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TPPのメリットとリスク-TPPをどう活用すべきか

【日経産業新聞 2016年3、4月連載】

環太平洋経済連携協定(TPP)が2016年2月に署名された。TPPのビジネスインパクトおよび、TPPを含む経済連携協定を活用して利益を上げる方策につき、「原産地規則」「投資・サービス分野の自由化」「知的財産制度」において、具体的な事例を紹介し、解説する。

「累積原産地規則」フル活用

「原産地規則」とは輸出入する貨物の原産地(物品の“国籍”)を決めるルールである。環太平洋経済連携協定(TPP)の「原産地規則及び原産地手続章」には、特恵関税率(交渉の結果として実現した低い関税率)を活用して輸出入するための条件や手続きが定められている。
 
原産地規則の取り決めは自由貿易協定(FTA)に必ず含まれる。複数国間で締結されるTPPのような「広域FTA」には、サプライチェーン(供給網)の見直しにつながる特殊なルールがある。
TPPなど広域FTAは「累積原産地規則」というルールを一般に採用する。「原産性」を判断するときに、締約国それぞれの加工工程で生じた付加価値を足して(累積して)計算する考え方だ。「メード・イン・TPP」という原産性を持つ産品をつくりあげ、低関税率を適用できるようになる。
企業はサプライチェーン設計の自由度を高められる。日本で生産した部材をメキシコで組み立て、完成車を米国に出荷する自動車生産ネットワークがあったとする。既存のFTAである北米自由貿易協定(NAFTA)にもとづいて米国・メキシコ間の関税をゼロとするには、製品の原産地がメキシコだと認められる必要がある。メキシコの工場で高い付加価値をつける工程が欠かせない。
 
TPPが発効すると、日本でつけた付加価値とメキシコでつけた付加価値を合算(累積)できる。TPPで定めている自動車原産地規則の閾(いき)値(付加価値55%)を超えれば、「メード・イン・TPP」という原産性を得てTPPの関税メリットを享受できるのだ。
累積原産地規則によって、日本に高度な基幹部品の開発・生産機能をとどめて北米向け製品のサプライチェーンを最適化したり、ベトナムなどTPP域内にある生産拠点の戦略的位置づけが高まったりする。日本企業の工場の多いタイがTPPに加入すれば、「累積」の観点から拠点戦略の選択肢はさらに豊富になる。
累積原産地規則はルールの難解さからあまり理解されてこなかった。今後は扱いにたけた企業と、そうでない企業との間のサプライチェーン戦略に大きな差が出るだろう。


(2016/03/29 日経産業新聞)

「メード・イン・TPP」という原産地定義が生まれる

自己証明、法令順守、万全に

環太平洋経済連携協定(TPP)を含む自由貿易協定(FTA)を利用して関税の減免を受けるには、協定で定められた原産地規則を満たす貨物であると輸入国当局に証明しなければならない。
TPPでは「原産地証明」に必要な書類を政府や関連機関が発給するのではなく、企業が自己責任で対応する。この「自己証明制度」によるコスト削減やリードタイム圧縮のメリットを享受しようとするなら、万全なコンプライアンス(法令順守)対応が前提となる。
日本が締結してきたFTAの多くは「第三者証明」と呼ばれる原産地証明方式を採用している。輸出入する企業ではない「第三者」、日本からの輸出であれば日本商工会議所が原産地証明書を発給する仕組みだ。企業は1件につき2500円以上の手数料を支払い、発給までの数日を待つというコストが発生した。ただ、商工会議所の指示に応じて原産地証明作業を進めればよいため、企業に手続き面のリスクはなかった。
 
TPPでは生産者や輸出者、輸入者が自ら原産性を確認し、証明書を作成する。企業の原産地証明にかかるコストの削減や輸出入手続きの迅速化が期待される。一方、コンプライアンス対応に万全を期す必要がある。協定に記載された関税コード別のTPP原産地規則を理解し、必要な書類を正しく作成・保管するプロセスの構築が欠かせない。
自己証明制度を悪用すれば、輸出条件がTPP原産地規則を満たしていないにもかかわらず、証明書を作成して申告できてしまう。不正を防止するため、輸入国の税関は虚偽申告がないか「検認」する割合が増えると見込まれる。税関から企業への直接の検認は、第三者証明方式では経験しなかった新たなリスクである。
 
