最新動向/市場予測

景気と債務のトレードオフ:コロナ禍における政府債務拡大

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.62

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
 

米国議会予算局(CBO)が9月2日に公表した「財政見通しアップデート2020-2030」では、新型コロナ感染症の拡大以降初めて、感染症後の経済見通しと財政政策を反映した今後10年の連邦財政見通しが試算されている。CBOは「財政見通しアップデート」において、米国連邦政府債務残高の名目GDP比率は2020年に98%、2021年には104%、そして10年後の2030年には109%に達すると推計している。2030年の同比率は第二次世界大戦直後の1946年の106%を上回るレベルである。2021年までの短期的な政府債務残高急増の要因は言うまでもなく、新型コロナ感染症拡大に伴う歳出増加と経済悪化に伴う歳入の減少である。歳出拡大には、失業給付の増加など経済悪化の影響による義務的支出拡大と、新型コロナ感染症対策として制定された各種経済支援策による歳出拡大とがある。新型コロナ感染症拡大により、政府の財政出動が政府債務を増加させることは自然であり、コロナ感染症の経済影響が第二次世界大戦に匹敵するものであることを勘案すれば、GDPを超える政府債務増加が起きうることは驚くにはあたらない。

留意すべきは、今後の米国連邦政府債務は今回のCBO推計より更に大きく拡大する可能性があることである。CBOの推計は、現時点で成立済の法令を前提に政府の義務的支出と裁量支出を算定している。例えば、3月に成立した「コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法(CARES Act)では、失業者に対する失業給付につき、毎週600米ドルの上乗せを定めている。しかし同法による上乗せ給付は7月中が期限となっていた。米国議会ではこの上乗せ給付期限延長を巡り与野党の合意が成立せず、上乗せ給付は元の法律に基づき現在では停止されている。今後、議会で改正法が成立して上乗せ給付が再開された場合は、現状のCBO予測に加えて更に連邦政府歳出が増加することになる。また米国では2011年予算管理法により、裁量支出の上限が定められている。トランプ政権において2021会計年度までこの上限を撤廃する時限法が成立しているが、2022会計年度以降は上限撤廃の期限到来により歳出を自動的に縮小すること(いわゆるsequester)が義務付けられる。CBOの予測はこの歳出自動削減が前提となっている。しかしながら現実には、コロナ危機からの回復が充分でない状況で、予算管理法による歳出削減は議会の判断により再度停止される可能性が充分にある。その場合も政府歳出はCBO推計よりも拡大することになる。

コロナ危機からの回復途上である現状からは、景気底支えの為に政府は追加的経済対策を打ち出すことが必要になってくる。米国個人所得統計によれば、米国の名目個人所得は4-6月期に前年同期比+10.4%の大幅増加となった。しかしこの急増は、同じくCARES Actに基づき政府が実施した2020年の所得に対する一人当たり1200ドルの税還付や失業給付の上乗せが押し上げたことが主因である。税還付等の政府からの移転所得を除く個人所得の伸びは同-4.2%と大幅な減少となっている。つまり、雇用悪化による所得減少を政府からの給付が補っている状況である。今後も雇用の低迷が続き、再度の給付など追加経済対策が実施された場合も、政府歳出はCBOの想定以上に増加する。経済対策の効果が切れるごとに、追加の対策が打たれなければ、経済は再び悪化に転じる状況に現在はあるといえる。

こうした状況は米国のみならず他国でも同様であり、今後中長期的には政府財政の悪化によるソブリンリスクが顕在化する可能性に留意が必要だ。現状主要国の中央銀行は国債の買い入れを主たる金融政策手段に採用している。中央銀行が大量の国債を購入している間は、政府債務の増加に拘わらず国債の暴落の可能性は低いと思われる。しかしながら、特に新興国においてはソブリンリスクが通貨安という形で顕在化し、資本流出や金融資産価格の下落、更にソブリン格付け引き下げによる資本の流出を招くリスクがある。逆に財政悪化懸念から追加経済対策に消極的な姿勢を議会が示した場合(米国では共和党系の議員や政府機関からは財政赤字のさらなる拡大に警鐘を鳴らす動きもある)、今度は経済自体の回復が遅れる状況にもなりうる。現実的には今後当面は「大きな政府」が経済や生活を支える形が続かざるを得ないと思われる。その場合ソブリンリスクの蓄積は不可避となるだろう。

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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