最新動向/市場予測
金融システムのリスクはこれから:新型コロナ感染症後の銀行決算
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.60
リスクの概観(トレンド&トピックス)
有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大による経済危機にも拘わらず、各国の金融システムは現在健全に機能している。コロナ危機における金融システムの機能継続は、大手金融機関の破綻に端を発し信用収縮が拡大した10年前のグローバル金融危機との大きな違いである。新型コロナ感染症拡大初期に、まず各国中央銀行と金融監督当局は、金融システム維持と民間への信用供与維持拡大を最大の目的として先行的に政策対応を実施した。中央銀行による量的金融緩和拡大や銀行貸出・民間資金繰り支援策(社債やコマーシャル・ペーパー購入や引受資金融資)、監督当局による金融規制の一時的緩和や適用延期策である。金融規制の緩和には、自己資本比率規制の緩和、既存貸出の返済条件変更等に起因する不良債権認定基準の緩和、貸倒引当金計上基準の緩和等が含まれる。
主要国の当局ストレステスト結果も、金融システムがコロナ危機のストレス状態にも耐えうることを示唆している。英国イングランド銀行は、5月に公表した中間金融安定報告書(Interim Financial Stability Report)において、新型コロナ感染症影響を勘案した独自のストレスシナリオに基づく机上のストレステストを実施した。結果、新型コロナ感染症影響による信用損失は各銀行資本バッファーでカバーされると推計した。米国でも同様に、FRBがドッド・フランク法に基づく年次監督ストレステスト(D-FAST)において、新型コロナ感染症影響を反映した独自のストレスシナリオと感応度分析に基づく銀行システムの健全性への影響を追加的に試算した。結果、対象銀行33行のいずれもが最低所要自己資本比率を上回った。
7月上旬には米国大手銀行の4-6月期決算公表が出揃った。うち、米国の資産額上位4行の結果を見ると、いくつかの特徴が見えてくる。まず、コロナ危機にも拘わらず大手行のネット粗利益はコロナ前後でほぼ横ばいもしくは一部はやや増収となっている(図表1)。ただし内訳をみると、金利低下によりいずれの銀行も資金収益は低下傾向にある。4-6月期に前期比増収となった銀行の増収要因は、株式価格の上昇等を反映したと思われる投資銀行部門のプリンシパル取引収益の増加である。次に、いずれの銀行においても、1-3月期に続き4-6月期もコロナ以前に比べ貸倒引当金繰入額が大幅に増加している(図表2)。大手4行のうち1行は、この引当金増加が主因でネット当期利益がマイナスとなっている。一方で、実際の貸倒損失償却(Charge off)や不良債権の増加額は引当金増加額に比べて相対的に小さい。各銀行は一時的に緩和された規制上の延滞債権認定以上に、将来の貸倒リスクが高いと評価していることになる。最後に、決算に反映された自己資本比率はいずれも大手銀行の資本が充分であることを示唆している。しかし、この自己資本比率も規制緩和を反映したものである。
図表1:大手米銀4行の貸倒引当金繰入額
図表2:大手米銀4行のネット粗利益
米国のみならず、主要国の金融システムは健全に機能している。しかし、今後銀行の不良債権増加などによる金融システム機能の悪化の可能性はストレスシナリオとして引き続き考慮しておく必要はあるだろう。上記の通り現在の金融システムの健全性は一時的に緩和されたリスク評価に基づいており、今後規制や金融政策の正常化の際には、これまでの潜在リスクが一気に表面化する可能性がある。次に、銀行システム維持による支援融資等の拡大にも拘わらず、民間の資金繰りは依然厳しいことが挙げられる。新型コロナ感染症の第2波到来や経済活動の制限再開等によりそのリスクは高まっている。特に現在、中堅中小企業や労働者の所得は、主に政府の財政出動による支援策(給付金や失業手当上乗せ、各種公的支援融資)に支えられている。こうした公的支援は期限や金額の制約があり、感染再拡大に伴い再度の財政出動がなされなければ、今後個人や企業の実質的な資金繰り破綻は更に増加する可能性がある。
index
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執筆者
勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター
リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る