事例紹介

リスクデータ集約と戦略的コミュニケーション

バーゼル委「実効的なリスクデータ集計とリスク報告に関する諸原則」のインプリケーション

バーゼル銀行監督委員会は2013月1月9日、「実効的なリスクデータ集計とリスク報告に関する諸原則(以下「諸原則」)」を公表した。諸原則はリスクデータを包括的に集約し、効果的/効率的な報告を実施することによって、経営者が意思判断を適時、適切に行うことを可能にするためのものである。本稿では、諸原則の概要を解説するとともに、規制対応にとどまらず集約データを活用するための効果的な分析手法や報告実務を紹介する。

まずはSIBsから適用

グローバル金融危機の反省点として、損失の拡大した金融機関においては、そうではない金融機関に比べて、経営者の意思判断をサポートするためのITインフラ、データ・アーキテクチャーが不十分であったことが浮かび上がった。リスクデータの集約能力、分析能力、および報告実務の脆弱性を原因とし、リスク管理を適切に行うことのできない金融機関も存在した。このような状況は、個々の銀行だけではなく金融システム全体へ深刻な影響をもたらすこととなった。
諸原則は、銀行のリスクデータの集約能力や報告実務の強化を目的としたものであり、その他の国際的な取組みを補完するものとなっている。とくに、G-SIBs(グローバルにシステム上重要な銀行)については、2016年初までに諸原則を完全に実施する必要がある。また、G-SIBs(国内のシステム上重要な銀行)に対しても、認定から3年後にはこれらの諸原則を適用するように各国当局に推奨している。なお諸原則は銀行の規模・特性・リスクプロファイルに応じて、地域金融機関等においても対応すべきものである。

有事に役立つデータ集約のあり方

バーゼル銀行監督委員会の公表文書において14の原則が存在する。このうち、金融機関向けの原則11までを本稿において扱う。リスクデータの集約とリスク報告の枠組みについては、経営陣が積極的にコミットすることによって強力なガバナンスの枠組みを設置することが重要となる(原則1、2)。包括的なガバナンスおよびインフラを整備することが、その他の原則(原則3~11)を充足するための必要条件となる。
リスクデータ集約に関しては、正確性、完全性、適時性が求められ(原則3~5)、さらには、日常的に対応可能なだけではなく、ストレス時、危機時における要求や、当局の要請にも臨機応変に対応できるように柔軟性(原則6)が要求される。経営判断に用いるデータは、与信管理、信用リスク、流動性リスクなどのリスク管理データのみならず、財務会計、管理会計、マーケティングデータなどの領域にも広がるため、データインフラの整備にあたっては、リスク管理部門だけではなく、全社的な取組みとして実施することが望ましい。複数の目的のために類似したデータベース構築のプロジェクトを別々に行う例も見受けられるが、なるべく重複のないよう効率的なプロジェクト運営を行えるように検討すべきである。

ガバナンスを基礎づける縦横のコミュニケーション

次に、集約されたデータを分析し、経営陣の意思判断へ活用すべき報告を実施するための原則(原則7~11)を解説する。 組織を水平に横断するコミュニケーションと、経営管理の系統を縦断するコミュニケーションの双方の実効的なコミュニケーションが強力なリスクガバナンスの基礎となる。ここでは、特に縦方向のコミュニケーションにおける効果的な報告実務の重要性について検討する。
経営者が意思判断を行うための正確、完全かつ適時なデータは、効果的な経営管理の基盤となる。しかし、そのデータだけでは、経営者が、効果的な決定を行うために適切な情報を受け取ることを保証するものではない。効果的にリスク管理を行うためには、適切な情報を適切なタイミングで適切な人々に提示する報告実務が必要である(原則7~11)。
まず、経営者が適切な経営判断を行うためには、信頼するに足る正確かつ精緻な情報を報告することが必要である。報告は、単なる限度額管理のモニタリングにとどまらず、リスクアペタイト(リスク選好度)に対するリスクテイクの程度が許容範囲であることの確認を可能にすることが必要である。また、適宜、経営上の選択肢を示し、選択すべきアクションを提案すべきである。シミュレーションやストレステストの結果を報告することによって、経営者が将来に向けた動向をフォワードルッキングに監視することが可能になる。
縦方向のコミュニケーションをより効果的なものとするためには、経営者と担当者の両者の歩み寄りが必要である。経営者には、昔に比べてより定量的な専門分野の理解が求められるようになってきている。また、担当者においても、経営者が適切な経営判断を行うことができるように、経営者の言葉で報告を上げることが必要である。リスク管理、経営企画の担当者に求められているのは、むずかしい金融技術を扱う専門性だけではなく、これらの定量的なアウトプットを経営の言葉に翻訳する能力である。
次に、集約データを分析し、経営判断へ向けた報告を行っている海外の事例を紹介する。 

