最新動向/市場予測
見通し悪化と政策対応:新型コロナウイルス
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.56
リスクの概観(トレンド&トピックス)
有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
新型コロナウイルス感染症は今やグローバルなリスクに拡大している。当方では今月、想定するグローバル経済のベースラインシナリオを下方修正したほか、各国の景気急減速リスクの蓋然性も上昇したとみている。新型コロナウイルス感染症の感染者数は、中国ではいったん頭打ちになったものの、中国以外の各国では依然増加中である。世界保健機関(WHO)は11日、新型コロナウイルス感染症を「パンデミック」とみなせると表明した。日本、米国のほかイタリア、フランス、スペイン等の欧州各国を含む主要国でも、入国制限、イベント中止、外出禁止などの厳格な規制が矢継ぎ早に実施されている。各国の経済活動は事実上の停滞状況にある。今月号では前月に続き新型コロナウイルス感染の影響をアップデートする。
まず実体経済面では、中国および各国の需要縮小ならびに金融市場不安による経済活動低下の深さは、先月の想定より悪化せざるを得ない(詳細は「マクロ経済の動向」参照)。1-3月期の主要国の成長率は、中国、欧州、日本等で大幅な下振れの可能性が高くなった。特に中国については、16日に公表された1-2月の工業生産、小売売上高が前年比2桁のマイナス成長となった。結果、中国の1-3月期の実質GDP成長率は前年比で異例のマイナス成長に転化する見込みだ。日本についてもすでに景気ウォッチャー調査による景況感が2月に大幅悪化しており、イベント中止や中国宛輸出減少、インバウンド消費の減少等をあわせると、1-3月期の成長率は前期比で2四半期連続の大幅マイナス成長となりそうだ。欧州は今や感染拡大の中心となりつつある。感染者数が中国についで多いイタリアに加え、フランス、スペイン等でも経済活動が大幅縮小する見込みだ。需要の後退による実体経済悪化の期間は、感染症者数のピークアウトとこれに伴う経済活動の再開時期に依存する。先月時点では、中国以外の海外における感染者数のピークを4月ごろと想定していたが、今のところ感染者数が低減する兆しは見られない。感染拡大が5月以降まで継続すると、4-6月期についても成長の減速が続くことになる。
次に、金融市場及び金融システムへの影響がこれまで以上に拡大している。金融市場においては、NYダウが史上最高値から30%以上の急落を見せ、レバレッジドローン指数も大幅低下するなど、リスク資産の価格急落が著しい。従前から当方では、昨年までのリスク資産価格がかなり過大評価であることと、その反落リスクを見てきた。コロナウイルス感染症の拡大がこの割高なリスク資産の価格調整の契機になったといえる。リスク資産の価格下落は、消費者マインドの低下による消費のさらなる減速をもたらしうる上に、リスク資産を保有する金融機関等のバランスシートにも影響する。金融システムは、大幅なリスク資産価格の下落による価格変動リスク、与信関連費用の増加などバランスシート上のリスクや、商品流動性や資金流動性の低下に伴うリスクを孕んでいる。
主要国中銀は感染症リスクの拡大に対応して金融緩和強化を打ち出した。英イングランド銀行は11日に臨時金融政策委員会(MPC)で0.5%の利下げを決定した。FRBは3月3日の臨時FOMC会合でFF金利誘導目標レンジを0.5%引き下げたうえ、15日にも臨時会合にて1.0%の追加利下げを決定してゼロ金利政策に回帰した。さらに同日FRBは数か月間で最低7000億ドルの資産購入再開も決定した。欧州中央銀行(ECB)は12日の理事会で、長期資金供給オペレーション(LTRO)の追加と条件付き同オペレーション(TLTRO3)条件の緩和、さらに資産購入の拡大(年内1200億ユーロ)を決定した。日本銀行は金融政策決定会合を16日に前倒し開催し、企業金融支援特別オペの導入、CP・社債買入れの増額、ETF・J-REITの買入れベース拡大を決定した。さらに各国中銀は金融システムへの流動性供給も強化、日米欧など6か国・地域の中銀は15日、「グローバルな米ドル流動性供給を拡充するための中央銀行の協調行動」として米ドル流動性スワップによる米ドル資金供給金利引き下げ等を公表した。すでに各国中銀の金融緩和はリーマンショック後の金融危機の時期のそれに近いものとなっている。感染症拡大による実体経済の悪化に対しては、金融政策に加え、財政政策や企業金融支援等、直接経済に働きかける政策との協働が有効であろう。米国のトランプ大統領は、給与税減税を提言、日本でも金融庁は金融機関に対し事業者の資金繰り支援に係る大臣談話を公表、安倍首相は大型経済政策の発動に前向きである。一方で、減税や財政の拡大は、各国の財政リスクに再び市場の目を向けさせる契機ともなりうる。
今後、実質的な経済活動の底入れを見るためには、各国の感染防止策が奏功して経済活動が再開されることが必要である。4月初にかけての各国の封じ込め策の効果を見極めることで、経済への影響が1-3月期にとどまるか4-6月期以降に長期化するかが見えてこよう。また、実体経済の現状把握には3月以降の経済指標の状況も要注視である。本稿執筆時点では3月分経済指標の公表は一部にとどまっているが、今後公表される3月以降の各国経済指標の悪化の程度によっては、さらにベースライン及びリスクの蓋然性を見直す必要もあろう。なお、昨年までグローバル経済は拡大を続けており、経済の需要超過及びリスク資産の過大評価状態から、当方では景気循環上の転換が近いと考えていた。感染症収束後のグローバル経済が感染症以前の状況を回復する可能性については、現状では慎重にみておきたい。
index
- 見通し悪化と政策対応:新型コロナウイルス(勝藤)
- 新型コロナウイルスの影響はどこまで拡大するか:試算アップデート(市川)
- 米国と欧州のストレステストシナリオ~構造面での経済・市場におけるリスク分析の重要性が増す可能性も(対木)
- 講演最新情報(2020年3月時点)
執筆者
勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター
リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る