トランプ襲来! NAFTA再交渉 迫られるサプライチェーン見直し

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米国人の多くが気づいていないTPPの真の意味

グローバル経済のリーダーシップを放棄した米国

19世紀以来、先進国が産業競争力を強化する上で強力なツールとして機能した自由貿易。 その恩恵を最も受けたはずの米国で保護主義のうねりが台頭しつつある。TPP離脱で米国が失うのはグローバル経済のリーダーシップ。それにほくそ笑むのは中国だ。〔日経BPムック『トランプ解体新書』(2017年3月1日発行)に寄稿した内容を一部変更して掲載しています〕

19世紀前半以来、自由貿易は先進国の産業競争力強化の最も強力なツールとして機能してきた。

18世紀末のアダム・スミスの自由貿易論やその後のデビッド・リカードの比較生産費説など、自国の学者の主張をもとに自由貿易を立ち上げたのが英国だ。近代FTA(自由貿易協定)で最古とされるのは1860年の英仏通商条約(コブデン・シュバリエ条約)とされる。産業革命により工業分野の覇者となった英国は、その後、国際的な自由貿易体制を確立し、多くの貿易利益を獲得した。

その英国が2016年6月、国民投票によって欧州連合(EU)からの離脱を決めた。英国のEU離脱(ブレクジット)を保護主義の顕在化として単純化することは適当でないが、移民問題や超国家的な欧州統合へ消極性が背景にあることは間違いない。これが2016年に吹いた自由貿易への逆風の第1波となった。

米国のトランプ大統領は、選挙期間の前半から「英国はEUを離脱したほうがよい」と述べていた。離脱が決定されると、「英国民は主権を取り戻した。素晴らしい」とし、自身の保護主義的な通商政策との一致をアピールした。

そして、トランプ氏は「NAFTA(北米自由貿易協定)見直し」「TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱」を主張しつつ大統領選に勝利を収めた。これが保護主義の台頭に時計の針を戻させる自由貿易への逆風の第2波だ。
 

 

「自由貿易の恩恵を最も享受したのは米国

確かに、旺盛な個人消費をベースに世界中から多くの財を輸入し続けている米国は、貿易収支に関して見れば赤字大国だ。だが戦後の米国こそ、自由貿易によって国民一人ひとりが豊かさを享受してきた国だ。 

1930年代のブロック経済圏が第2次世界大戦の引き金となった反省から、20世紀はGATT(関税及び貿易に関する一般協定)/WTO(世界貿易機関)での自由貿易構築が進められた。これをリードしたのが米国だ。

GATT/WTOのラウンド交渉を振り返れば、1947年の第1回交渉への参加こそ23カ国だったが、1986~94年のウルグアイ・ラウンドでは123カ国まで拡大した。この拡大の過程で、日本や米国のグローバル市場での競争力は強化されていった。

図表1 自由貿易は先進国の産業競争力強化の強力なツールとして機能してきた

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上図は国民1人あたりの実質GDP(国内総生産)と貿易依存度の相関を示したものだ。産業競争力が強い先進国にとって、輸出は自国製品の海外展開による収益となり、輸入の拡大は非効率な国内産業の淘汰による資源配分の効率化につながる。過去50年近く、米国は自由貿易の進展とともに豊かさを実現してきた。同様、日本の豊かさも自由貿易と連動していることが同じグラフから理解できるだろう。

WTOの意思決定は全会一致方式だ。当時の途上国は交渉において強い主張はせず、日米欧を中心とする主要先進国がグローバルなルール形成を主導していった。だが、ドーハ・ラウンドの2000年代になると様相が変わり始める。

2001年に中国がWTOに加盟すると、いよいよ新興国の発言力が高まり、多国間のラウンド交渉が進展しなくなった。それまで途上国の保護政策に対して攻勢一辺倒だった米国も、自国の農業補助金の削減をブラジルから求められるなど、思い通りにならないWTOという枠組みにフラストレーションを覚えるようになる。

