最新動向/市場予測

米中合意の光と影:第三国への負の影響に留意

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.54

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

米中両国は通商を巡る「第1段階」合意の署名にこぎつけた。土壇場での署名撤回などといった最悪の事態は免れ、中国の補助金問題などの構造協議を第2段階の交渉に先送りする形で、両国の貿易摩擦は一時休戦となった。関連する新聞記事数から算出される通商政策不確実性指数(TPU)は、トランプ政権発足後に急上昇していたが、足許(1月10日時点)は大きく低下している(図表1)。通商政策の不確実性の高まりは有意に世界のGDPや貿易を押し下げていたことが指摘されており1 、今般の米中の緊張緩和の動きは、目先の世界経済には一定の追い風となり得る。

例えば下記を参照。Caldara, Dario, Matteo Iacoviello, Patrick Molligo, Andrea Prestipino, and Andrea Raffo (2019). "Does Trade Policy Uncertainty Affect Global Economic Activity?," FEDS Notes. 

 

【図表1】通商政策不確実性指数

通商政策不確実性指数
※画像をクリックすると拡大表示します


もっとも、今後の展開には依然として気が抜けない部分が多い。まず、合意の内容を巡る不透明感が挙げられる。合意は①知的財産の保護、②技術移転(強要・圧力禁止)、③農業(米国産品の輸出拡大にむけた非関税障壁の削減)、④金融サービスの(参入障壁の削減)、⑤通貨(通貨安誘導の防止、通貨政策の透明化)、⑥貿易拡大、⑦紛争解決(合意履行の検証)の7章から成るが、①や②などについては記述が短く、実効性が担保されているとは言い難い。大統領選を前に、トランプ氏が自ら合意を蒸し返すとは考えづらいが、合意に盛り込まれた履行の検証(⑦)に関する記述を活用し、共和党やホワイトハウスの強硬派が主張を強め、再び米中の対立が深まる可能性がある。

注目されていた中国による米国産品・サービスの大量輸入(⑥)については、2017年の実績に比べ、1年目に767億ドル、2年目に1,233億ドル増やすことが盛り込まれた。2017年の米国の対中輸出額は2,000億ドル足らずであり、1年目でも達成のハードルは十分高いが、2年目(2021年)の目標は更に難しくなる。大統領選を終えて、米国側が合意違反を認定し、再び関税が上乗せされる事態も想定されよう。構造問題を巡る「第2段階」の合意も大統領選後となる見込みであり、今年の年末から来年にかけて、第1段階・第2段階の両面から不透明感が高まるだろう。いずれにしろ、今回の合意をもって米中摩擦が収束に向かうとは言い難く、昨年5月の当レポートでも触れたように、通商の枠を超えた対立が長期化するとのシナリオに変化はない。

第二に、中国が米国からの輸入を増やすことで、競合する第三国からの中国向け輸出が抑えられる懸念もある。中国の輸入相手上位国を対象に、中国向けの輸出が米国とどの程度競合するかを示したのが図表2である。これは、輸出構造の類似性を示す輸出競合度指数(Export Similarity Index, ESI)であり、値が高いほど対中輸出における米国との競合度が高いことになる(ESIは0と1の間の値をとる)。できるだけ詳細な輸出構造を分析すべく、数千品目に上るHSコード6桁レベルで計算した。

 

【図表2】 対中輸出における米国との競合度(ESI)

対中輸出における米国との競合度(ESI)
※画像をクリックすると拡大表示します

これをみると、ドイツや日本を筆頭に、製造業のプレゼンスが高い国で米国と競合しやすい一方、農業大国であるブラジルやオーストラリアは相対的に競合度が低いことがわかる。米中合意の対象品目に限ると、ブラジルは農産品の競合度が突出するのに対し、ドイツやアジア諸国は工業品における類似性が目立つ。合意による第三国への負の影響については、ブラジル等の農産品が注目されることが多いが、日本も含めたアジア諸国からみれば、工業品の競合も見逃せない。こうした中にあって、オーストラリアは工業品・農産品とも相対的には競合度が低く、米中合意の恩恵を受けやすいと言える。

中国が数値目標の達成に向かって邁進すれば、米国によって合意違反と認定されることはなくなる一方、国によっては輸出の競合を通じ、一定の逆風となり得る。不確実性の減退や中国経済の持ち直しという米中合意のプラス効果を各国が享受できるかどうか、国ごとに注意深く見ていく必要があろう。

 

執筆者

市川 雄介/ Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

お役に立ちましたか?