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景気と抗議デモの関係:2020年もリスクは高止まり

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.52

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

ここ1か月、経済的な理由に端を発する抗議活動が世界各地で頻発している。地下鉄運賃の値上げをきっかけに始まったチリの抗議運動は、死者が発生するなど深刻な事態となり、政府はAPEC開催を断念するという異例の対応を迫られた。エクアドルでも、燃料補助金の廃止をきっかけにデモが暴徒化し、首都が一時移転される事態となった。中東に目を向ければ、長引く不況に不満が募っていたイラクで大規模な反政府デモが発生し、弾圧もあって死者が100人単位に上っているほか、イランでは、11月中旬のガソリン価格の引き上げに対する抗議デモが広がり、一部が暴徒化した。イランは本稿執筆時点で事態が進行中だが、他のケースでは政府が何らかの形で譲歩を迫られている。

2018年末から数か月に渡ってフランス全土に拡大した「黄色いベスト」運動の始まりも燃料税の引き上げであったことを思い返せば、生活費(多くのケースでは燃料費)の上昇に反対する抗議運動・デモは、グローバルな現象であると言える。その背景としては、やはり世界的に景気が減速・停滞していることが大きいと考えられる。例えばチリの一人当たり実質GDP成長率をみると、資源ブームの恩恵にあずかった2000年代の4%弱から、過去5年間は1%弱に大きく低下していた。一般的に低所得層の方が景気減速の影響を受けやすいことから、低所得者は平均値で見る以上に厳しい状況に置かれていたと言える。好況期にはある程度覆い隠されていた経済格差に対する不満が、わずか数円程度の運賃引き上げを機に、一気に顕在化した形だ。他のケースも程度の差はあれ、同様の構図であろう。

2020年を見通すと、世界経済が大きく反発する姿は想像しづらく、したがって多くの国で経済的な不満が高まりやすい状況が続くだろう。いつどのように抗議デモが発生するかを予想するのは難しいが、ファンダメンタルズを元に、一定の試算を試みた。ここでは、米国政府が間接的にスポンサーとなっているMass Mobilization Projectから値上げや税金に対する抗議データを抽出し、その発生の有無を、各国のインフレ率、失業率、一人当たり実質GDP成長率で説明する簡便なモデルを推計した(政治体制・文化や経済構造など、時点を通じて変化が小さい国ごとの個別効果もコントロールしている)。推計の結果、インフレ率・失業率が高いほど、また実質所得の伸びが低いほど、デモの発生確率が高いという傾向が確認できた。

このモデルと、IMFによる景気の予測値を用いて、来年のデモ発生確率を国ごとに示したのが図表である。限られた指標に基づいているため幅を持ってみる必要があるが、新興国に限らず、西欧などの先進国でも色が濃くなっており、世界的に抗議活動のマグマが溜まる状況になると言えそうだ。なお、白く塗られた国はデータの制約から推計ができなかった国であり、必ずしも発生確率が低いわけではないことに注意されたい。

ここで分析したのは、あくまで値上げや税に対する、いわば経済的な抗議・デモである。香港のような政治的自由を求める抗議活動や、民族・宗教間の対立に根差す暴動等が増えていることを踏まえれば、下図が示す以上に、政治の不安定化リスクは高まっていると考えられる。来年は米中の対立といったスケールの大きい地政学リスクだけでなく、個々の国レベルの政治リスクからも目が離せない一年となりそうだ。
 

【図表】ファンダメンタルズからみた2020年の抗議デモの発生確率

ファンダメンタルズからみた2020年の抗議デモの発生確率

注:色が濃いほど経済的な抗議活動の発生確率が高いことを示す。推計期間は1995~2017年、対象国は77か国。白は推計期間においてマクロ経済データが得られなかった国、もしくは50人以上が参加した値上げ・税金に対する抗議件数が0であった国。国ごとの固定効果を考慮したロジット・モデルにより推計。簡便なモデルのため、幅を持ってみる必要がある。

 

執筆者

市川 雄介/ Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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