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“野党”“無党派”社員に惑わされる満足度調査なら、今すぐ止めよ

社員の“意識ステージ”を見極め、変革モードに変えるための方策~

社員満足度調査(ES調査)は“意識ステージ”と絡ませ、どのステージの社員をどのように変えていきたいか、誰の声に応えるべきかを見極めることが重要です。“変革の担い手”を増殖させるためのES調査の方法を解説します。

笛吹けど踊らず

「変革」「構造改革」「イノベーション」。これらは、昨今、日本企業の経営者の発言や各社が発表する経営方針・経営計画の中に必ずと言ってよいほど出てくるキーワードである。いずれも、激しいグローバル競争の中で、自社の変革・改革・イノベーションの必要性を社員に、そして市場に訴えかけるための常套句となっている。しかし、一方で、「日頃から口酸っぱく、『危機感を持て』『意識を変えろ』『変革を起こせ』と社員に言っているが一向に変わる気配がない。我が社の社員はどうして変わってくれないのだろうか?」という経営者の悩みをよく耳にする。

経営者のメッセージは、社員に届いてはいる。しかし、問題は、社員がそれらの声に共感・賛同しているのか、反対しているのか、共感していないとすれば何故か、というメッセージの受け手側(社員)の心理や思いを経営層が理解していないことにある。もちろん、経営者の声に強く共感し、変革に向けて直ぐに行動を起こす社員もいるが、多くの経営者が先のような悩みを抱えているということは、社員にとって、変われない、変わりたくない、或いは変わる必要がないと思う何らかの理由があるはずだ。 

従来の「社員満足度調査(ES調査)」の限界

上述の悩みを抱えている経営者は、「恐らく社員は何らかの不満や悩みを抱えているから変われないのだろう」と思い、社員が何を考えているか(社員が抱えているであろう不満や悩み)を探るべく「社員満足度調査(ES調査)」を行うことが多い。全社員に対して、自社の戦略、組織体制、制度(主に人事制度)、権限・役割、日々の業務、役員・上司、同僚・部下、職場環境などの様々な要素に対する満足度を調査し、その調査結果から変革を加速するための解決の糸口を見出そうとする。具体的には、社員満足度調査(ES調査)を見て、「なるほど、社員は当社の人事制度に不満を感じているから、変わろうとしてくれないのか」と人事制度を見直してみたり、「部門間の連携が少ないことが不満なのか」と公式・非公式の懇親会を開催してみたりする。

この社員満足度調査(ES調査)自体は間違った行為ではない。しかし、多くの場合、そのやり方に問題がある。各社の社員満足度調査(ES調査)の中身を見るに、「これでは実態は分からないであろう」と感じることが実に多い。実際、上記の例にある人事制度の見直しやコミュニケーション促進の施策も、ほぼ間違いなく社員の期待には応えておらず、一向に社員満足度が改善しないケースを数多く見てきた。では、なぜ従来の社員満足度調査(ES調査)のやり方ではダメなのか?

最大の問題は、多くの会社(経営者)が、変革や改革というキーワードに対する社員の“支持層の分布”を誤解していることだ。つまり、会社のメッセージに対して、それを支持する社員と支持しない社員の人数の分布図を書いた場合、それが正規分布であると思い込み、ボリュームゾーン(と思い込んでいる)の平均層を狙った対策を講じれば最大の効果が得られると勘違いしているのである。

しかし、実際には、“支持層の分布”は正規分布ではないことを理解する必要がある。これは、これまでデロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC) が多くの企業に実施してきた「組織風土」の調査結果から明らかになったことだが、社員には幾つかの“意識ステージ”がある。意識ステージとは、会社が打ち出す変革や改革というキーワードに対する社員の“支持のスタンス”を指す。具体的には、社員は、変革に対してポジティブな反応を示す支持派と、逆にネガティブな反応を示す反対派、そして、そもそも変革や改革などに興味を持っていない層に三分類される。これを、現経営層を政権にたとえれば、現経営層の「変革」という方針にポジティブな層を“与党”、ネガティブな層を“野党”、興味を持たない層を“無党派”と置き換えると分かりやすい。

そして、最も重要なポイントは、社員の多くは“与党”と“野党”の両翼に大別されるということである。従って、全社員向けに社員満足度調査(ES調査)を行い、その平均層への対策を講じたとしても、それは殆どの社員に響いていないことになる。むしろ逆に、両翼にいる“与野党”から見れば、「会社は自分達のことを何も分かってない」というマイナスの反応すら起こしかねないのである。 

図1:変革への支持層の分布イメージ

社員の“意識ステージ”の見極めがポイント

更に、デロイト トーマツ グループの調査結果からは、「現状への危機意識」と「変革の必要性」への感度、及び「変革へのスタンス」によって、社員は6つの“意識ステージ”に分類されることが分かっている。先の分布に当てはめると、(1)(3)(4)が“野党”、(5)(6)が“与党”、(2)が“無党派”に該当する。

まず、(5)(6)の意識ステージの社員は、現状のスキルや能力の差はあれども、変革に対してポジティブな“与党”である。彼らは、変革への挑戦を望んでいる“変革の担い手”として最短距離にいる社員だ。従って、彼らのモチベーションを維持・高揚させるために、彼らが不満だと感じていることに応えることが重要になる。この意識ステージにいる社員が不満と感じる要素こそ、会社が最優先で取り組まなければならないテーマとなる。

