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幾分楽観にシフト:2020年マクロベースラインシナリオ

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.54

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
 

2020年は、予想外の地政学イベントで始まった。1月2日米軍は大統領の命令によりイランのソレイマニ司令官を殺害、イランはこれに対し報復攻撃を実施、米・イラン間の軍事的緊張が一気に高まった。しかしながら、トランプ大統領がこれ以上の攻撃は差し控えることを表明したことから、現状全面的な武力衝突には至っていない。WTI原油先物価格も米・イラン間の緊張を受け一時1バレル=60ドル台半ばにまで上昇したが、その後は同60ドル前後の元のレンジに回帰している。こうした状況から、中東における地政学リスクは上昇したものの、米・イラン関係が今後武力衝突に発展する可能性は高くなく、また原油価格への影響も限定的とみておきたい。

年初のグローバル政治経済に関する材料は引き続き好材料が多い。米中通商交渉の「第1段階」は無事両国首脳の署名を終えた。英国議会下院ではEU離脱協定に係る法案が可決され、英国は1月末に移行期限付きのEU離脱を実現する見通しである。マクロ経済についても、米国の12月非農業部門雇用者数(前月比+145千人)、同小売売上高(同+0.3%)は米国の雇用と消費が引き続き堅調であることを示した。企業景況感をあらわすISM製造業指数は12月に47.2%(同-0.9%ポイント)と引き続き低下かつ景気判断の分かれ目を示す50%を下回っているが、米中交渉第1段階の合意署名後には、これまで米国経済拡大の抑制要因となっていた企業部門の景況感が今後好転する可能性も出てきている。中国では、12月の小売売上(前年比+8.0%)、工業生産(同6.9%)などの月次指標が11月に続いて強めの伸びとなった。これらを受けて、金融市場では株価が上昇を続け、NYダウは史上最高値を更新した。

もっとも、中国の内需減速が底入れしたとみる証跡や根拠はまだ十分でない。また米中通商交渉も第2段階の合意は大統領選挙後とトランプ大統領が表明していることからも、既存の制裁関税の中国輸出に対する影響はほぼ今年一杯持続することになる。欧州においては、景況感指数から示唆される成長率は引き続き低位にとどまる見通しであり、米国と欧州の通商交渉の行方が依然不透明であることからも、製造業を中心とした企業部門の低迷は継続しそうである。日本においては、10月の消費税率引き上げ後の反動減が、家計消費と企業部門の双方にみられる。

こうした状況から、2020年のグローバル政治経済に係る当方のベースラインシナリオは、緩やかな成長減速とのシナリオを維持しておく。2020年の実質GDP成長率でいえば、米国が前年比+2%レベル、中国同+6%弱、ユーロ圏同+1%、日本同+0.5%レベルをベースラインとしておく。一方、主要中央銀行(FRB、ECB、日銀)の金融政策については、年内は現状の金融政策維持をベースラインとする。従前は米国経済や中国経済のさらなる減速を背景に主要中銀は2020年にも追加的緩和を実施する可能性が高いとみていた。しかしながら、FRBが昨年すでに3回の予防的利下げを実施済であり、さらなる緩和の正当化には実体経済の大幅な減速が必要であるにも関わらず、現状米国経済の減速を示唆する強い材料がない。またECBにおいても昨年の追加緩和に反対する理事会メンバーがいたこと、日銀と同様に欧州でもマイナス金利政策による副作用への懸念が高まっていること、が背景である。2020年の当方ベースラインシナリオは表面上昨年のそれと大きく変更はしていないが、米国、中国の経済については幾分楽観的な方向にシフトし、米国の消費腰折れや米中貿易戦争悪化のリスクも後退したといえる。一方これらに代わる下方リスクとしては、引き続き、米国のリスク資産バブル崩壊、中国の金融システムなどを注視しておく必要があろう。

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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