最新動向/市場予測

システミックリスク回避が使命:LIBOR移行問題

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.61

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
 

2021年末のLIBOR移行(LIBORの恒久停止に伴う代替金利への移行)期限を前に、本邦においても市場参加者のLIBOR移行準備がようやく加速しつつある。一つのきっかけとなったのは、6月1日に金融庁と日本銀行が連名で主要金融機関代表者宛に発出した「ロンドン銀行間取引金利の恒久的な公表停止に向けた対応について」(いわゆるDear CEOレター)である。Dear CEOレターにおいて金融庁・日銀は、主要金融機関に対してLIBOR移行のガバナンス体制、移行計画の内容、その進捗管理状況などにつき報告を求めた。また同レターでは、リスク・フリー・レート(RFR)を参照する商品につき、システムによる場合は2021 年初め、手動対応の場合は2020年末までと、取り扱い可能とする期限を定めた。さらに、日本銀行が事務局を務める「日本円金利指標に関する検討委員会」は8月7日に「日本円金利指標の適切な選択と利用などに関する市中協議(第2回)」を発出、日本円LIBORの貸出と債券のフォールバックのウォーターフォール構造(代替金利の優先順位)案、LIBORとRFRのスプレッド調整方法案が提示し、また日本円LIBOR参照貸出・債券の新規取引停止期限(2021年第2四半期)を含む移行計画を策定した。

市場参加者の準備加速を促したのはこのうち、RFR商品取り扱い対応期限の設定、そしておそらくLIBOR参照貸出・債券の新規取引停止期限の設定であろう。米ドル、英ポンドLIBORについては従前より、商品毎のLIBOR参照取引の新規取引期限が、NY連銀、英イングランド銀行それぞれの傘下の検討体のロードマップで定められていた。本邦における市場全体かかるマイルストン設定は、英米のそれより約1年遅れている。ともあれ、LIBOR移行期限まであと1年半を切った現在において係る期限設定がなされたことは米英の市場の動きに日本が外見上キャッチアップしたことを意味するともに、市場参加者の準備を加速させる効果の点で評価されるべきであろう。これらの期限設定を受けて、本邦ではこれまで準備が先行していたメガバンクや大手証券会社に追随する形で、地方銀行、アセットマネジメントなどのいわゆるバイサイドが影響度分析や移行計画の策定実施に本腰を入れ始めた模様だ。

しかしながら、移行の実施には未ださまざまなハードルが存在する。たとえば、金融機関と顧客の移行に係る相対交渉の進展では目立った動きはまだ見られない。LIBOR移行は市場参加者単独の対応で実現するものではない。フォールバック条項の合意には市場参加者間の合意が必要である。特に貸出金利や債券発行金利は、LBORに対して債務者や発行体の信用力を反映する信用スプレッド調整が、上記のLIBOR-RFRスプレッド調整とは別に必要になる。こうした信用スプレッド調整は相対の交渉によるべき性質のものである。一方で、市場ではたとえば銀行の事業法人宛貸出につき、個別のフォールバック条項の交渉が進んでいるという情報は寡聞にしてまだ聞かれない。金融機関の顧客に対する説明や合意取得のプロセスは、LIBOR移行に伴うコンダクトリスクや顧客保護の問題として金融庁も重視する点である。また、RFR商品特に複利後決め金利の決済事務(利息額決定から決済までの期間がLIBORに比べて短い)や未収未払利息の計上方法など、事務システム対応が必要な課題についてまだ市場慣行が定まっていない。システムベンダーを含むシステム開発においてはいまだ十分な開発要件が固まらないままにRFR商品の取り扱いが始まるという事態になりかねない。特に、公表停止前トリガー(LIBORの公表停止が正式に決定する前にRFRにフォールバックする条件を定める取り決め)により2021年末を待たずRFRへの契約上の移行が進む場合、フォールバックに伴う煩雑な事務システム上の取引更改手続きが想定より早く発生する。

LIBOR移行が円滑にすすまなかった場合、金融システムにとっての一番の影響は、資金やデリバティブ商品の市場流動性の低下である。LIBOR参照商品が取引停止されたのちに、RFR商品の取引が充分にできない状態であると、銀行間市場の資金取引やヘッジ手段の縮小、また債券市場の決済遅延などによるシステミックリスクを誘発するリスクがある。市場参加者としては、限られた時間の中でのLIBOR移行対応はリスク・ベースで計画・実施するべきであろう。いまだ取引見通しの定かでないRFR商品のすべてに対して取引準備をもくろむよりも、各市場参加者にとって重要な取引について、システム対応・手動対応の如何を問わず期限までに取引と管理が可能な状態にすることを優先事項とするのが現実的である。昨年6月末時点の金融庁によるLIBOR利用状況調査で、多くの金融機関はLIBOR移行対応の初期段階での影響度調査において自社のLIBOR参照取引の全容は把握できている。移行計画は重要な商品の取り扱い対応を、フロント、ミドル、バックの各部署において完結できるようタスクの優先度を決定するべきであろう。顧客保護と市場流動性の低下によるシステミックリスク回避とは、LIBOR移行において市場参加者に課された最大の課題ともいえる。

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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