一方、(1)(3)(4)の意識ステージの社員は、口にこそ出さないかもしれないが、基本的に変革に対してネガティブな“野党”である。彼らは自発的に行動を起こそうとはしない。にもかかわらず、通常、この集団が最も会社に不満を持っていることが多い。この不満に対する会社のスタンスとして、“野党”の意見などを聞くことはない(=放置しておけばよい)という考え方も選択肢ではあるが、それは得策とは言えない。なぜなら、彼らは何らかのきっかけで抵抗勢力となり、ポジティブな集団((5)や(6))に悪影響を及ぼす可能性があるからだ。従って、そうさせないように、彼らが不満と感じる要素に対しても何らかの策を講じ、彼らの意識をポジティブな方向に変えるための別の仕掛けを打つ必要がある。

重要なことは、まず、自社にはどのような“意識ステージ”の集団がどの程度のボリュームいるのかという実態を社員満足度調査(ES調査)を行うことで正しく把握することである。

図2:意識ステージ別の社員の傾向

“変革の担い手”を増殖させよ

ここで初めて、社員満足度調査(ES調査)の意味が出てくる。なぜなら、変革に対してポジティブな“与党”社員とネガティブな“野党”社員とでは、会社に対して満足していること、逆に言えば不満に感じていることが全く異なるからだ。だからこそ、社員の“意識ステージ”を把握した上で社員満足度調査(ES調査)を実施すれば、会社は、変革の担い手として期待される“与党”の不満解消に直結する有効施策を打てることになり、逆に、“野党”の不満に対してどう向き合うか、どう対処するかという具体策を見出すことが出来るのである。つまり、これまでのように漫然と全社員の不満を聞くのではなく、社員満足度調査(ES調査)に社員の“意識ステージ”を組み合わせることで、本当に有効な施策が見えてくる。これまでのDTCの調査結果においても、与党と野党とでは会社に対する不満要素が大きく異なることが明らかになっている。

例として、最近調査を行ったA社を紹介したい。A社はここ数年、競合大手からの激しい攻勢に合い、市場シェアを徐々に減らしていた。A社の経営者は、このままでは数年内に自社の経営基盤そのものが崩されかねないという強い危機感から、社員に対して再三、変革の必要性を訴え、営業力強化、新規事業開発、海外展開強化などを最重要の経営課題として掲げていた。しかし、ほぼ1年が経過しても、社内から新規事業や海外展開に関する起案がほとんどない状態が続いた。経営者は「なぜ当社の社員は変わろうとしないのか」と嘆き、独自に全社員を対象とした社員満足度調査(ES調査)を実施したが、その結果からは「あらゆる要素が万遍なく“やや”不満である」という傾向しか見て取れず、手の打ちようがなかった。

そこで、先の経営者からの依頼を受け、DTCがA社社員に対して、意識ステージ調査と社員満足度調査(ES調査)を同時に実施したところ、まず、意識ステージに関しては、与党55%、野党35%、無党派10%という結果が出た。この結果に対して経営層は、「私の声は過半数の社員に支持されているのにもかかわらず、何故変わってくれないのか」と、より一層の悩みを声にしたが、ここに、両調査を掛け合わせた意味があった。なぜなら、意識ステージ毎の不満要素を分析した結果、“与党”と“野党”では明確に不満の内容が異なったからだ。55%というマジョリティの“与党”社員は、変革に向けて何とか現状を打破したいという強い意欲はあるものの、「自身のスキルの低さ」「社内の積極性・創造性のなさ」「組織の壁を超えたコミュニケーションのなさ」「育成環境の不十分さ」「現業の非効率さ」に対する不満が多かった。つまり、変革は実現したいものの、どうすればそれが出来るかという戦略構築スキルやノウハウが不足していること、また、そうした戦略的な議論が促されるような社内風土がないこと、更に、現業が忙しすぎて戦略的な議論を行う時間が確保できないことに不満を感じていたのだ。

この事実は大きな収穫であり、A社の経営者は、多くの社員が「変わりたくても変われない」状態に陥っていることを把握できたのである。その後、A社では、彼らに対してスキル開発トレーニングやコミュニケーション改革、及び実践的な新規事業トライアルなどの各種施策を矢継ぎ早に打ち出すと同時に、戦略的議論の時間を確保するための全社BPRにも着手したのである。

一方の野党は、「経営者のスキルや能力のバラつき」「自分自身の評価の低さ」「会社の戦略の曖昧さ」「公平に評価されない人事制度」など、いずれも自身の周り(会社や経営者)に対する不満を挙げていた。これは与党との明確な差である。A社の経営者は、依然として社内の3分の1を占める“野党”社員が抱える不満を詳しく把握することができた。そこで、A社は、経営者も含めた人事制度改革を断行した。変革への貢献度を評価尺度に加え、野党社員だけでなく経営者自らにも変革への責任を課すことによって、野党社員に対して言い逃れができない環境を作ることで、野党社員の意識変革を促すという手段を選択したのである。

このように、社員満足度調査(ES調査)は本来、会社にとって非常に有益な示唆を与えてくれるはずだが、一つやり方を間違えると全く意味のない調査になる。“意識ステージ”と社員満足度調査(ES調査)を絡ませ、どのステージの社員をどのように変えていきたいか、誰の声に応えるべきかを見極めることが重要であり、それが“変革の担い手”を増殖させるための最善の方策なのである。 

コラム情報

著者:
デロイト トーマツ コンサルティング
シニアマネジャー 柴田 信宏

2013.10.24

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。 

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