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TPPの産業別インパクト-TPPをどう活用すべきか

【日経産業新聞 2016年3、4月連載】

環太平洋経済連携協定(TPP)が2016年2月に署名された。これまで環太平洋経済連携協定(TPP)の主なビジネスへの影響を、協定の章立てに沿って述べてきた。今回から各産業別に注視すべき内容を挙げる。

【自動車産業】付加価値の「累積」意識

自動車分野では部品の関税メリットの享受と、累積原産地規則に対応したサプライチェーン(供給網)の再構築やコンプライアンス(法令順守)がポイントとなる。メリットは余すところなく享受しなくてはならない。

乗用車の日本から米国への輸出にかかる関税2.5%は、TPP交渉の“攻め”の項目として注目された。しかし残念ながら、米韓自由貿易協定(FTA)で韓国が得た内容に大きく劣る「25年目撤廃」となった。
一方、自動車部品の日本から米国への輸出にかかる関税は、交渉途中で「即時撤廃対象から除外される見通し」とされていたエンジンやギアボックスを含む大半が即時撤廃となった。日本から米国への自動車部品の輸出にかかる関税支払額は年間約600億円。大半が即時撤廃されるインパクトは大きい。

自動車は累積原産地規則の影響が最も大きい分野とされる。サプライチェーン戦略に柔軟性が付与され、日本に付加価値の高い開発・生産機能を残すことにつながると期待される。
例えば、市場拡大が見込まれる電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)のパワートレインなどの高度製品の生産を日本で維持・拡大する。一方、原価構成に占める割合が拡大しつつある電装部品の調達先を、TPP域内に多様化する。これらの付加価値を合算(累積)することで「メード・イン・TPP」の原産性を獲得し、低関税率を享受できる。

このルールの活用はメキシコ拠点の魅力の向上にもつながる。日本を含むアジア拠点との付加価値の「累積」により、既存の北米自由貿易協定(NAFTA)よりも、最大市場である米国へのアクセスが改善する。
2016年は完成車メーカーと系列サプライヤーを中心に、累積原産地規則の活用準備が進むだろう。コンプライアンスを含め「累積原産地規則に対応できる」ことが、TPP発効後に大手完成車メーカーと取引する条件となる可能性がある。

(2016/04/04 日経産業新聞)

自動車部品・完成車におけるTPP関税撤廃の例

【電機・機械産業】中国と競争有利

電機や機械を含む工業製品分野では、日本の輸入関税が環太平洋経済連携協定(TPP)交渉前からほぼゼロであるのに対し、日本からの輸出には多くの関税が課せられてきた。TPPが発効すると、貿易額の99.9%の関税が撤廃される。

消費者になじみの深いパソコンや携帯電話など情報通信機器へのTPPの影響は軽微だ。日本からの輸出額は大きいものの、TPP以前から世界貿易機関(WTO)ルールとして存在する情報技術協定(ITA)によって多くの品目の関税がもともとゼロのためだ。

家電では、例えば日本から米国への輸出額が年間400億円規模のビデオモニターの関税が即時撤廃される。一方、冷蔵庫や洗濯機に代表される白物家電は、日本企業の生産拠点として中国とタイが圧倒的なウエートを占めていることから、影響は限定的である。
昨今の円安や海外生産コストの上昇を踏まえ、日本への生産回帰を視野に入れている家電メーカーはTPP活用を検討する余地がある。同じ観点から、タイがTPPに加入した場合のインパクトは大きい。

日本企業は工作機械やファクトリーオートメーション(FA)機器といった、輸出競争力の高い産業機械を持っている。これまで日本以外の各国が産業機械に関税を残してきたが、TPPで多くが撤廃される。例えば、日本から米国へ年間1千億円近く輸出されている金属加工用のマシニングセンターの関税4.2%が即時撤廃となる。

日本は米国への同製品の最大の輸出国である。中国メーカーとの競争にTPPが役立つだろう。米国ではマシニングセンターの部品に課している最大6%の関税も即時撤廃される。企業は日本で生産するか、米国で現地生産するか、どちらのTPPメリットを享受するかの判断を求められる。

中小メーカーの多い金型のほか、切削工具やプレス用工具などの手工具の多くもTPPで関税撤廃が約束された。中小企業のTPP活用に対する政府支援が重要となる。

(2016/04/05 日経産業新聞)

電機・機械分野では中小企業にも関税撤廃のメリットが生じる

【金属・化学産業】機密保持して恩恵

金属分野では付加価値の高い鉄鋼製品の関税撤廃メリットが注目される。例えば、自動車や建設などの部材として使われる鉄鋼製のネジとボルトに対し、米国が課している最大8.5%の関税が即時撤廃される。
主に航空機部品に使われるスポンジチタンも、米国の関税15%が15年目に撤廃される。日本企業の国際競争力が強い金属分野で、TPPは追い風となる。ほかにもインフラ需要の増加が見込まれるベトナムへの輸出で、建材用鉄鋼の最大3%の関税が即時撤廃される。韓国からの輸出品よりも有利な条件となる。
化学分野では米国やカナダへの有機化学製品、プラスチック製品、ゴム製品など大半の関税が即時撤廃される。これらの製品は中国や韓国からも相当量が米国に輸出されている。TPPによって日本からの輸出条件は中韓両国よりも良くなる。

