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NAFTA再交渉 「近代化」が第一の目的

USTR草案を踏まえ経営者が持つべき視点

2017年5月18日、米国通商代表部(USTR)のライトハイザー代表は米国、カナダ、メキシコの間で締結している北米自由貿易協定(NAFTA:North American Free Trade Agreement)の再交渉を行う意向を議会に正式に通知した。当該通知は交渉開始の90日前に行うことが求められていることから、早ければ2017年8月中にNAFTA再交渉が正式に開始される。〔日経ビジネスオンライン2017年6月14日掲載寄稿記事より転載〕

米国とメキシコによる“紛争”一色のようにも言われるが…

NAFTA再交渉を米国とメキシコによる“紛争”一色のように捉える報道も見られるが、事実は少し異なる。

NAFTAが発効したのは1994年。今から25年近くも前のことであり、技術革新など時代の変化に対応していないことから、NAFTAを「近代化する」というのが再交渉の第一の目的である。

この点に関しては米国、メキシコ間の意見も一致するところであり、例えばeコマースに代表される「デジタル貿易」に関する規定を新設することなどが想定されている。他方、米国の第二の目的として、やはりトランプ大統領も選挙期間中から対メキシコの貿易赤字を問題視する旨を繰り返し発言してきたように、メキシコからの輸入条件を現在より不利にする意図があることも確かである。

 

「中国からの輸入を拡大させない」のも米国の目的の一つ

同時に、NAFTA域外国、特に中国からの輸入をこれ以上拡大させないことも米国の第三の目的となっていることに注目する必要がある。中国はNAFTA締約国ではないため、NAFTAの規定は直接には適用されないが、協定の改定内容次第では域外国からのアクセスの障壁を構築することができる。

 2017年3月末、USTRは正式通知に先立ってNAFTA再交渉のための「草案」を議会に提出した。草案には関税、原産地規則、サービス貿易、投資、政府調達、貿易救済措置、デジタル貿易等の幅広い分野に亘る論点が掲載されている。
 

図1:米国のNAFTA再交渉の草案(2017年3月末)の概要

図1:米国のNAFTA再交渉の草案(2017年3月末)の概要
※図表をクリックすると別ウィンドウで拡大版が表示されます

注:草案には詳細な論点が記載されておらず、今後の議論の内容によってはステイタスが変化する可能性がある
出所:USTR資料よりデロイト トーマツ コンサルティング作成

冒頭5月の正式通知においては個別論点への言及を避け、デジタル貿易、知的財産権、規制の慣行、国有企業、サービス、通関、衛生植物検疫措置(SPS)、労働、環境、中小企業という項目名のみを挙げ、これら項目を新設又は更新することによって「NAFTAを近代化する」と記載するに留めている。

しかしながら、3月に提出された草案には米国の意向が反映されていると推定されることから、本稿では草案において示された論点を中心にNAFTA再交渉のビジネス影響について解説する。

なお、今後は7月半ばまでに米国政府から詳細な交渉論点が提出されることとなる。

 

【関税】米国からの輸出品もNAFTAで恩恵、交渉は単純ではない

前述のとおり、トランプ大統領は選挙期間中から対メキシコの貿易赤字を問題視する旨を繰り返し発言してきた。3月に提出された草案においても、NAFTA再交渉によって米国製品の更なる市場アクセスの拡大を目指すとしている。

この点に関しては、メキシコ産の自動車がNAFTAの低関税を生かして米国に輸出され、米国産の自動車のシェアを圧迫していることや、米国製造業の雇用を奪っていることをトランプ大統領も再三にわたって主張してきた。NAFTA再交渉においても米国から関税について何らかの条件が提示される可能性が高い。

ただしこの一方で、米国もまた、カナダ、メキシコへの輸出においてNAFTAの恩恵を受けていることを忘れてはならない。図2によると、例えば5トン以下の貨物自動車について、米国からカナダに対しては年間で約6.7兆ドルもの規模で輸出されている。
 

図2 NAFTAの活用メリットが大きい品目の例

図2 NAFTAの活用メリットが大きい品目の例
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出所:UN Comtradeデータ、Trade Compassよりデロイト トーマツ コンサルティング作成

NAFTAによって無税で輸出できているものの、NAFTA(又はその他の自由貿易協定(FTA:Free Trade Agreement))がなければ世界貿易機関(WTO:World Trade Organization)の最恵国(MFN:Most Favored Nation)税率である6.1%の関税が賦課されることとなる。米国からメキシコに輸出する乗用車用タイヤについても同様で、NAFTAによって無税になっているものの、NAFTA(又はその他のFTA)がなければ15%の関税が賦課されることとなる。

報道では「米国への輸入品に対する関税を上げる」という米国側の主張ばかりが目立ちがちであるが、米国からの輸出品もNAFTAの恩恵を受けており、米国が関税を上げると主張すればメキシコ、カナダもそれに対応して関税を上げる可能性がある。交渉は単純ではない。

