最新動向/市場予測

新型コロナウイルスの影響試算:中国発の需要・供給ショック

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.55

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

新型コロナウイルスの感染拡大が足許の中国経済・グローバル経済を大きく下押している。ある程度単純化すると、経済活動への影響は概ね図表1のように整理できよう。すなわち、中国国内でヒト・モノの移動が制限されることで、一義的には中国の内需が下振れしたり(①)、他国への旅行客(海外各国にとってのインバウンド客)が急減したりする(③)。こうした需要の減少は、貿易面・金融面のつながりを通じて他国の実体経済・金融市場に波及する(②)。加えて、中国からの部材供給が滞ることで、供給制約として各国の生産活動を阻害することになる(④)。

 

【図表1】中国発の新型コロナウイルスがグローバル経済に与える影響

中国発の新型コロナウイルスがグローバル経済に与える影響
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以上の影響を定量的に示すには、収束時期に関する何らかの想定が必要である。重症化しやすく、かえって封じ込めが相対的に容易であった2003年のSARSと、死亡率は低いものの感染拡大ペースが急な今回の新型コロナウイルスとは状況が異なっており、先行きを予想するのは困難を極める。当センターでは、足許で新規患者数の伸びが若干鈍化しつつあることを踏まえ、3月頃に感染がピークを迎えるのをベースラインシナリオとし、ストレスシナリオでは感染収束が夏頃まで後ずれすると想定した。なお、完全な収束が夏場よりさらに遅れる可能性もあるが、その場合は新型コロナウイルスがインフルエンザ同様、被害の最小化に注力しつつ「付き合っていく」感染症としてみなされるようになり、経済活動自体は正常化に向かうとみている。以下、図表1で示した①~④を中心に、定量的なインパクトを見ていこう。

まず中国経済の下振れ(①)については、2003年のSARS流行時の業種別GDPや、旅客数の減少状況を巡る報道などから断片的に明らかになっている状況をもとに検討した。2003年第1四半期の産業別GDPをみると、運輸関連や宿泊・飲食業など3次産業の落ち込みに加え、製造業にも影響がみられた。今回もヒトの動きはSARS当時と同程度に落ち込む見込みであるが、さらに都市封鎖や春節帰省後の自宅待機が各地でみられることから、モノの動きはSARS時よりも鈍るとみている。2020年第1四半期の実質成長率は1.6%程度下振れし、前年比4%半ばとなると見込んでいる。

こうした中国経済の下振れは、貿易チャネルや、金融市場を通じ、各国に波及する(②)。その定量的な大きさについて、30カ国余りの実体経済・金融市場の変数(商品市況も含む)を組み込んだ時系列モデルを基に試算した。モデルは100程度の変数が少数の共通ファクターによって規定されると想定し、これらの共通ファクター間の波及効果を捉えるFactor Augmented Vector Auto-regression(FAVAR)モデルである。

ベースラインシナリオの想定に則り、中国の2020年第1四半期の成長率が1.6%低下し、第2四半期には反発するようなショックを与えた時の、各国のシミュレーション結果が図表2である。まず中国自身のGDPは、徐々に持ち直すものの、ショック前の水準を回復するのは年後半となり、通年では0.6%程度の下押し圧力が加わる計算となる。中国経済の落ち込みからの反発が第3四半期に後ずれするストレスシナリオでは、年前半の下振れ幅はより深く、元の水準回復までの時期も後ろ倒しとなる。

他の主要国・地域(抜粋)のGDPや金融市場についてみると、台湾やシンガポールを筆頭に、アジア各国のGDPへの影響が大きく、第2四半期以降も下押し圧力が残存する。日本への影響はNIEs諸国と比べれば限られ、2020年通年では▲0.2%程度の影響があると試算される。他の先進国では、相対的に欧州が影響を受けやすいと言える。金融市場では、中国の株価や商品市況は落ち込みが目立つ。日本株は一時的に4%程度下振れするが、その後は比較的早く元の水準を回復する。当然、ストレスシナリオ下では、各国GDP・金融市場とも影響が増大・長期化する形となる。

