最新動向/市場予測

乖離する2つの「不確実性」:VIXとEPU指数

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.51

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

今月再開された米中閣僚級協議では、中国が米国産農産物を大規模に買い入れることなどと引き換えに、15日から予定されていた米国による対中関税の引上げ(2500億ドル分の輸入品に対する関税の25%から30%への引上げ)が延期されることとなった模様だ。トランプ大統領は今回の合意を「第1段階」として、中国の構造問題を巡る協議を順次進めていく意向を示したが、そもそも今回の交渉についても中国側が合意したという認識を示しておらず、再び事態が暗転する余地も残されている。協議直前には、米企業との取引が制限されるエンティティ・リストに中国企業が追加されるなど、通商面以外の摩擦は緩和の兆しが見えておらず、米中関係は依然として不安定な状況にある。

言うまでもなく、米中の対立は世界経済の大きな下押し圧力となっている。関税引き上げの直接的な影響(コストの上昇)もさることながら、先行きを見通せないという不透明感そのものが、景気の逆風となっていることも見逃せない。状況次第でサプライチェーンの再構築を迫られる可能性がある中、企業としては新規拠点の開設や既存設備の増強といった投資を先送りすることが合理的な判断となる。英国のEU離脱の帰結が一向に見えないことが英国や欧州経済の重石になっていることと同様の構図だ。

先行き不透明感が景気の下押しにつながることは従来も指摘されているが、今般の局面で特筆すべきは、不確実性が中長期的なものとなる可能性が高いということだ。不確実性を定量的に表す指標としては、株式市場におけるボラティリティを表すVIX指数と、経済政策の不確実性に言及した新聞記事数を基に算出される政策不確実性(EPU)指数とがよく参照される。これまでは、VIX指数もEPU指数も、一時的に大きく上昇することはあっても、比較的短期間のうちに元の水準に戻り、結果として両者の乖離は持続しない(基本的には連動する)というのが経験則であった(図表1)。しかし、2016年以降は、VIXが比較的落ち着いて推移しているのに対し、EPU指数は過去最高水準まで上昇し、両者の乖離が一向に縮まらない状況にある。

【図表1】ボラティリティ・インデックス(VIX)と経済政策不確実性(EPU)指数

ボラティリティ・インデックス(VIX)と経済政策不確実性(EPU)指数
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この乖離の1つのカギは、不確実性の対象となる期間の違いにあると考えられる。VIX指数は、株価のオプション価格に基づいて算出され、市場が予想する今後30日間の変動率を表しているのに対し、EPU指数はその時々で注目されている経済政策次第で、不確実性の時間軸が変わり得る。したがって、中長期的な不確実性が強く意識される(=盛んに報じられる)局面では、EPU指数は上昇する一方、VIX指数の上昇幅は限られ、結果として両者の乖離は拡大しやすくなる。こうした考えに基づけば、EPU指数と株価のボラティリティ・インデックスの比をとることで、どの程度中長期的な不確実性が増大しているかを読み取ることができるだろう。この比率を国ごとに計算し、指数化してみると(図表2)、日本や米国の比率はあまり上昇していない一方、中国の比率は2016年半ばころから急騰していることがわかる。米中の関税引き上げ合戦は相対的に中国に不利だといわれてきたが、不確実性という観点からみても、同様の結論が導かれることになる。

米中摩擦の激化に伴う不確実性の増大は、目先の景気に対する短期的な影響にとどまらず、特に中国に対しては中長期的な成長力を下押しし得る要因としても意識しておく必要があろう。
 

【図表2】国ごとの政策不確実性(EPU)指数とボラティリティ指数の比(2000年代平均=100)

国ごとの政策不確実性(EPU)指数とボラティリティ指数の比(2000年代平均=100)
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執筆者

市川 雄介/ Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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