最新動向/市場予測

政策効果の息切れが懸念される2020年後半

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.60

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

新型コロナウイルス感染拡大が止まらない米国では、6月半ば以降、経済再開プロセスの停止や飲食店の営業禁止といった再規制に踏み切る州が増えている。インドや中南米などでは感染拡大に歯止めがかかっていない。日本でも東京都を中心に感染者数は再び大きく拡大しており、重症者数は抑制されているものの、さながら第二波と言える状況だ。こうした感染拡大の長期化により、年後半の景気は下振れリスクが大きく高まることになる。飲食・娯楽を中心とするサービス需要が長期にわたって下押しされるだけでなく、短期決戦を前提に繰り出されてきた各国の政策効果が剥落し、景気の下支え役が失われることに注意が必要だ。

例えば日本では、残業代の大幅な落ち込みや夏季賞与の減少が家計の所得を大きく下押ししている。5月から支給が開始された1人10万円の特別給付金が一定の押し上げ要因となることはプラス材料であるが(図表1左)、7月頃には支給が一段落するとみられる。上期業績の一段の悪化により冬季賞与は夏季よりも減少する見込みであるなど、年後半は給付金効果の剥落と賃金の更なる下振れというマイナス要因が重なり、景気の底入れをけん引してきた消費には強い逆風が吹くことになる。

米国においても、経済対策に盛り込まれた現金支給と拡充された失業給付が、賃金収入の落ち込みを補ってきた(図表1右)。もっとも、現金支給の効果は早くも5月には一巡しつつあるほか、失業給付の上乗せについては労働供給を阻害しているとの批判が強く、7月末の期限後に延長されるにしても、金額は縮小される可能性がある(本稿執筆時点では、与野党の妥協点は見いだせていない)。また、9月までの雇用維持を条件に政府支援を受けている航空業界が10月以降に数万人単位の人員削減計画を表明するなど、雇用の下押し圧力も年後半に顕在化する可能性が高い。


図表1:日米の家計所得

主要先進国における景気の悪化ペースと反発力の関係
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年後半の景気下振れに対し、先進国では所得支援策を中心に追加の財政支出が議論されることとなろう。財政赤字は記録的なペースで拡大しているが、中央銀行が大胆な資金供給策により金利上昇を抑え込んでいることもあり、当面は財政政策への制約が強まる状況ではないためだ。一方、新興国では、先進国と比べて政策余地が限られる国が少なくない。

感染封じ込めの巧拙に関わらず、大半の新興国は経済の再開を優先しており、企業景況感や小売販売等の経済指標はいずれの国でも持ち直している。しかし、感染拡大が止まらない国では、財政状況が大幅に悪化することへの懸念も重なり、通貨安の進行が目立っている(図表2)。追加の財政支出策をとろうにも、経常赤字国では更なる格下げや資本流出のリスクが高まっており、財政政策の自由度は低下している状況だ。また、金融政策についても、今後は方針転換を迫られる可能性がある。これまでは、原油価格の下落もあってインフレ率は低下基調にあり、その下で各国の中央銀行は積極的な金融緩和策を講じてきた。しかし、ブラジルのような大幅な通貨安の継続は輸入価格の上昇を通じてインフレ圧力を高めることになり、今後の金融緩和の余地を制約する可能性が高い。インフレが加速する兆しが出てくれば、景気が低迷しているにもかかわらず、利下げの打ち止めや、場合によっては利上げせざるを得ない国も出てくるだろう。


図表2:新興国通貨の対ドル相場

新興国通貨の対ドル相場
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先進国で相対的に財政支出の余地が残っているとはいえ、感染が拡大の一途をたどれば、政策効果は焼け石に水となってしまう。新興国では、そもそもの政策余地を広げるために、感染拡大ペースを減速させる必要がある。感染の完全な封じ込めは年単位を要するとしても、先進国、新興国のいずれにおいても、感染拡大を一定程度のペースに抑え込むことが最重要の景気対策であることは間違いない。

執筆者

市川 雄介/ Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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