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企業が2016年に準備すること-TPPをどう活用すべきか

【日経産業新聞 2016年3、4月連載】

環太平洋経済連携協定(TPP)が2016年2月に署名された。TPP12ヵ国の国内批准プロセスに不確定要素はあるが、2017年に発効する前提で、企業が2016年に取り組むべき準備を説明する。

FTA「使い漏れ」防げ

環太平洋経済連携協定(TPP)活用のため、企業が2016年に取り組むべき準備を2回にわたって述べる。
米大統領選などTPP12ヵ国の国内批准プロセスに不確定要素はあるものの、17年に発効する前提で準備してほしい。

まず、既存の自由貿易協定(FTA)の使いこなしである。中小企業だけでなく、大企業も現状の物流に「FTA使い漏れ」がある可能性は高い。
TPPを含むFTAは発効すれば自動的に関税コストを下げる制度ではない。自社の輸出入が協定で定められた原産地規則を満たしていることを証明し、必要な書類を携えて出荷してはじめて特恵関税率が適用される。企業が自発的に手続きをしない限り、「使い漏れ」が発生する。
「FTA使い漏れ」による利益ロスは甚大だ。一般的な製造業だと、関税3%は法人税30%に相当する。関税のかかる輸入価格は、法人税のかかる税引き前利益の10倍程度になるからだ。既存のFTAを使いこなすことで16年度の利益アップを実現する。これによって17年からTPPを活用する重要性の認識を社内で高めたい。

使いこなしへの第一歩は個々の輸出入に「最適な協定」を選択することである。例えば、日本とベトナムには、日ベトナムFTAと日アセアンFTAの2つの協定が存在する。どちらが自社に有利かは、約1万品目の関税コード(HSコード)ごとに異なる。
また、品目の関税削減方法(ステージング)次第で、自社に適した協定は年によって変わる。17年にはTPPが加わるとみられる。16年はどの協定を活用すべきか、17年はTPPなのか、それともほかのFTAのほうがいいのかという分析が急務だ。

関税は経理部門が所管せず、損益計算書では原価の一部となる。事業部門ごとに取り組みの優劣が生まれやすい。関税削減の恩恵は海外販社(輸入者)が受けるが、原産地証明作業は工場(輸出者)が負担する。本社のリーダーシップがFTA・TPPの「使い漏れ」防止のカギとなる。
 
(2016/04/12 日経産業新聞)

「FTA使い漏れ」による利益増加事例(デロイト実績より)

原産地規則、対応連携を

環太平洋経済連携協定(TPP)活用のため、2016年に企業が取り組むべき準備として、顧客やサプライヤーとの連携強化、社内体制の整備を挙げる。

TPP活用に求められる「連携」とは、関税コスト引き下げに必要な手続きの企業間の情報提供を指す。これまで日本が締結してきた自由貿易協定(FTA)と比べ、TPPでは連携の必要性が高くなる。
TPPの特恵関税率を自社の輸出入に適用する場合、製品が「メード・イン・TPP」であると証明(原産地証明)しなければならない。企業はTPP域内で一定の付加価値を付与した実績を計算したり、加工工程の手順を説明したりする。

必要となるのは自社の製造プロセスの情報に限らない。TPPで採用された「完全累積原産地規則」は、サプライヤーがTPP域内で部材を生産したときに生じた付加価値を合算(累積)することで、原産性を獲得しやすくする。最終製品メーカーが「メード・イン・TPP」の原産性計算に必要な情報の提供を、サプライヤーに求めるケースが出てくる。

中小企業を含む多くのサプライヤーにとって、対応の巧拙は死活問題となる。営業の観点では、必要書類をそろえる事務作業を効率化し、大口顧客の要求にタイムリーに応えたい。ただ、発効前の準備としては、顧客への情報提供の社内ルール整備を優先させる。
協定で定められた要件を前提としつつも、顧客に提示すべき情報と秘匿すべき情報を分ける必要がある。顧客が「TPP活用」という大義名分を掲げても、最高機密に当たる製造原価や部品表は軽々に開示できない。顧客が想定している原産性の判定方法を確認し、社内の情報開示ルールに沿ったリスク管理のもとで「連携」すべきだ。

最終製品メーカーもサプライヤーから受領した機密情報をもとに、原産性をTPPルールにのっとって「自己証明」するときは、管理を万全にしなければならない。情報漏洩リスクのない体制でTPP発効を迎える必要がある。

(2016/04/13 日経産業新聞)

サプライヤーとメーカーが連携した原産地証明の例

最終形態はFTAAP

連載の最後に環太平洋経済連携協定(TPP)の次の通商動向を述べる。

多くのビジネスマンにとって、TPPは通商ルールに初めて関心を持つきっかけとなった。TPPの経営インパクトは大きいが、中長期視点ではTPPも「通過点」である。グローバル経営の意思決定には、次に実現される更に大きな自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)枠組みへの理解が欠かせない。

注目すべきは東アジア地域包括的経済連携(RCEP)だ。日・中・韓・インド・ASEANほかを含む16ヶ国の枠組みで、日本の貿易構成の約50%を包含する。15年末までの交渉妥結を目指していたが、TPP交渉も睨みつつ期限を延期した。中国のみならずインドやインドネシアという巨大新興国の意向で、TPPほどの高水準な自由化に合意することは難しい。それでも日本から中国への市場アクセス改善や、中国・インド間の関税が下がることはグローバルな拠点戦略に大きな影響を与えるだろう。

アジア大洋州におけるFTA・EPAの最終形とされるのが、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)だ。まだ構想段階だが、中国やロシアを含むアジア太平洋経済協力会議(APEC)に参加する21の国・地域が参加する。

このFTAAPのルールづくりが高い自由化の「TPPベース」で交渉されるのか、緩やかな自由化の「RCEPベース」となるのかに関心が集まる。米大統領選を経てTPPが議会の批准を得られなければ、RCEPが先に妥結・発効する可能性もある。片方ずつに参加する米中が覇権を争う構図の中で、双方に参加する日本の交渉舵取りは極めて重要だ。
16年には日本とEUのEPA交渉が妥結する見通しだ。日中韓FTA交渉も長い膠着からの打開が目指されている。

これらの大局観を持ちつつ、企業はまず16年中に既存FTA「使い漏れ」を防ぎ、TPPなど通商ルールを活用すれば利益が上がる実感を得てほしい。そして望ましい通商ルールの在り方を積極的に自国・海外政府に訴えるべきだ。国際ルールの活用・形成に長けた企業が勝つ。

(2016/04/14 日経産業新聞)

アジア全体のルール作りをめぐり「TPP」「RCEP」が併存

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