【事例1】ガバナンス・リスク・コンプライアンスの統合的管理
金融危機以降、準拠すべき規制が増加したため金融機関のオペレーションは複雑化し、報告義務も増加した。そうしたなかで、金融機関は規制対応の人員を増加させることで対応してきた。あるグローバル金融機関のCFO(最高財務責任者)は、増え続ける規制対応コストを憂慮し、ガバナンス・リスク・コンプライアンスの統合的管理のあり方を検討した。
まず、最初にサーベイやインタビューを実施し、年間千人単位の行員の時間が規制対応に費やされていることがわかった。しかも、部門が異なる、報告する規制主体が異なるといった理由で、各担当者が同じようなデータを各部門の管理するデータベースから抽出、加工し、似たような報告書を異なるタイミングで作成していることが明らかになった。想像以上の非効率性を目の当たりにした経営陣は、効果的かつ効率的な統合的管理のオペレーションモデルの検討を指示した。
そして、1年以上を費やして検討を続けた結果、各部門の代表者が規制対応のクロスファンクショナルチームを兼務し、各部門のサイロアプローチによる対応から、複数の規制に対応する統合的なオペレーションモデルによる対応へと転換した。一方で、日常業務を担当するシェアードサービス部門を設立し、複数の規制やリスクにわたる業務を包括的に対応することで教育コストを削減し、アイドル時間を削減することにした。このオペレーションモデルにより、CRO(最高リスク責任者)の指示のもと(原則1)、効率的にデータを集約し(原則4、5)、プロセスの重複なく経営陣向け、当局向け、外部向けの報告を柔軟に作成できるようになった(原則8~10 )。

【事例2】コーポレートバンキングにおける事例
欧米の金融機関では金融危機以後の投資銀行業務から、伝統的な商業銀行業務への回帰が行われた。コーポレートバンキングとリテールバンキングを再度重視し、規制資本を消費せず資金益、手数料益を上げることを事業戦略の中心にすえる銀行が増加した。しかし、欧州、アメリカともに国内市場は成熟しており、新規顧客の獲得による成長に限界があった。そのような市場環境のなかで、ある欧州の銀行は、従来どおり収入前年比何パーセント増といった経営計画策定のプロセスの実現可能性に疑問を抱いた。過去の営業結果を集約しただけの予算策定では、GDP成長率を超えるような成長予算が作成できないからだ。現状を打破する革新的な予算策定プロセスを求めていたこの金融機関は、営業部門、審査部門、リスク管理部門、経営企画部門など複数の部門でサイロ的に管理されていたデータの集約を行った(原則3~6)。これらの集約作業は、顧客の属性データ、取引データ、規制資本や管理会計データだけではなく潜在顧客に係る外部公表データにまで範囲を広げた。公表データは、財務諸表だけではなく、海外拠点数、輸出入取扱高、セグメント情報、デリバティブ取引に係る注記データなども含まれた。より精度の高い集約データに基づく経営判断を行うために各部門を横断的に巻き込む強いリーダーシップとガバナンスが存在した(原則1)。
 

経験則から科学的分析へ

金融機関は、成長のチャンスをとらえるために新たなビジネスモデルの構築を模索している。ビジネスの拡大は、伝統的な横並び戦略では達成することができない環境である。金融機関は大量のデータを保有しており、技術の進歩によりデータ処理速度も急速に向上している。このビッグデータを活用したアナリティクスによってイノベーションを起こそうと取り組みを始めた金融機関もある。金融機関の経営者は従来の主観的な経験則だけではなく、定量・定性をあわせたデータ集約を組織横断的に行い、科学的な分析手法を取り入れた意思判断を行う必要がある。さらに、これらのデータを活用した報告実務を取り入れることで、強力なリスクガバナンス態勢を構築し、競争優位を確保することも可能になるだろう。

※本原稿は「週刊金融財政事情2013.3.18」に掲載された原稿を加筆修正したものです。なお、本誌に記載された事項は筆者の私見であり、所属する法人の公式見解ではないことをお断りします。

くわばら だいすけ
東京大学工学部建築学科卒、ノースカロライナ州立大学経営大学院修了(MBA)。07年に監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ)に入社。信用リスク管理を中心としたデータ・アナリティクスに係る業務に従事。

はっとり くにひろ
早稲田大学法学部卒業、McGill大学経営大学院修了(MBA)。都市銀行を経て、有限責任監査法人トーマツに入社。米国公認会計士。おもにビッグデータに係わるビジネス・アナリティクスを活用した経営コンサルティング業務に従事。
 

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