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最新動向/市場予測
中国頼みの様相を強める世界経済
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.61
マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)
有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
各国の景気は、経済制限の解除を背景に5~6月にかけて急反発した後、7~8月にかけて足踏み状態にある、というのが概ね共通した傾向となっている。米国や一部アジア諸国、中南米のように新型コロナウイルスの第一波を十分に封じ込められなかった国のみらならず、日本や欧州各国などひとまず第一波を乗り切った国々、さらには感染封じ込めの優等生とされた韓国でも、再び感染者が大きく増加する事態となっている。
このうち日米欧や韓国などでは、死者数が春先ほどは増えていないこともあって、全土的な制限措置はとられていない。しかし、感染が拡大していることで、早くも消費行動の慎重化が鮮明となっている。消費者マインドを表す指数をみると、各国とも4月に急落した後6月までは反発の動きがみられたが、7月には改善ペースが鈍化、もしくは再び弱含みに転じており、いずれの国も落ち込み分の半分も取り戻せていない状況だ(図表1)。先進国を中心に大規模な所得支援策が実施されているにもかかわらず、消費活動が盛り上がる状況にはない。
図表1:各国消費者マインド
主要国の内需が同時的に落ち込むのはリーマン・ショック以来である。当時、世界経済が回復するエンジン役を果たしたのは、「4兆元」と銘打った景気刺激策を打ち出した中国であった。大量の不稼働資産が積み上がった当時の反省から、中国は今回、大規模なインフラ投資策を前面には出していない。それでも、地方政府によるインフラ投資は足許の内需を下支えしており、各国の景気にも一定の恩恵をもたらしている。先進国・新興国を問わず、各国の輸出は中国向けが前年比プラス圏に浮上する一方、その他地域向けは低迷が続いており、結果として、輸出に占める中国向けシェアの上昇が鮮明となっている(図表2)。
図表2:各国の輸出に占める中国向けシェア
中国向け輸出の持ち直しは、弱含む内需をカバーする要因として、本来は肯定的に捉えられるべきだろう。しかし、中国頼みの様相が足許で強まっていることについては、雇用情勢の悪化など中国経済の回復力が盤石でないことに加え、各国の対中関係の悪化の逆風を受け得ると言う点で、これまで以上に脆弱性を抱えている点に留意が必要だ。中でも豪州は、輸出の対中依存度が拡大の一途をたどっているが、新型コロナウイルスに関する調査を要求したり、中国の外交姿勢を厳しく批判したりしていることで、一部の農産品の輸出に高関税を課されるなど、報復と言える措置を受けている。中国はこれまでも外交問題を背景に、品目を狙い撃ちにした禁輸措置や当該国への旅行の制限など様々な制裁・報復措置を課してきたが(図表3)、現在の局面では、旅行の制限措置は実効性を持たず、その分通商分野に関係悪化のしわ寄せがいく可能性がある。各国の輸出への直接的な下押し圧力はもちろん、対中関係の悪化が先行き不透明感を高め、間接的に国内の投資活動に影響が及ぶことも考えられる。またインドでは、中国から報復を受けているわけではないが、国境不確定地域での武力衝突を受けて、中国製アプリや中国からの投資の締め出しなどに動いており、ただでさえ脆弱な経済を一段と下押ししかねない状況だ。
中国側も、多くの国との同時的な関係の悪化は避けたいのが本音とみられる。しかし、対中関係の悪化が、香港問題など中国に譲歩の余地がない問題に起因していることを踏まえれば、楽観よりも悲観的な見方に傾かざるを得ない。新型コロナウイルスの感染状況だけでなく、対中関係の悪化による各国景気の更なる下振れリスクにも留意が必要である。
図表3:中国による近年の制裁措置
index
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執筆者
市川 雄介/ Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー
2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。