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新規事業創造における都市の活用可能性

都市というプラットフォームの活用可能性 第3回

本シリーズでは、企業が都市というユニークなプラットフォームを活用する可能性について解説している。第1回では「都市間競争の激化と都市がもたらす企業への提供価値」を考察した上で、第2回では、その提供価値を踏まえた「ワークプレイスとしての都市の活用可能性」を考察した。シリーズ最終回となる第3回は、都市がもたらす提供価値を企業がどう活用することできるか、新規事業創造という観点で考察する。

新規事業創造のあり方の変化

企業にとっての新規事業は、単に売上増加を図るだけではなく、社内風土の改善、企業イメージ向上に伴う既存事業の拡大や優秀な人材の獲得など、多様な効果をもたらすものであり、持続的な成長を志向する上で必要不可欠であることは今も昔も変わっていない。そしていつの時代も、既存の概念に捉われない新しい価値を伴うイノベーション創出によって多くの新規事業が創造されてきたが、過去と現在との間では、このイノベーション創出のアプローチに大きな変革が見受けられる。

過去のイノベーション創出は、優れた技術力を梃子に新たな製品・サービスを生み出す“技術基点”のアプローチが主流であり、こと技術力に定評のあった日本企業においては、ホンダのオートバイ、キヤノンの卓上型レーザープリンタ、ソニーのウォークマンなどを代表するように、世界を席巻する製品・サービスを生み出してきたと言えよう。

しかし、そのようなアプローチが通用したのは1990年代頃までの話であり、IT技術の進展等に伴い時代の変革スピードが加速化した2000年代以降においては、日本企業はそのプレゼンスを大きく弱めている。そのような中、先進的な欧米企業においては、顧客の行動や意見などに着目する“顧客基点”や、社会課題に着目する“社会基点”のイノベーション創出アプローチが主流となっており、その結果としてAppleのiPod/iTunesなどに代表されるような、顧客や社会への新たな価値を伴う製品・サービスが世に数多く輩出されてきている。このような欧米企業の取組みや成果を受け、バブル崩壊以降に世界的なイノベーションを創出できていない日本企業においても、“顧客基点”“社会基点”のイノベーション創出に向けて舵を切り始めている。

“顧客基点”“社会基点”のイノベーション創出とは

新規事業創造にはイノベーション創出が重要であり、主なアプローチが“技術基点”から“顧客基点”“社会基点”に変わってきていることを説明したが、今回の本題である「新規事業創造における都市の活用可能性」を論じる前に、新規事業創造における“顧客基点”“社会基点”のイノベーション創出とは何か、についてもう少し理解を深めたいと思う。

一般的に新規事業創造は、以下の3フェーズで推進されるが、“顧客基点”“社会基点”のイノベーション創出とは、“アイデア創出フェーズ”において、顧客意見等に共感して、また社会課題への着目を通じて、イノベーティブな製品・サービス、ビジネスモデルを導出することを指している。

 

《新規事業創造の流れ》

1. アイデア創出フェーズ
(インプットを通じてビジネスアイデアを着想し、製品・サービスのプロトタイプを開発、潜在顧客・主要な協業者を定めたビジネスモデル仮説を構築する)

2. ビジネスモデル検証フェーズ
(前フェーズで構築されたプロトタイプ・ビジネスモデル仮説のブラッシュアップを図る)

3. 事業化フェーズ
(事業戦略・計画を取り纏めながら、ヒト・モノ・カネの経営資源を集めて事業を推進する)

 

まず、“顧客基点”のイノベーション創出とは、グローバル化や情報化社会に伴い、顧客の価値観が日々多様化していること等を踏まえ、顧客の立場に立ち、顧客の意見や行動観察等を通じて得られた共感からイノベーティブな製品・サービスやビジネスモデルを模索する、というアプローチである。「デザイン思考」と呼ばれるアプローチがその代表例である。

