ。

まず①について、1990年8月にイラクがクウェートに侵攻した直後をみると、原油価格は月間ベースでも二桁の急騰が続いたが、価格水準はその後急低下し、翌春には高騰前の水準に戻った(図表1)。2003年3月からのイラク戦争の際も、その前月2月にピークを付けた後、価格は下落が続いた。これらはその時々の戦況の展開を反映した面もあるが、時系列分析の手法を用いても、同様の結論を得ることができる。すなわち、原油の生産、在庫、価格および世界の総需要のデータから、一定の前提に基づき供給ショックと需要ショックを抽出すると、予期せぬ供給ショックの発生は原油価格を一時的に押し上げるものの、その効果は持続せず、4か月後には統計的にも有意でなくなる格好だ(図表2)。一方、需要ショックは比較的長期間にわたって価格を押し上げる計算となる。需要の増大に裏打ちされない限り、価格の上昇が持続する可能性は低いといえよう。

【図表1】原油価格(WTI)の推移(月次)

原油価格(WTI)の推移(月次)
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【図表2】原油価格に対する需要ショック・供給ショックの影響

新興国通貨の共通成分
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また②については、トランプ氏は大統領選を前に新たな戦争を始めるのには及び腰であり、依然としてイランとの直接対話の可能性を捨てていないようだ。また、中東における米国の同盟国を見ても、夏場からはアラブ首長国連邦がイランとの関係改善に動き、米国やサウジアラビアとともにイランと間接的に対峙していたイエメンの内戦から撤退の動きを進めるなど、一枚岩とは言い難い。米国が軍事介入も辞さない姿勢を一段と強めことは想定されるが、原油市場の動揺を招くような本格的な衝突に至る可能性が、足許で大きく上昇しているわけではないと考えられる。

サウジアラビアの生産回復ペースが想定より遅れた場合や、更なる攻撃に対する脆弱性が意識されるような局面では、原油価格はボラタイルな展開を辿るだろう。もっとも、価格のトレンドを決定づけるのが需要要因であることを踏まえれば、世界経済の減速が見込まれる当分の間、原油相場が本格的な上昇局面に入る可能性は低いといえる。

執筆者

市川 雄介/ Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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