東京五輪「オリ・パラ同時開催」の経済効果を試算してみた

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東京五輪「オリ・パラ同時開催」の経済効果を試算してみた

シリーズ「人権と数字」第3回

近年、人権問題がビジネスにおいて極めて大きなインパクトを与えるものであることが認識されはじめています。一方で、ビジネスが具体的なアクションを起こすには、定量的に「数字で」課題の重要性を示していく必要があります。『人権と数字』の第3回では、一つのケーススタディとして、人権に関係の深い論点として度々話題に上がる、オリンピックとパラリンピックの同時開催が実現した場合、どれだけの経済効果が生まれるか、といった点について実際に試算し、その意味合いを考えてみます。〔現代ビジネス「シリーズ『人権と数字』」(2017年10月掲載)に寄稿した内容を一部変更して掲載しています〕

同時開催、議論はあるけれど

2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催まで1000日を切り、カウントダウンも始まりました。東京大会では7月24日~8月9日にオリンピック、8月25日~9月6日にパラリンピックを開催する予定で準備が進められています。 

ところで、現在準備されている開催プログラムにおいて、今日「当然」と考えられていることで、かつてはそうではなかったことがあります。それは、男女の同権です。いま、男性と女性がひとつの大会に出場することを疑問に感じる人は少ないでしょう。 

しかし、1896年ギリシャのアテネで開催された第1回オリンピックでは女性の出場は認められておらず、出場選手241名全員が男性でした。女性の参加は第2回で一部種目が始まり、2012年のロンドン大会のボクシングで女子種目が採用されたことで、ついに全競技で男女が参加する種目が行われるようになりました。 

他方、いまだ議論が十分成熟していないアジェンダが、健常者と障がい者の問題です。 

オリンピックとパラリンピックの同時開催、即ち健常者と障がい者の区別をなくすアイデアが時折提唱されますが、シリーズ『人権と数字』の第3回となる本レポートでは、近い将来、人権に関係の深いこの論点の議論が進み、オリンピックとパラリンピックが同時開催された場合、どれだけの経済効果が生まれるか、といった点について実際に試算し、その意味合いを考えてみます。 

なお、ここで想定する「同時開催」は、現状のオリンピック期間にパラリンピックの一部を統合するといった形ではなく、同じ競技場でオリンピック・パラリンピックの種目を同時に実施していく「完全統合」のケースです。 

結論を先にして、今回行った試算を明かすと、仮に2020年東京大会で同時開催を行ったと仮定した場合の経済効果は、会期中だけでも1,000億円以上と見込まれます。さらに、記念すべき世界初の同時開催の大会となれば、大会後のレガシー(遺産)による経済効果(東京都の試算によれば2030年までで約27兆円)がさらに増加することも期待できます。

 

人権と数字 シリーズ全3回 [PDF: 1.1MB]

「同時開催」の例はある

オリンピック・パラリンピック同時開催は容易でないとの見方も多くあります。例えばオリンピック委員会は、パラリンピックから一部の競技や種目を選んで、現状のオリンピックの期間内で両ゲームを行う場合を「同時開催」のひとつの形として想定しつつ、この場合には競技数の多い種目を期間内に終えることが難しくなること、競技場の増設が必要になること等の問題点を挙げています。 

また、英国のパラリンピック選手であるTanni Grey-Thompson氏はBBCのインタビューにおいて、仮にパラリンピックのうちのごく少数の競技だけをオリンピックに取り入れる形で「同時開催」した場合、パラリンピックがオリンピックによってその存在を消されてしまうことを懸念しています。たしかに現状のオリンピック期間にパラリンピックを一部統合するという形で「同時開催」を行う場合は上に挙げられているような問題が生じるでしょう。 

しかし本来、人権的な見地で目指すべき「同時開催」とは、上述のようなオリンピックをメインとし、パラリンピックを付帯イベントとするべきではありません。双方が区別なく同じ扱いの競技として開催されるもののはずです。 

そう考えた場合、オリンピック、パラリンピックそれぞれ固有の競技についてはともかく、両者に共通する競技については、オリンピックとパラリンピックの種目を同じ会場で順次実施するという「完全統合」形(この場合、当然にして開催期間は現在のオリンピックのみの期間にはおさまらない)が考えられます。 

実際このような形で「同時開催」を行っている国際スポーツ大会も存在します。英連邦に所属する国や地域が参加し4年ごとに開催される競技大会である「コモンウェルス・ゲームズ(Commonwealth Games)」です。 

同大会では複数の競技についてパラスポーツがひとつの種目として位置付けられています。例えば2014年にグラスゴーで開催された大会の日程表を見ると、水泳ではある1日の間に男子100m自由、50m背泳ぎが行われた後、男子パラスポーツの200m自由が、陸上でも女子100m、400mが行われた後に、女子パラスポーツの100mが行われるといった形での運用がされています。

 

同時開催の経済効果を見てみよう

ここで東京オリンピック・パラリンピックを仮にコモンウェルス・ゲームズのような「完全統合」方式で同時開催した場合に、どの程度の経済効果が見込まれるかを見てみましょう。 