また、“社会基点”のイノベーション創出とは、行政では解決しきれない多様な社会課題に対して、企業がこれまでの利益追求だけではなく、企業の有する経営資源を梃子に社会課題解決に資するイノベーティブな製品・サービスやビジネスモデルを模索する、というアプローチである。「CSV(Creating Shared Value)」という経営理念に基づき近年採られてきているアプローチである。

参考となるが、“ビジネスモデル検証フェーズ”においては、製品・サービスのライフサイクルが大幅に短縮していること等を踏まえ、製品・サービスやビジネスモデルを自社内のみでブラッシュアップしていくというリスクを抱えたアプローチではなく、プロトタイプを早期に顧客に使ってもらうことを通じて学びを得て、製品・サービスやビジネスモデルの磨き上げを早期に図っていくというアプローチがトレンドとして見受けられる。これは、シリコンバレー等では既に当たり前となっている「リーン・スタートアップ」と呼ばれるアプローチである。

なお弊社は、経済産業省との連携の下、我が国におけるイノベーション創出の現状及び課題の分析を通じて、企業経営や対外ネットワークのあり方等に対する大胆な提言を行っている。下記のリンクを是非ご覧いただきたい。

平成26年度総合調査研究 「我が国のイノベーション創出環境整備に関する調査研究」(経済産業省Webサイト PDF)

図1 グローバルにおける新規事業創造のあり方の変化

新規事業創造における都市の活用可能性

それでは、前章で考察した“顧客・社会基点”のイノベーション創出を通じた新規事業創造が今後より主流になっていく中で、第1回で整理した「ブランド」「公共性」「交流」「シェア」といったユニークな価値を有した都市というプラットフォームを、企業はどのように活用することができるのだろうか。先進的な取組みを始めている具体的な企業事例を交えながら解説していく。

“顧客基点”のイノベーション創出に向けた都市の活用方法

顧客の立場に立ったアイデア創出、つまり顧客の意見や行動観察等を通じて得られた共感からイノベーティブな製品・サービスやビジネスモデルを模索する上では、「交流」という都市の価値に着目した活用方法が考えられる。先進的な企業においては、顧客と直接接点を持てる「場」を設け、顧客の意見や行動観察等に基づく課題の特定や解決策の検討に取組む事例が見受けられる。

【先進事例】
イノベーションセンターにおける対話を通じた顧客課題の特定・解決策の検討に取組むデュポン

(日本では、名古屋に「Japan Innovation Center」を配置)

目的:デュポンにとっての新規事業機会の特定

概要:世界的な化学メーカーであるデュポン社は、イノベーションセンターを世界13か所に整備し、顧客との対話を通じて課題を特定するとともにその解決策を検討、結果としてデュポンの新製品・サービス開発を推進
(開設から7年間における新製品・サービスアイデアは、システムで50件、アプリケーションで300件を達成)

都市活用上のポイント:
■多様な顧客との接点を持つため、交流の場をグローバルに展開

・日本のほか、米国やブラジル、韓国など世界13カ国に展開することで、文化や価値観の異なる幅広いプレイヤーからの意見を収集

■顧客意見を引き出すため、自社の有する最先端技術等をオープンに開示
・自動車やエレクトロニクス、フード、バイオテクノロジーといった多様な産業の発展に寄与する最先端技術・素材等をショールームで公開することで、顧客に気付きを与えて、意見を引き出す仕掛けを構築

■解決策検討を促進するため、世界中の技術者・研究者との交流を実現
・世界に点在するデュポンのR&Dセンターと繋がる高性能テレビ会議システムを通じて、意見交流の場に多様な技術者・研究者を参画
・時間をかけてじっくり議論できるミーティングルームを設置

(出所:デュポンHP、日経情報ストラテジー「『素材メーカーは“裏方”』のウソ、デュポンは顧客と一緒にイノベーション」2013/05/7、日経情報ストラテジー4月号「“黒子”が仕掛ける真似できない製品悩む顧客とお互いに解決策」)

