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加速する決済のデジタル化への対応:インクルーシブな視点が不可欠

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.61

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり

COVID-19パンデミックにより、社会のデジタル化は不可逆的に進み、決済のデジタル化への対応も待ったなしの状況となった。

こうした中、国際決済銀行(BIS)は7月に公表したBIS アニュアルレポート2020において、「デジタル時代における中央銀行及び決済」と題する章で、リテール決済の目覚ましい変化と当局としての中央銀行の役割や課題について考察・分析結果を公表した。デジタル決済の動きが加速する中で、構造的な課題を理解し、先行きを見据えることは不可欠であると考えられることから、上記レポートから注目すべき論点を紹介しよう。

第一に、決済コスト、アクセス、品質の面から、特にリテール決済は多くの欠点や課題を抱えるとレポートは指摘している。具体的な課題としては、例示として以下の論点に言及している。決済サービスに対するアクセスは次第に増加傾向にあるが、一部の新興市場諸国や発展途上国、先進国でも低所得層にまで普及しているとは言えない。現金取引に既存取引が紐づく状況や、決済サービスへのアクセスの欠如は、様々なサービスへのアクセスを阻害している状況を生み出している。また、決済コストはリテールセグメントで比較的高く、決済の形態や競争環境によって影響を受けている。一方で、現金決済のコストや、デビットカードやクレジットカードのコストも必要となり、更に、国境を越えた決済は通常、時間がかかり、不透明であるだけでなく、特にコストも割高であるとされている。これらの状況を鑑み、決済サービスは、利便性、透明性、速度の観点から、品質を向上させる余地があり、全体として、決済サービスの品質は、顧客の期待する水準に至っていないと指摘されている。

第二に、ボックスの中で議論されている新型コロナウイルスのパンデミックによる決済環境の変化に関する内容も注目すべきであろう。レポートでは具体的なトレンドとして以下に言及している。まず、第一のトレンドとして、現金からのウイルス感染に対する懸念が一般に存在し、非接触型のカードの使用が増加し、パンデミックがデジタル決済を加速させる可能性があること、第二のトレンドとして、リアル店舗が一時休業し、eコマース(EC)活動が急増したことである。第三のトレンドとして、移動の減少に伴い、クロスボーダー決済が急減し、移民の失業に伴い海外送金も減少が見込まれていること、が挙げられている。これらの急激な決済行動の変化は、社会インフラである金融機能にも加速度的な変化を求めるものとなろう。

結果として、今回のパンデミックは、多くの主体の行動を変容させ、数多くの課題を抱える決済システムの下で、そのイノベーションの進捗と欠点の両方を露呈している。デジタル決済は外出制限の期間中、オンラインでの経済活動を促す一方で、低所得で脆弱なグループは、支払いや給付金などの受け取りにおける困難に直面しているとことも無視できない要素であろう。実際に英国や米国など一部当局では、店舗による現金受け取り拒否が、限られた決済オプションしか持たない層に対して不当な扱いとなる可能性も、すでに議論されている。

これらの課題を踏まえつつ、今の危機は、脆弱な層によるデジタル決済へのアクセスを拡大し、よりインクルーシブで低コストの決済サービスを推進する機運を高めるものであるとレポートでは議論している点が極めて重要であると考える。特に、中央銀行発行デジタル通貨 (CBDCs)は、適切に設計されている場合には、新しい決済メカニズムを創造する可能性も内包する。こうした中、日本銀行もデジタル決済の普及・拡大する上での課題や中銀デジタル通貨について検討中で、例えば、7月に「決済の未来フォーラム デジタル通貨分科会:ポストコロナのデジタル決済」の紹介ページ にて、以下のように言及している。「新型コロナの感染拡大は、社会に対してよりスピード感を持ってこの問題へ対応するよう促している」と指摘。さらに、「中銀デジタル通貨について検討する際にも、ユニバーサル・アクセスや(オフライン決済を含む)強靭性、安全性の確保は重要な視点」であると指摘しており、ユニバーサル・アクセス、強靭性、安全性を確保できるようなデジタル通貨やデジタル決済が拡大すれば、今後、グローバル社会をリードするチェンジメーカーとなり得るであろう。

執筆者

対木 さおり/Saori Tsuiki 
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター シニアマネジャー

財務省入省後、大臣官房にて経済・政策分析業務、関東信越国税局(国税調査官)、理財局総務課・国債課にて、国有財産・債務管理や国債発行政策策定に従事。米国コロンビア大学にて修士号(MPA)取得(IMFインターン等を経験)、その後大手シンクタンクにて、政策分析・経済予測、関連調査・コンサルティング業務を担当。

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