 

【原産地規則】再交渉によりサプライチェーン見直しを迫られるかも

関税と並んで米国の関心が高いとされているのは「原産地規則」である。NAFTAの原産地規則は原則として関税分類変更基準が採用されているが、自動車についてはNAFTAの特恵関税率を適用される条件として62.5%の域内付加価値率を満たすことが求められている。この原産地規則について、草案では「迂回防止のルールを検討する」としている。

つまり、中国をはじめとするNAFTA域外国で製造された部品が米国、カナダ、メキシコで最終製品に組み立てられて輸出されることによりNAFTAの低関税の恩恵を受ける、といった事態を避けるための規定の導入を意図している。

背景として、米国産業の中国依存は年々強まっており、中国から米国への輸出額は、中国がWTOに加盟した2001年の約4倍に膨れ上がり、いまや米国の貿易赤字の約半分(3,470億ドル=約39兆円)は中国によるものだ。自動車部品を例にとった場合も、図3のとおり中国から米国への輸出は10年間で急拡大しており、2016年時点では日本からの輸出額よりも規模が大きい。
 

図3:中国から米国への自動車部品輸出額

図3:中国から米国への自動車部品輸出額
※図表をクリックすると別ウィンドウで拡大版が表示されます

出所:UN Comtradeよりデロイト トーマツ コンサルティング作成
 

「原産地規則」なら、ルール改定の手間は比較的少ない

仮にNAFTAで約束した関税率を改定する場合、前述のとおり締約国の複雑な利害が絡み合うなかで各国1万品目にも及ぶ関税の「譲許表」(品目の関税率の撤廃・削減のスケジュールを示した表)を改定することになり、交渉に多大な手間と時間を要することになる。

他方で、原産地規則という一律ルールの改定であれば、極論、協定の文言を数行分変更するだけでトランプ大統領が掲げる「Buy American, Hire American」の実現に近づく。このため、原産地規則の改定がNAFTA再交渉の主要な論点のひとつとなる可能性が高いとする見方が多い。例えば、自動車の原産地規則に「乗用車に関連する品目について、米国が譲許した特恵関税率を適用する条件をNAFTA域内付加価値62.5%、“かつ米国内での付加価値50%以上であるものに限る”」といった条件を加えることで米国の意向が実現できるであろう。

たとえ日本が直接のターゲットでなかったとしても、原産地規則の改定は北米地域でビジネス展開する日系企業のサプライチェーンに影響を及ぼす可能性が高く、今後の議論を見据えた備えが必要になる。
(当社レポート「トランプ政権始動、「NAFTA再交渉の経済影響」参照)

 

【政府調達】議論の俎上に載る可能性は高いものの、妥結は困難か

「Buy American, Hire American」の観点からは政府調達(中央・地方政府の諸機関によるモノや各種サービスの購入)も注目される。現在、米国では連邦政府等の調達において米国製品の購入・使用を義務づける「バイアメリカン条項」が存在しているが、WTOの政府調達協定加盟国や米国とFTA(自由貿易協定)を締結した国に対しては、この「バイアメリカン条項」の適用が免除されている。3月に提出された草案においては、NAFTA締約国に対して「バイアメリカン条項」を免除しないこと、米国産品、サービスに対する更なる政府調達市場の拡大が記されている。

ただし、NAFTAの政府調達章では、WTOの政府調達協定と同様に締約国が開放の対象とする機関、基準額等を限定して列挙するポジティブリスト方式を採用しており、米国には地方政府機関を開放の対象としていない等の「守り」の面もある。実際に、カナダはNAFTA再交渉において米国の政府調達の開放範囲の拡大を要望しており、カナダ、メキシコが米国の一方的な主張だけを受け入れるとは想定しがたい。このため、政府調達に関しては議論が平行線をたどり、結果として新たな内容は約束されない可能性もある。再交渉の合意内容が現状より「後退」しない限りは、日系企業に悪影響はない。

 

【セーフガード措置】北米市場へのアクセス障壁となる可能性

3月の草案において米国は、NAFTA締約国からの輸入増加が国内産業に影響を与えた場合に暫定的なセーフガード措置(輸入制限措置)の発動を可能とするよう提案している。

セーフガードはWTO協定に基づく措置であり、特定品目の輸入の急増が国内産業に重大な損害を与えている場合に、損害を回避するため、輸入国を特定せずに関税の賦課又は輸入数量制限を行うものである。NAFTAにおいては、WTO協定に従ってセーフガード措置を発動する場合、原則的にはNAFTA締約国を除外し、NAFTA締約国からの輸入のシェアが直近3年間で上位5位以内であること等の限定的な状況においてのみ、事前の協議を経た上でNAFTA締約国に対してもセーフガード措置が発動できる旨を定めている。

