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英国が気候変動リスクを考慮するストレステストの実施を計画

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.55

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり

英国のバンクオブイングランド(BOE)が計画している気候変動リスクを対象とするストレステストがにわかに注目を浴びている。BOEは、2021年に予定されている二年に一度の隔年エクスプロラトリー・シナリオ(Biennial Exploratory Scenario)において、気候変動リスクを対象とするための枠組みについての市中協議を年末に開始した。この気候変動ストレスシナリオは、通常のストレステストと比較すると、①複数のストレスシナリオの利用、②銀行に加え、保険会社も含む広範な金融機関の参加、③モデル対象期間が30年と中長期、④マクロ経済・金融指標に加え、気候変動の指標を用いるという点で異なっている。BOEはこの市中協議を経て、今後さらに検討を行い、2020年後半に具体的なシナリオを公表する予定。気候変動リスクを金融機関のリスク管理にどのように組み込んでいくかについては、まだ議論が始まったばかりで、先進的な取り組みとして注目度が高い。以下、重要と思われる論点を中心にみてみよう。

まず枠組みの前提として、このシナリオでは、気候変動リスクを物理的リスクと移行リスクの2つに分類する。物理的リスクとは、気候変動や極端な天候に起因する災害から生じる人的・物的な損害の可能性を示す。すなわち、金融面の直接的な影響は主に保険で発生し、間接的な影響は物理的リスクが発生する確率の高い地域に対する住宅ローンなどから生じるものとされる。一方で、移行リスクとは、カーボンニュートラルな経済への移行に伴って、経済構造が大幅に変化することを受け、多様な資産価値の再評価や特定の債務者の利益や信用力の変動の可能性をとらえたものである。この移行リスクは、マイナスの側面だけではなく、カーボンニュートラルな経済に移行する過程での投資機会を提供するなどのプラス面もある。

次に、前提として、BOEは3つのシナリオを提案。具体的には、①早期政策アクションシナリオと、②政策遅延アクションシナリオ、③追加政策がないシナリオの3つである。①は、政府が明確な道筋を示し、排出量を段階的に削減するための気候変動対策が迅速に採用される内容で、家計と企業の行動が円滑に変化し、マクロ経済へのショックがないケース、②は、政策面での遅延を取り戻すために厳しい調整が必要となり、家計や企業の行動が急激に変化し、物理的なリスクやマクロ経済への影響が拡大するケースであるとされる。最後に、③は、政府が有効な政策を打ち出さず、長期的に平均気温は大幅に上昇し、物理リスクが甚大となるケースである。

これらのシナリオに即して、BOEは、各シナリオにおける気温、排出量、気候政策の見通し、それらと一貫したマクロ経済指標と金融指標をセットで提供することが提案されている。それらの指標は、2020年4月に公表予定の気候変動リスクへの金融監督上の対応を検討するための中央銀行や金融監督当局の国際的なネットワークである「気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク(NGFS: Network for Greening the Financial System)」による参照シナリオに基づいて作成するとされている。

上記のシナリオとBOE提供の指標を受け、次のステップでは、各金融機関での実務的な作業が必要となる。金融機関は上記の各シナリオにおける気候関連リスクに対する個々のカウンターパーティにおけるビジネス・モデルの脆弱性を評価する。ここで非常にチャレンジングなのが、個々のカウンターパーティの評価に当たって、金融安定理事会(FSB)により設置された気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)に基づく各企業からの開示などを用いて、リスク・財務インパクト・ポートフォリオへの影響を評価するプロセスであろう。また、国レベルでの家計部門への影響や、新興国のソブリンへの影響も試算することが想定されている。

気候変動などの中長期的なビジネス・モデルに関わる論点をストレステストに取り込むという論点は、今年1月に欧州の欧州銀行監督機構(EBA)がEU全域(銀行)ストレステストの将来的な見直しの中で触れた論点の一つでもある。ストレステストを巡る英国や欧州での議論の動向から目が離せない。

執筆者

対木 さおり/Saori Tsuiki 
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター シニアマネジャー

財務省入省後、大臣官房にて経済・政策分析業務、関東信越国税局(国税調査官)、理財局総務課・国債課にて、国有財産・債務管理や国債発行政策策定に従事。米国コロンビア大学にて修士号(MPA)取得(IMFインターン等を経験)、その後大手シンクタンクにて、政策分析・経済予測、関連調査・コンサルティング業務を担当。

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