企業は原産性を自己証明するときに、付加価値計算の過程などで資本関係のない取引先に機密情報を求めるケースが生じうる。顧客への情報提供やサプライヤーからの情報受領にかかわる社内プロセスの整備がTPP活用の前提となる。たとえ商品競争力があっても、不備により「TPP活用にたえられない企業」とみなされてしまうと、急速に顧客を喪失する可能性すらある。


(2016/03/30 日経産業新聞)

TPP原産地規則「自己証明」メリットの裏にはコンプライアンスリスクが潜む

投資自由流通・金融も恩恵

環太平洋経済連携協定(TPP)では投資・サービス分野の自由化も約束された。日本がこれまで締結してきた自由貿易協定(FTA)は、同分野で自由化レベルの低い「ポジティブリスト方式」をとるケースが多かった。TPPでは原則、全分野を自由化の対象とし、例外項目だけを挙げる「ネガティブリスト方式」が採用され、幅広い分野が自由化対象となった。TPPの「投資」には子会社や工場への直接の投資、株式や債権といった金融資産にもとづく権利、知的財産権などが含まれる。
自由化の具体例を挙げる。流通分野では、マレーシアが外国企業のコンビニエンスストア事業への出資を30%まで認める。現在は出資を禁じており、同国でコンビニを運営する外国企業は、マレーシア資本のパートナーに経営を委ねるかたちで進出していた。今後は経営の意思決定への関与が可能となる。ベトナムでは流通分野の多店舗展開を実質困難にしてきた「経済需要テスト」ルールがTPP発効5年後に廃止される。

金融分野はマレーシアで禁止されていた店舗外の新規ATMの設置が認められるようになる。オーストラリアはカンタス航空に対する外資出資比率の上限を緩和するなど、日本が各国と締結してきた協定よりも踏みこんだ内容が約束された。
自由化されるサービスには機械の保守やレンタル・リースなど製造業関連分野も含まれる。製造業は関税撤廃だけに注目せず、TPPで自社の事業にかかわるサービスが自由化対象かどうかにも気を配りたい。
TPPで導入されたISDS(投資家と投資受け入れ国との間の紛争解決)は、規制当局が約束した投資条件(内国民待遇・最恵国待遇や投資誘致インセンティブなど)を守らなかった場合、投資家が国際仲裁を通じて解決する仕組みである。ISDSは日本企業の海外投資の保護に役立つ。ISDSは商事仲裁(企業対企業)に当たらず、企業に新たなリスクを生じさせるものではない。


(2016/03/31 日経産業新聞)

外資出資比率の緩和などが実現する

色彩や音も商標保護対象

各国は知的財産制度について、世界貿易機関(WTO)ルールの1つである知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)にのっとりながら、各国の事情に応じて国内制度を定めてきた。環太平洋経済連携協定(TPP)では各国の裁量に任せられてきた事項を巡り、TPP参加12カ国で共通化を進めることとなった。

このうち各産業に等しく影響のある項目が、商標にかかわる取り決めである。これまで一部の国が参加してきたシンガポール商標法条約かマドリード協定への参加がTPPで義務づけられた。これにより色彩や音も商標保護対象となり、企業の「サウンドロゴ」などの価値が高まる。
TPPで産業別に定められた知的財産権の内容は、特に製薬、コンテンツ、農林水産の各産業への影響が大きい。

医薬品や農薬は特許期間中にもかかわらず、当局の安全性確認の審査プロセスが長引き、特許を生かしたビジネスをできないリスクがある。その損失を回避する「特許期間延長制度」が義務づけられた。メキシコやベトナムなど医療課題を多く抱える新興国で、最長5年の期間延長が認められた意義は大きい。交渉の最終局面で注目された臨床試験データの保護期間は、米国とオーストラリアなどの駆け引きのすえ実質統一されず、企業に大きな影響はない。

著作権の保護期間は現状の50年から70年に延長される。一般にアニメやゲームなどのコンテンツ産業は歓迎だろう。著作権者からの告訴がなくとも、第三者や警察などが公訴提起できる非親告罪化も決まった。非親告罪化は「クールジャパン」を支えるパロディーや同人誌などの二次創作活動に対する脅威とも懸念されたが、対象は「悪質で」「経済的損失が大きなもの」に限られる。

地理的表示保護制度(GI)の取り決めは、農林水産業の海外展開の後押しとなる。産品の名称と品質をあわせて行政が保証・保護するGIがTPP各国で互換性のある制度となることで、「但馬牛」「夕張メロン」などが国際ブランドになると期待できる。


(2016/04/01 日経産業新聞)

TPP知的財産ルールは製薬・コンテンツ・食品業界に好影響

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