化学業界は関税撤廃のメリットだけでなく、原産地規則の「自己証明制度」のインパクトが大きいとされる。機能樹脂などの競争力の源泉は組成やレシピそのもの。従来の「第三者証明制度」は商工会議所に資料を提出しなければならず、情報漏洩リスクがあるとして嫌忌された。
このため甘んじて「自由貿易協定(FTA)使い漏れ」を受け入れていた中堅・中小の化学メーカーは少なくない。自社で情報管理をしながら関税削減のメリットを享受できるTPPの自己証明制度は、機密を重視する化学メーカーのコスト削減につながる。

金属・化学産業は多様な最終製品メーカーに部材を供給することで成立している。それだけにTPPをとらえた周辺産業の動きに順応する姿勢が欠かせない。
例えば、自動車メーカーなど大口顧客のTPP活用にあわせ、金属・化学業界にとってあまりなじみのなかった原産地規則の計算方式に対応する必要が出てくる。TPPを受けた顧客の拠点立地の変化を察知できず、顧客と離れた地域に大きな設備投資をしては取り返しがつかない。

(2016/04/06 日経産業新聞)

金属・化学の高付加価値品で関税撤廃のメリットが生じる

【繊維産業】原産性確保へ3工程

環太平洋経済連携協定(TPP)12カ国で課されている繊維製品への関税は、品目によって期限は異なるものの、ほとんどが撤廃される。
TPP関税撤廃の3種類のうち「新規自由貿易協定(FTA)としてのTPP」、つまり日米間の初の関税撤廃の典型例として、米国のタオルへの約9%、ジーンズへの最大約16%などの関税がなくなる。一方、別のFTAが発効している国との「深掘りFTAとしてのTPP」に大きな注目点はない。日マレーシアFTAなどの既存の協定で、繊維製品の関税は撤廃されているからだ。

注視したいのが「Out―OutのためのTPP」、つまり外国間の関税撤廃である。米国がアクリル製の衣類にかけてきた32%の高関税が即時撤廃される。ベトナムからの輸出のメリットが大きい。同分野への日本から米国への輸出は数億円程度にとどまるが、ベトナムからは約700億円にのぼる。

TPPには繊維産業のサプライチェーン(供給網)再編につながる特殊なルールが採用された。「ヤーンフォワード(3工程基準)」というルールで、紡ぐ・織る・縫製の3工程すべてを原則としてTPP12ヵ国でやらないと、「メード・イン・TPP」とみなされず原産性が得られない。
このルールによって繊維素材(糸)の生産集積地が、中国からベトナムに移る可能性がある。中国産の糸を使った製品ではTPPの関税メリットを享受できない。ベトナムはこの機をつかみ、繊維素材の国産化率を上げる政策を打ち出した。
日本製の高機能な繊維素材も注目される。日本製の化学繊維をベトナムで織布・縫製するケースが考えられる。また、高級タオルなど日本発のグローバル製品で、国内の糸の活用が増えることも想定される。
繊維業界は3工程基準の十分な理解と、例外となるTPP域内で調達困難な「ショートサプライリスト(SSL)」品目の精査が急務である。

(2016/04/07 日経産業新聞)

繊維はTPP域内での「3工程」の実施が関税メリット享受の条件

【食品産業】二重の価格低下利点

環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で食品や農林水産物は終始、「守り」の品目として報道された。だが、TPPは海外製品の国内流入による競争激化だけをもたらすわけではない。原材料コストダウンや国際ブランド強化などのポジティブな要素にも注目したい。
政府の「総合的なTPP関連政策大綱」(TPP政策大綱)にある重要5品目のうちコメと麦、乳製品、砂糖類は、TPPによる「輸入原材料の調達価格」と「完成品の輸入価格」の同時低下の可能性に対応した戦略が求められる。

例えば、小麦は政府による輸入管理制度でのマークアップ(関税と同様の位置づけ)が9年目までに45%削減される。一方、マカロニパスタの関税は1キログラム当たり30円から9年目に12円となる。
マカロニの原料価格はデュラム小麦の相場次第のため一概に下がると言えないものの、TPPが原材料調達と完成品輸入の同時コストダウンにつながる事例だ。企業は原料輸入による国内生産の強化か、海外製品の輸入販売の拡大かの選択を迫られる。

重要5品目で残る牛・豚肉のうち、牛肉は国内供給量の過半を占める米国産とオーストラリア産の輸入関税が削減される。外食産業や食肉加工業の調達コストの低下が見込まれる。
TPP政策大綱に「攻めの農業」として、農林水産物の輸出額を2020年までに1兆円とする目標が掲げられた。言い換えれば、今後5年で約4千億円の輸出拡大を目指すことになる。
TPP相手国の関税撤廃は輸出拡大の一助となる。例として米国の清酒の関税即時撤廃、醤油・みそ・ソース製品の関税の5年での撤廃、日本産牛肉への低関税枠の拡大などが挙げられる。

最も重要なのは、食品分野の海外展開を後押しするインフラやルールの整備である。地理的表示保護制度(GI)によって「但馬牛」「夕張メロン」などの国際ブランド化が期待できる。また、国土交通省が他省庁や主な物流事業者と連携して進めている冷蔵便の国際規格策定やコールドチェーンの整備は、攻めの農業の実現に極めて重要な意味を持つ。

(2016/04/08 日経産業新聞)

TPPは食品産業の国内コストダウンと海外輸出強化につながる

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