そこで各国は全会一致の貿易ルールづくりを断念、合意可能な内容・相手との協定づくりを進めるFTAに活路を見いだした。FTA全盛の時代の幕開けである。

1990年代に先進国間(北米のNAFTAなど)や途上国間(南米のメルコスール=南部共同市場=など)で進められてきたFTAだが、2000年代に入り先進国と途上国の間(日ASEAN EPAなど)でも次々と締結が進んだ。現時点では世界に約280のFTAが乱立し、「スパゲティボウル現象」と呼ばれるほど各協定が複雑に絡み合った状況となった。大手グローバル企業ですら十分にFTAを使いこなせていないのが現状だ。

FTAの場合、一つひとつの協定が「積み石」(ビルディングブロック)となって次の自由貿易を形成する。日本とASEAN諸国の間のように複数のFTAを締結している場合、新しい協定にはそれぞれ過去のものにはなかった付加価値が求められるのが一般的だ。

例えば、TPPにおけるベトナムの大型車への約70%の高関税の撤廃は、日本が過去のベトナムとの2国間・日ASEAN交渉でも譲許されなかった内容で、まさにTPPならではの付加価値に当たる。どの協定を参考に新たな交渉が開始されるかは、出来上がる協定の水準をおおかた規定してしまうのだ。

 

TPPに込められた米国の深謀遠慮

この「積み石」の考えこそが、米国の通商政策におけるTPPの本当の価値だった。

TPPが原則すべての関税撤廃を求める高水準なFTAとされたこと、そして過去にない広範なルール分野を含むことには理由がある。当然ながら、ニュージーランドやチリ市場を攻略するためではない。交渉の最終局面で実現した日本の参加を見越していたわけでもない。すべてはWTOでの全会一致方式が機能しなくなった後に、グローバル通商が志向したFTAというツールの最終形態、FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)を高水準にデザインするためだ。

APEC(アジア太平洋経済協力会議)全域を対象とするこのFTAAP構想には、中国もロシアも含まれる。米国がこれらの国と2国間FTA交渉を行うことは外交上想定しづらい。仮に交渉を開始したとしても合意に至ることは困難極まりない。そこで、米国がリーダーシップを発揮して比較的自由に協定の枠組みを描き、FTAAPの骨子にすべく布石を打つ。その内容は、知的財産や政府調達、国有企業の扱いなど、中国やロシアに適用されたときこそ大きな意義を持つ——。それがTPPだった。

この戦略に沿って、米国は2010年に通称「P4協定」と呼ばれるシンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイの4ヵ国で締結された包括的な経済連携協定をTPPとして昇華させ、アジア太平洋地域のルール作りを進めてきたのだ。

オバマ政権が描いていた今後の米国にとって理想の通商シナリオはこうだ。首尾よくTPPを発効させ、FTAAPをTPP協定の内容をベースに交渉する。中国やロシアは、聖域なき市場開放を余儀なくされる。もしくは、これら巨大新興国は米国主導のFTAAPに対抗する最後の手段として、声を揃えてこう叫ぶ。「WTO交渉に立ち還ろう。過去のドーハ・ラウンドでは強い主張をし過ぎて面目ない」と。

 

マイペースなRCEPにTPPは先を越される

2016年に吹いた自由貿易への逆風をうけ、昨年11月に南米ペルーのリマで開催されたAPEC首脳会合では、「あらゆる保護主義に対抗」するためにFTAAP構想を推進することが宣言された。だがその直後、トランプ大統領は就任後100日間の優先事項としてTPP離脱を宣言している。

TPPの発効要件が「原署名国の2013年のGDP合計の少なくとも85%を占める少なくとも6カ国が国内法上の手続きを完了」である以上、TPPに署名した12カ国のGDPの60%超を占める米国が離脱すると、この規定のままでは発効できないことになる。