まずは、前提となる会期が「同時開催」の場合に現状からどのように変化するかを考えます。

図1:オリンピック・パラリンピック同時開催の場合に想定される会期の変化
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­­オリンピック(17日間)とパラリンピック(13日間)の開催期間を単純に合計すると30日間となりますが、同時開催の場合の会期はこれよりも少し短くなると想定されます。まず、パラリンピックでは本来13日間で22競技を実施しますが、オリンピックと会場が異なる8競技についてはオリンピック開催期間中に同時に実施し、会場が同じ14競技については追加で約8日間かかると仮定します。 

また、開会式と閉会式を一本化すると開会式と閉会式を開催するために必要となる約1日分開催日数が減少します。以上を踏まえると、同時開催の場合の開催期間は24日間になると見込まれます。なお、個々の競技日程が全体として長期化する(予選と決勝の日程が離れる)ことによる選手のコンディション管理(ピークマネジメント)へのケアが必要である点には留意すべきです。

 

3つの要素で売上増加

次に会期中に見込まれるインパクトを売上・コストに分けて検討します(図2)。売上サイドでは大きく3つの要素が売上の増加に貢献します。 

第一の要素は、同時開催によるパラリンピックの放映権収入の大幅な上昇です。「オリ・パラ」が同一コンテンツとなることでパラスポーツの世界的な視聴が増加し、現状ではオリンピックの1%にも満たないパラリンピックの放映権単価が上がる(注1)と期待されます。加えて、「同時開催」という歴史的なイベントは視聴率の上昇をもたらす効果(注2)もあるでしょう。 

第二の要素は、スポンサー料の増加です。「一業種・一社」原則を維持する場合、これまでのパラリンピック限定のローカルスポンサー枠がなくなることで、スポンサー総数は減少する可能性がありますが、上述の放映権単価アップと同様、よりビジネスにおける求心力が高まる「同時開催」コンテンツとして個々のスポンサー単価も(個別企業の支出予算が許す範囲で)上がることが期待できます。 

第三の要素は、パラリンピックの1枚当たりのチケット単価のアップです。「オリ・パラ」がひとつのイベントとなることで、パラスポーツ観覧者のチケット単価がオリンピックと同程度に上がることによる収入増です。

図2:オリンピック・パラリンピック同時開催の場合の会期中のインパクト
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出所:東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会立候補ファイル(財政)の予算等に基づきDTCにおいて試算


他方、「同時開催」することでコストも変化せざるを得ません。オリンピックスポーツとパラスポーツを交互に進行させるに際し、リーグ戦やトーナメント方式の競技の必要日程が一部長期化する可能性があります(注3)。これにより、一部(注4)の選手やコーチ・監督の選手村宿泊日数が長期化することによるコスト増が想定されます。また、パラスポーツの報道に向けたメディアセンターコストがオリンピック並みに上昇する可能性も考慮する必要があります。 

(注1)本試算では理論値としてオリンピックと同程度と想定
(注2)本試算では2000年以降の最高平均視聴率だったシドニー五輪と同程度まで上がると想定
(注3)例えばこれまで準々決勝と準決勝が同日に行われていた競技が、準決勝が翌日になる等
(注4)決勝など競技の終盤日程まで拘束される選手および関連するコーチ・監督など役員

 

レガシー効果も大きい

他方、コストダウンする項目もあります。開会式・閉会式の一本化により式典開催費が削減されるでしょう。 

なお、オリンピック・パラリンピックで同じ会場を使用する14競技については、オリンピックとパラリンピックの競技入れ替えの際に用具を出し入れしなければならないものもありますが、大幅な設備の変更を要するものはほぼないと考え、追加的な設備投資コストは発生しないという前提を置くこととします。 

全体の開催期間は、現行のオリンピックとパラリンピックの会期に準ずる長さで進行することから、競技会場の追加的な建設は原則必要ありません。 

以上を踏まえて同時開催の定量的なインパクトを算出した結果、売上が約1,077億円アップし、同時にコストが約36億円アップと計算されます。両者を合わせることで算出されるインパクトを見ると、会期中だけでも1,041億円の経済効果が見込まれることが明らかになりました。 

さらに、会期後に東京にもたらされるレガシー(遺産)効果も無視できません。東京都の試算によると大会後10年間のレガシー効果は約27兆円程度と見積もられていますが、東京がオリンピック・パラリンピック同時開催を世界で初めて行った都市となることによって、当該効果はさらに増加することが予想されます。 

2020年東京大会の開催方法については、既に相当程度が確定された段階となっており、今回想定した「オリンピック・パラリンピック同時開催」が議論の俎上にあがる可能性はほぼないでしょう。しかし、人権的な見地で提唱されたこのアイデアも、今回述べたような様式で「十分な経済合理性を持つ」と立証されれば、近い将来現実となるかもしれません。 

人権への対応が新たなビジネスを作る。社会や企業がそう認識することが、社会課題の解決を加速する糸口になるはずです。本シリーズが伝えた「人権と数字」が、更なる人権課題解決の動きに繋がれば幸いです。

執筆者

羽生田 慶介(はにゅうだ けいすけ)
パートナー/執行役員 レギュラトリストラテジー リーダー

石井 麻梨(いしい まり)
コンサルタント

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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