“社会基点”のイノベーション創出に向けた都市の活用方法

行政では解決しきれない多様な社会課題の解決に向けて、企業の有する経営資源を梃子にしたイノベーティブな製品・サービスやビジネスモデルを模索する上では、「公共性」という価値(公共のものである都市は、企業に対して公共性を活かした取組み機会を提供する)に着目した都市の活用方法が考えられる。

そもそも社会課題は一企業内で起こるものではなく、多様なアクターの活動する都市において起こる課題であるため、それら課題解決に取組む先進的な企業においては、公共データ等を活用して社会課題の根底メカニズム等を特定する、また他社との交流・協業を通じて社会課題の解決策検討に取組む事例が見受けられる。

【先進事例】
多様な医療課題を抱える青森県において、産官学連携を通じた脳疾患予防に取組むGEヘルスケア・ジャパン

目的:アルツハイマー病を中心とする脳疾患の予兆発見方法、及び予防プログラムの開発

概要:世界最大級のコングロマリット企業GEの構成企業であるGEヘルスケア・ジャパン社は、多様な医療課題を抱える青森県において、高齢者の健康増進や医療費削減など高齢化社会の課題解決に資する製品・サービスを開発

都市活用上のポイント:
■研究対象が豊富に存在する都市を選択
・全国の都道府県の中で平均寿命が最下位であり、脳疾患・心疾患等による死亡者数が多い青森県を対象として、脳疾患予防に挑戦

■産官学連携を通じて、社会課題の根底メカニズム解明に必要なデータを収集
・弘前大学・弘前市等との連携を通じて、過去9年間に渡るコホート研究データ(延べ10,000名、健康情報360項目)、2014年の住民検診データ(約1,200件、600項目)を収集し、世界にも類を見ない質・量を有したビッグデータの解析を実現

■他社との協業を通じて、各社の有する技術等を持ち寄った社会課題解決策を導出
・GEヘルスケア・ジャパンは予兆発見のアルゴリズム・ソフトウェア開発を担当、協業企業であるイオンリテールは運動の習慣化スキーム開発を担当、栄研は健康食の提供サービスを担当など

(出所:GE Healthcare HP「弘前大学、青森県、GEヘルスケア・ジャパン 画期的な疾患予兆発見の仕組み構築と予防法の開発を目指す」、The Center Of Healthy Aging Innovation ~革新的「健やか力」創造拠点~ HP)

このように、企業が“顧客・社会基点”のイノベーション創出を伴う新規事業創造を志向する中では、「交流」や「公共性」といったユニークな価値を有する都市というプラットフォームの活用が更に重要になってくると言えよう。
 

以上、3回に渡って、都市の提供価値、及びその価値を踏まえた企業の都市の活用可能性について説明してきた。第1回で解説したように都市間競争が激化している中では、“都市の利用者”たる企業が、第2回で解説したワークプレイスとして、もしくは第3回で解説した新規事業創造のために都市を積極的に活用することを通じて、都市の競争力を強化する視点が極めて重要であり、そのような取組みが今後より一般化することを期待したい。また一方で、不動産デベロッパーや地方公共団体等の“都市の提供者”に対しては、単なるハード作りを行うだけではなく、企業が上記の取組みを行いやすいソフト支援等を含めた街づくりを推進していくことも期待したい。

ニュースレター情報

Next-. Vol.34

著者: デロイト トーマツ コンサルティング 都市イノベーショングループ
シニアマネジャー 徳山 隆俊
シニアコンサルタント 田澤 直幹 
コンサルタント 稲田 雄志

2015.07.15

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

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▼Next-. 都市というプラットフォームの活用可能性
第1回 都市間競争の激化と都市がもたらす企業への提供価値
第2回 ワークプレイスとしての都市の活用可能性
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