 

セーフガード措置が発動されれば、日本企業にとっても打撃

米国の提案は、事前の協議を経ずに自国の判断でカナダ、メキシコに対して暫定的なセーフガード措置の発動を可能とするものである。多くのFTAでは、NAFTAとは異なり、FTA締約国に対してのみ発動可能なセーフガード措置が規定されている。米国はこれと類似の規定をNAFTAに導入することを想定している可能性がある。

ただし、NAFTAオリジナルのセーフガード規定を導入した場合、一般的には米国のみならずカナダ、メキシコも同じ条件で米国に対してセーフガード措置を発動できることとなる。米国に一方的に有利な条件でなければカナダ、メキシコも規定の導入に合意する可能性があり、実際にセーフガード措置が発動されれば、北米地域で事業活動を行う日本企業にとっても同市場へのアクセスの障壁となる。

 

【デジタル貿易】個人情報やクラウドを活用した、IoT関連サービス展開のチャンスが拡大

草案では、デジタル製品への関税の不賦課、国境を越えたデータ移転に関する規制の制限やデータサーバのローカライズ要求の禁止などを提案している。同様の規定がFTAに取り入れられるようになったのは最近のことで、近年では2016年に発効した日モンゴル経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)や2016年2月に署名されたTPP(環太平洋パートナーシップ)において取り入れられている。

特に後者の2つの規定については、規制があることでデータサーバのローカライズ情報の格納場所を特定しないことに特徴があるクラウドサービスの活用を妨げたり、複数国を移動する消費者(旅行者、出張者等)に対してシームレスにサービスを展開することが必ずしも容易でないなどの障壁となっている。

NAFTAで規制の導入を禁止又は制限することによって、不要なサーバ設備投資運営コストが排除できるほか、電子的手段による国境を越えるビジネス目的の情報の移転が可能になるなど国境を跨いだIoT関連サービスのビジネスチャンスが拡大する。TPPの合意内容から逸脱しない限りカナダ、メキシコも受け入れが可能と想定され、規定が導入されれば北米地域でビジネス展開をする日本企業にとっても好影響が及ぶこととなる。

 

【国有企業】国有企業が競合となる場合/国有企業から調達する場合の双方で事業環境が改善

草案では国有企業による貿易歪曲効果(障壁がなければ、本来実現されたはずの貿易が阻害された結果)の除去、国有企業が商業原理に従って行動することの確保、市場歪曲的な行為を助長するための補助金の撤廃等が提案されている。国有企業については、多国間のFTAとしては初めてTPPで規定が導入された。TPPでは、国有企業による無差別待遇と商業的考慮、政府等による非商業的な援助によって他の締約国へ悪影響を与えてはならないこと等が規定されており、草案の内容もこれに類似している。

TPPの合意内容から逸脱しない限りカナダ、メキシコも規定の受け入れが可能であると想定される。TPPと類似の規定がNAFTAで導入されればNAFTA域内の国有企業との間で公正な競争条件が整備されることとなり、日本企業にとっては締約国の国有企業が競合となる場合/国有企業から調達する場合の双方において好影響となる。なお、メキシコは、TPPにおいてメキシコ連邦電力庁、PEMEX (Petroleos Mexicanos)、国家天然ガス管理センター、メキシコ公共事業銀行等を規定の例外としておりNAFTAにおいても例外とする可能性があるが、仮にこれら企業が例外扱いをされたとしても日本企業が置かれた競争環境が現状より悪化するものではない。

以上が現時点で米国の草案から予測されるNAFTA再交渉のビジネス影響の一例であるが、様々な要因が絡み合いながら利害関係も変化しているなかで、今後の状況については予断を許さない。

 

経営が意識すべきことは、ビジネスの柔軟性の確保

激変する国際情勢において経営が意識すべきことは、ビジネスの柔軟性の確保である。2017年以降の経営のキーワードは、「所有」から「利用」へのビジネスの転換だ。換言すれば、「固定費」型から「変動費」型へのシフトによるリスク軽減である。

具体的には、例えば製造業においては、中期的な減価償却を前提とする自社工場設立や大型設備投資ではなく外部の生産受託サービスを活用する。これにより、短期的なコスト増を甘受しつつも、各国の保護主義による稼働リスクを回避することが可能だ。また、バックオフィス機能においても間接部門の自社採用ではなく、積極的に外部のシェアードサービスを活用することで、事業規模の柔軟な変更を可能とすることができる。

NAFTA再交渉の進展によっては、今後、メキシコ、カナダにとどまらず中国や日本からも米国市場へのアクセス条件が悪くなる可能性があり、これに併せて企業の中期経営計画の見直しも必須となるだろう。企業に求められる通商インテリジェンスのレベルは、これまでにないほど高くなっている。

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