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ECB:気候関連・環境リスクガイド~ECBが監督上の対話で利用予定

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.60

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
矢吹 正太郎

気候関連・環境リスクへの対応がグローバルで進んでいる。6月には欧州議会がサステナブル投資のタクソノミーを法制化し、”ブラウン”タクソノミーなどについて議論を進めている。各国の中銀、金融監督局が参加するNGFS(気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク)は、5月に金融機関によるグリーン、ノングリーン、ブラウンの分類に係る調査結果、監督当局が気候関連・環境リスクに対処するための推奨事項に係るレポート、6月に気候変動シナリオのレポートを公表し、金融機関に取り組みを促している。国内においても経産省が超臨界以下の非効率な石炭火力発電の2030年に向けたフェードアウト、再エネの主力電源化を進めるための議論を開始しており、金融機関にとって低炭素社会への移行に向けた座礁資産の発生など移行リスク顕在化の蓋然性が高まっている。

金融監督当局の気候関連・環境リスクへのアプローチとして、欧州中銀(ECB)が5月に気候関連・環境リスクガイド、香港金融管理局(HKMA)が6月にグリーン・サステナブルバンキングに係る監督上の期待を示すホワイトペーパーを公表し、監督上の対話を通じて金融機関への取り組みを促していくとしている。

ECBの気候関連・環境リスクガイドでは、「ビジネスモデルと戦略」、「ガバナンスとリスクアペタイト」、「リスク管理」、「開示」の4項目について、グローバルにおける気候関連・環境リスクへのプラクティスを踏まえて設定した13項目の監督上の期待が示されており、本邦金融機関が自らの取り組みを確認する上でも参考になる。本ガイドで示されている監督上の期待をあるべき姿(To-Be)とし、自社の現在の取り組み(As-Is)、海外金融機関を含むサウンドプラクティスと比較することにより、ギャップ分析を実施することができる。そこで認識されたギャップについて、優先順位を付けて取り組みのロードマップを作成し、ロードマップに沿って高度化に取り組むことで、気候関連・環境リスクへの対応の更なる高度化が期待される。

このガイドは9月25日までのコメント募集を経て最終化され、今後ECBが直接監督する重要な金融機関との監督上の対話において利用される予定となっている。監督対象となる金融機関は、このガイドを基に気候関連・環境リスクのエクスポージャーの重要性について検討することが期待される。具体的なスケジュールとしては、2020年末以降、ECBの監督対象となる金融機関は、監督上の対話において、ガイドに記載されている監督上の期待と自らの実務上の相違について、ECBに情報提供することが求められる。なお、このガイドはECBと各国の金融当局(National Competent Authorities: NCAs)が共同で作成しており、ECBの直接の監督対象とならないEU域内の金融機関についても一貫して適応することを目的としている点には注意が必要である。

ECBの気候関連・環境リスクガイドで示される監督上の期待の概要は下表のとおり。なお、ガイドでは13項目の監督上の期待をさらに細分化した項目、監督上の期待の設定の基となった金融機関のプラクティスが示されている。今後必要になる取り組みの整理、サウンドプラクティスの調査の際に参考になる情報と思われる。

 

図表 ECBの気候関連・環境リスクガイドで示される監督上の期待の概要

No.

カテゴリ

監督上の期待の概要

ビジネスモデルと戦略

1

ビジネス環境

金融機関は、戦略的およびビジネス上の意思決定のために、短期、中期、長期的に、事業を行うビジネス環境に対する気候関連・環境リスクの影響を理解することが期待される。

2

ビジネス戦略

金融機関は、ビジネス戦略の決定、実施の際に、短期、中期、長期的にビジネス環境に重大な影響を与える気候関連・環境リスクを織り込むことが期待される。

ガバナンスとリスクアペタイト

3

経営陣

経営陣は、全社的ビジネス戦略、ビジネス目標、リスク管理フレームワークを設定する際に、気候関連・環境リスクを考慮するとともに、気候関連・環境リスクを効果的に監督することが期待される。

4

リスクアペタイト

金融機関は、気候関連・環境リスクをリスクアペタイト・フレームワーク(RAF)に明示的に含めることが期待される。

5

組織構造

金融機関は、自社に影響を与え得る気候関連・環境リスクの管理に関し、(1 線、2線、3 線で構成される)ディフェンスラインモデルに沿って責任者を割り当てることが期待される。

6

報告

金融機関は、経営陣および関連委員会が十分な情報に基づいた意思決定を行えるように、内部報告目的で、気候関連・環境リスクへのエクスポージャーを反映して集約したリスクデータを報告することが期待される。

リスク管理

7

リスク管理フレームワーク

金融機関は、気候関連・環境リスクを十分に長期間にわたって管理およびモニタリングし、定期的にその扱いについてレビューすることを目的とし、リスクカテゴリーのドライバーとして、気候関連・環境リスクを既存のリスク管理フレームワークに組み込むことが期待される。金融機関は、資本の十分性を確保するための全社的なプロセス内で気候関連・環境リスクを特定、定量化することが期待される。

8

信用リスク管理

金融機関は、信用リスク管理において、貸出プロセスの全段階で気候関連・環境リスクを考慮するとともに、信用ポートフォリオのリスクをモニタリングすることが期待される。

9

オペレーショナルリスク管理

金融機関は、気候関連事象がどのようにして事業継続に悪影響を与える可能性があるか、また自社の事業がレピュテーショナルリスク、賠償責任リスクをもたらす可能性について検討することが期待される。

10

市場リスク管理

金融機関は、現在の市場リスクおよび将来の投資に対する気候関連・環境要因の影響を継続的にモニタリングするとともに、気候関連・環境リスクを組み込んだストレステストシナリオを作成することが推奨される。

11

シナリオ分析とストレステスト

金融機関は、重要な気候関連・環境リスクを保有している場合には、気候関連・環境リスクをベースライン、アドバースシナリオに組み込むことを想定し、ストレステストの適切性を評価することが期待される。

12

流動性リスク管理

金融機関は、重大な気候関連・環境リスクが、ネットキャッシュアウトフローまたは流動性バッファーの減少を引き起こす可能性があるかどうかを評価し、そのような可能性がある場合には、これらの要因を流動性リスク管理および流動性バッファーの計算に組み込むことが期待される。

開示

13

開示方針と手続き

金融機関は、規制上の開示目的で、重要であると考える気候関連・環境リスクに関する情報と主要な指標に関し、最低限、欧州委員会の非財務報告ガイドラインの気候関連情報の報告に係る補足資料に沿って開示することが期待される。

(出所)ECB 「Guide on climate-related and environmental risks; Supervisory expectations relating to risk management and disclosure」(2020年5月)を基に有限責任監査法人トーマツ仮訳

執筆者

矢吹 正太郎/Shotaro Yabuki 
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2015年より、リスク管理戦略センターにて気候変動リスクに係る体制構築、地方創生に係る将来人口推計と産業連関分析、金融機関に対するストレステスト・インパクト計測・共通シナリオ分析におけるモデル構築、ALM高度化、外貨調達環境の調査、官公庁のアンケートやコンダクトリスクに係るデータ分析などに従事。主な著書に『気候変動リスクへの実務対応』(中央経済社2020年、共著)がある。

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