「TPP消滅」を前提とする論陣からは早速、FTAAPのための有効な積み石はRCEP(東アジア地域包括的経済連携、注1)しかないとの声が聞かれる。RCEPには日本やオーストラリアなどのTPP参加国も含まれるものの、米大統領選以前から保護主義的な政策を構える中国やインド、インドネシアといった新興国の声が大きく、自由化のレベルは低水準とならざるを得ない。

TPP交渉の行く末を見極めるため、RCEPが交渉をスローダウンさせていたという見方もあるようだが、実態はそうではない。単に、アジア新興国の交渉団がTPPほどのスピード感で動けなかっただけだ。全世界人口の半数を抱えるアジア新興国の国内調整には時間がかかるし、各国の交渉官も日本が期待するようなハードワークには応えない。

FTAAPがFTAの最終ゴールだとすれば、TPPは童話「ウサギとカメ」のウサギだ。署名までは駆け足が継続したが、発効の直前、トランプ大統領の意思で休眠またはリタイヤしようとしている。マイペースなRCEPが先に発効まで辿り着けば、FTAAPの交渉骨子はRCEPベースとすることの正統性が成り立つ。

米国の立場で大局的に通商を考えるならば、最も避けなければいけないのは、FTAAPのリーダーシップを中国に奪取されることだ。外交や安全保障とも関連するこの通商の大戦略の前では、新薬データ保護期間や日本の農産品市場開放など本来は細事に過ぎない。

 

FTAAPの実現に向けしたたかに牙を研ぐ中国

大統領選の期間中、TPP協定の各論に対する批判はトランプ、クリントン両候補から出たが、足もとの有権者支持には直結しづらいこの通商戦略の本質についてはほとんど議論が交わされなかった。オバマ大統領はTPPの議会承認を目指す過程で対中国政策としての重要性を繰り返し説いたが、選挙での近視眼的ポピュリズムによって世論から消えてしまった。アジア太平洋の通商リーダーシップを手放さない——。これこそトランプ氏が掲げた“Make America Great Again”というスローガンに適う指針のはずなのだが…。

中国の通商政策は冷静かつしたたかだ。近年、戦略的に重要なメガFTAの主導役が中国であるとの演出に余念がない。

FTAAP構想は元々、WTO交渉進展のカンフル剤や東アジアルール形成への関与ツールとして2006年に米国主導で提案されたものだ。だが、TPPが完成間近になり、いよいよ中国抜きでのアジア広域ルール形成が現実的になってきた2014年、北京で11月に開催されたAPEC首脳会談において習主席はFTAAPの早期実現のための「北京ロードマップ」を発表した。以来中国は、FTAAPは「西側先進国主導のTPPベースではなく、新興国に配慮した形で実現すべし」としてこの地域の新興国に対するリーダーシップを発揮している。

FTAAPに至る道筋としてTPPの対抗軸とされるRCEPは、「中国が主導する」という枕詞とともに報道されることが多い。しかしながら、RCEPでさえ元々は中国発の枠組みではない。

インドや豪州を含む東アジア16カ国での経済連携は、2007年に日本が提唱した「ASEAN+6」のCEPEA(東アジア包括的経済連携)構想が原型だ。それまで「ASEAN+3(日中韓)」のEAFTA(東アジア自由貿易圏)構想を推してきた中国が、TPPの前進に対して焦燥感を覚え、日本が推す「+6」の枠組みに妥協した経緯がある。だが、中国のTPP対抗のプロパガンダにより「中国主導のRCEP」という認知がグローバルに広まっている。

図2 「最終形態」FTAAPの積み石となるのはTPPかRCEPか

図2 「最終形態」FTAAPの積み石となるのはTPPかRCEPか
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日米の二国間FTAは結果的にTPPと大差なし

トランプ氏は就任後100日間の優先事項の中で、TPP脱退の代わりに「公平な2国間の貿易協定を交渉する」と述べた。日本国内では「TPPよりも日米2国間FTA交渉のほうが怖い」として、新たな市場開放要求を恐れよとの扇動記事が紙面を賑す。