【図表2】中国経済下振れによる各国・金融市場への波及(モデル試算)

中国経済下振れによる各国・金融市場への波及(モデル試算)
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今回の新型コロナウイルスの流行が春節と完全に重なったために、アジアを中心とする各国では中国人観光客の激減に見舞われている(③)。SARS流行時も同様にインバウンドの落ち込みがみられたが、当時と比べ、中国人観光客のプレゼンスは各国で大きく拡大しており、負の影響は大きくなりやすい。仮に2020年1~3月期の中国・香港からのインバウンド客が、SARS流行時(マイナス幅が最大となった3か月間)と同様に落ち込むと想定すると、例えばタイでは、GDPを0.7%程度押し下げると試算される。ストレスシナリオ下でインバウンドの減少が長期化すれば、影響は一段と大きくなる。他方で、観光関連業種がGDPに占める割合がそれほど大きくないこともあり、日本への影響は▲0.1%以下にとどまりそうだ。インバウンドの落ち込みがSARSの際の倍に拡大したり、収束までの期間が長期化しても、日本全体に与える影響は限定的と言える。ただし、負のインパクトが特定の産業や地域に集中することには留意が必要だ。

現局面で評価が最も難しいのが、供給制約の影響(④)である。武漢市の封鎖や、その他の都市を含めた春節期間の延長といった異例の措置が相次ぐ中、各地で工場や営業所が操業停止・一部減産に追い込まれている。アジアにおける垂直分業体制の要である中国からの供給が滞る影響は大きく、実際、既に日本・韓国・欧州の自動車メーカーは、一部車種で生産停止を表明した。

こうした供給制約の影響について、一定の前提を置き、世界経済連関表を用いて試算したのが図表3である。ここでは、中国の各業種から供給される財・サービスのうち、各国・各産業における中間投入物に占めるシェアが1%以上の投入物を代替が難しいものと仮定し、その供給が1か月(=年間生産額の12分の1)停止した時に生産のボトルネックが生じるとして試算した(様々な前提を置いているほか、算出される影響は必ずしも1年で示現するとは限らないことに留意)。
 

【図表3】中国からの供給が途絶えた時の国内生産額への影響

中国からの供給が途絶えた時の国内生産額への影響
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生産額への影響をみると、日本を含め多くの国では0.2%程度の下押し圧力がかかる中、台湾や韓国への影響の大きさが目立っており、中国発のサプライチェーンへの依存が強いと言えよう。欧州の小国も比較的影響を受けやすいが、内訳をみると電子機器や自動車セクターへのインパクトが大きく、中国発のショックが欧州内のサプライチェーンを通じて伝播しやくなっているようだ。

以上の①~④の影響をまとめたのが図表4である。ベースライン通りに中国への負のショックが1四半期にとどまる場合、需要減少の波及効果だけでは、世界的な景気後退が到来するほどのインパクトはないと言える。中国をはじめとする各国の政策対応により、マイナス効果が一部相殺される可能性もある。しかし、サプライチェーンを通じた供給制約の影響は見積もりが難しいほか、ストレスシナリオのように収束が後ずれするリスクも相応にあり、楽観は禁物だ。

なお日本については、昨年末のGDPの大幅な落ち込みを受けて、元々2020年はマイナス成長となり得た状況であり、新型コロナウイルスの影響により、通年でも小幅なマイナス成長となる可能性が高まっている。さらに、国内感染者の拡大を受けてイベントの中止が相次ぐなど、本稿でみてきた中国発の影響の波及にとどまらず、サービス消費の減少やマインドの悪化といった形で、国内発の下振れ要因が顕在化し得る状況となっている。日本経済への影響については、ここで示した試算よりも保守的に見積もっておいた方が良いだろう。

【図表4】シナリオ別のGDPへの影響(2020年通年)

シナリオ別のGDPへの影響(2020年通年)
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執筆者

市川 雄介/ Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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