最新動向/市場予測

非財務リスク管理強化に向けたオーストラリアにおける取組

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.51

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり


増加する不祥事や、当局からの多額の制裁金事例を受け、既存の法令を守ることに主眼がおかれるコンプライアンス・リスク管理から一段進んで、コンダクトリスク管理や非財務リスク管理に焦点が当たっている。

デロイトでは、非財務リスクとは、信用リスク、マーケットリスク、銀行勘定金利リスク、流動性リスクなど伝統的な財務リスク以外のあらゆるリスクを指し、コンダクトリスク、コンプライアンス・リスク、などもここに含まれる概念であると定義している。非財務リスクは、リスク管理の分野においても新しい概念であるが、オーストラリアでは数年来の金融機関における不祥事の発生を受け、2019年2月に王立委員会から金融機関のミスコンダクトに関する最終報告書が公表された。同報告書の勧告事項に添って、政府と当局は規制の見直しや強化に着手。同時に、APRA(オーストラリア健全性規制庁)が、個別金融機関向けの調査を実施しており、その中で注目されているのが非財務リスク管理の脆弱性への対応である。

APRAは、特定銀行向けの健全性調査の結果を受け、非財務リスク管理における脆弱性は特定の金融機関の問題ではないと認識。また、APRAは36金融機関(預金取扱機関、保険会社、退職年金の取扱業者)に自らのガバナンス、説明責任、カルチャーのプラクティスの効率性に関して自己評価の実施を要求し、2019年5月にその結果を踏まえた報告書が公表された。前述の通り、非財務リスクは対象範囲も広く、新しい概念であるため、管理手法が確立されているわけではない。そこで、自己評価報告書に基づく当局からの指摘事項から、非財務リスク管理の高度化を図るための着眼点を紹介してみよう。

第一に、自己評価の「質」についての視点である。非財務リスク管理が国際的に標準化されていないことから、自己評価を実施するアプローチ自体(評価の構造や、メソドロジー、フォーマット)が、いかに経営層が真剣に非財務リスク管理に取り組んでいるかの指標となり得ると指摘されている。形式が一様ではない各機関の自己評価を判定する軸としては、APRAは①深度、②挑戦、③洞察の三つの側面から報告書を検証しており、単なる当局向けの形式的な訓練もしくは練習としての評価実施にとどまっている機関に対しては厳しい見解を示している。既存のリスク管理の枠組みがなぜ想定通りに運用されていないかなどの「洞察」が不足し、脆弱性が発生している原因や背景といった根本的な課題に対する認識の浅さ、対応策の非効率さが散見されるとの示唆も有用であろう。

第二に、リソースや責任・役割の欠如、モニタリング・監視といった制度面での問題である。リソース面では、非財務リスク管理における脆弱性が、周知で積年のもので、問題が認識されているにもかかわらず、リソースや予算制約を盾に取り、対応の進捗が遅いことの言い訳としていると言及。原因と結果の分析や制度問題における認識が不十分であるがゆえに、抜本的な解決よりも短期的な修正を志向する傾向があると手厳しい。また、リスクに対する責任や役割の欠如については、①第一線と第二線の役割分担が不明瞭で、第一線の主体性の欠如がみられる点や、②リスク管理機能の組織的なステータスと影響力を高める余地がある点、③リスク管理スキルの向上と担当社員数を増やす必要性などに言及。最後に、モニタリング・監視に関しては、課題の見える化の不十分さが指摘され、非財務リスクのデータや計測・報告の改善の必要性を認識しつつも、例えば、経営や委員会に対する膨大な報告が、必ずしも重要なリスクに焦点を当てているわけではないとの具体的な内容にも触れている。

第三に、説明責任を促すような報酬制度の枠組みやリスクカルチャーに対する視点が非常に重要である。報告書では、不明瞭な説明責任が散見され、重複したフォーラムや委員会など、組織や手続きの複雑さが説明責任の混乱を発生させる要因となっていると指摘。加えて、説明責任を担保するための報酬制度の有効性に欠陥があり、報酬制度は改革が急務との認識が示される。 リスクカルチャーに関しても、サーベイへの依存や、限られた質問事項を基に、経営での結論を導くといった問題、更には、仕組みや手続きが優先され、望ましい結果を生むためのカルチャー的な背景と個々人の行動への配慮に欠けるとの示唆は注目に値する。最後に自らの組織のリスクカルチャーの特徴を特定できるケースは少数であったと言及しており、望ましいリスクカルチャーとリスク管理の有機的なつながりを生み出しているとはいいがたいようだ。

オーストリア当局は、今後、12か月間でガバナンス、説明責任、カルチャーに対するプルデンシャル上の期待を強化する方針を既に打ち出しており、脆弱性を指摘された複数の金融機関に対する規制上の資本要件の追加が決定されている。報酬制度への規制強化案も市中協議中であり、各機関は待ったなしの対応を求められる。非財務リスク管理の高度化の観点から、オーストラリアにおける動向には目が離せない。

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執筆者

対木 さおり/Saori Tsuiki 
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター シニアマネジャー

財務省入省後、大臣官房にて経済・政策分析業務、関東信越国税局(国税調査官)、理財局総務課・国債課にて、国有財産・債務管理や国債発行政策策定に従事。米国コロンビア大学にて修士号(MPA)取得(IMFインターン等を経験)、その後大手シンクタンクにて、政策分析・経済予測、関連調査・コンサルティング業務を担当。

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