選挙期間中に振り上げた拳を下ろすため、もし日本と米国が新たな2国間FTAを交渉すれば、一定の追加的な農産品市場開放を要求される可能性は排除できない。だが、その程度は巷で語られるホラーストーリーほどは大きくならないだろう。

なぜなら、そもそもTPP自体が12カ国それぞれの間の2国間交渉の固まりのような協定だからだ。

知的財産や労働・環境等の「非関税」分野では12カ国での共通ルールが規定されているが、日本の自由化水準が低いとされる「関税」分野については各国が個別に交渉を重ねてTPPが出来上がった。過去の多国間FTAで採られてきた「共通譲許方式」と違い、TPPでは同じ品目であっても日本からと他国からでは、米国がかける関税が異なる可能性があるのだ。

TPPで最も多くの労力をかけて交渉されてきたのが日米間の2国間交渉だ。もしトランプ政権で日米の二国間FTAの交渉を立ち上げたとしても、「攻め」「守り」の大半は2015年に重ねられた議論の踏襲となるだろう。

交渉官たちがTPP交渉の同窓会よろしくその不毛な攻防を始める傍らで、米国が失うものがグローバルな通商リーダーシップだ。個々の2国間交渉の内容は、多国間協定になるFTAAPやWTOの中身を左右する「積み石」にはなり得ない。笑っているのは中国だ。

 

残り11か国のTPPも今や選択肢の一つに

各国の経済成長のステージにより、保護主義的政策が必要な局面も存在するのは確かだ。だが、少子高齢化の日本は、大幅な移民の受け入れで国内市場を成長させるか、自由貿易によって経済範囲を拡大させない限り経済規模を維持できない。米国民が新たな大統領に期待する「米国第一」の思いが短期的にどのような政策として発現したとしても、それは日本の課題解決とは別のものだ。

「トランプ政権がTPPを離脱するならば日本もTPP反対」では、それこそ米国追従の無策な政府だ。内需だけでは立ち行かなくなる窮状は、日本自身の通商政策で切り抜けなくてはならない。自由貿易が産業競争力の必要条件となる日本にとっては、米国を除く11ヶ国でのTPP発効もいまや受容すべき選択肢の一つだ。

もちろん、この実現も一筋縄ではいかない。TPP参加国が自国市場を開放したのは、米国という最大の市場へのアクセス改善が対価とされていたからだ。米国が離脱した場合、2016年2月に署名した現TPPのままでも国内批准できる国とそうでない国に分かれるだろう。

いずれ来るFTAAP交渉を日本が優位に進めるためには、TPPという枠組みは残さなければならない。米国の離脱に応じた関税率の微修正は短期間で実施してもよいが、政府調達の条件改善や知的財産保護の考え方、電子商取引における国内サーバー設置義務要求の撤廃など、次世代の日本企業の競争力に直結する条項を棄却することは避ける必要がある。

「自由貿易は死んだ」とする悲観論に酔っている時間はない。米大統領選の直後の11月17日、韓国はグアテマラ、ニカラグア、エルサルバドル、ホンジュラス、パナマの中米6ヶ国とのFTAを実質的に妥結したと発表した。自動車も含めた韓国製品に対する関税が撤廃される。「TPPがだめならRCEPだ」程度の短絡的な思考では済まされない。

仮にトランプ政権がグローバルな通商リーダーシップを放棄するのであれば、いまこそ日本は大局観をもった通商戦略を策定し、積極的なFTA政策を推進すべきだ。EUや英国との経済連携も含め、2017年以降には課題が山積している。

 

注釈

注1:日本・中国・韓国・インド・オーストラリア・ニュージーランド・ASEAN加盟国の全16ヶ国で交渉している経済連携協定。2013年5月より交渉開始。2016年10月までに15回交渉会合開催。

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