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中小企業にも対中強硬策の余波 中国産品流入で保護主義連鎖も 

米中摩擦の影響で日本には企業の部材調達コスト上昇が懸念されるのに加え、日米FTAへの圧力もかかる

トランプ政権が今年2月末に発表した「2018年通商政策アジェンダ」では、「米通商法のアグレッシブな施行」という方針が掲げられた。これまでのところ、その意気込みに偽りはない。米国の安全保障を理由として各国から輸入される鉄鋼やアルミニウムに高関税をかける通商拡大法232条が3月23日に発動された。米税関・国境警備局(CBP)は引き上げられた関税率に基づく徴税を始めており、日本から輸出される製品にも影響が出ている。

(週刊エコノミスト2018年5月29日号に寄稿した内容を一部変更して掲載しています)

米国産の日本車の値上がりも

米中貿易摩擦による日本企業への影響は、現時点では、米国側の高関税によるものが大半と考えていいだろう。中国側の報復措置の対象品目は、今のところワインや豚肉などに限定される。すでに顕在化している第1の影響が、米国が「日本にも」適用する232条のような高関税策による、日本の対米輸出品の価格上昇であることは論をまたない。 

いま企業が認識すべきは、今後想定される第2、第3の影響だ。

第2の影響は、米国の関税引き上げによる米国工場の部材調達コストアップだ。特に鉄鋼・アルミを米国の外から輸入している自動車業界がこの影響の中心だ。ハイテン鋼などの高付加価値鉄鋼は日本から米国に多く輸入されており、パイプや鋼線などの鉄鋼製品、アルミ箔(はく)などは多く中国から米国に輸入されている。232条によってこれらに25%や10%の高関税が課されることで、米国生産車のコストが上がり、最終的には自動車販売価格が上昇すると予想されている。

日本の場合、大手の自動車メーカーは積極的な現地生産を図ってきており、これによる部材調達コストアップの影響が大きくなる。一方、日本国内での完成車生産の比率が相対的に高いメーカーにとっては、今後米国が、完成車の関税引き上げを日本にも適用する新たな「米通商法のアグレッシブな施行」を打ってくるのかどうかの方が関心が高いだろう。

日本の大手、中小企業がいま戦々恐々としている第3の影響が、「需給の狂い」だ。米国市場への行き先を失った中国産品が日本に流入してくるリスクである。この観点では、実は素材としての鉄鋼(HSコード72類)はあまり影響が大きくない(「HSコード」は国際貿易商品の名称・分類を統一するための番号)。

米国は中国からの鉄鋼素材の輸出先としては(迂回輸入を考慮しなければ)19位にとどまる。それより影響が大きいのは、加工品としての鉄鋼製品(同73類)やアルミ・アルミ製品(同76類)だ。ともに米国は中国からの最大の輸出先であり、日本も中国からの輸出先の2〜3位に位置する。具体的には、アルミ箔(同7607)やステンレス鋼線(同7223)のような232条の対象製品に大きな影響が出るだろう(図1)。

(図1)米国による輸入制限措置の影響が大きな鉄鋼・アルミ製品の例

中小企業にも対中強硬策の余波 中国産品流入で保護主義連鎖も [PDF: 261KB]
出所:Deloitte 「Trade Compass」、UN Comtradeを基にデロイト作成

同じ理由で、コモディティー品としての電子・電機製品も、中国産品が日本に流入してくるリスクがある。通商法301条の対象となっているカラーテレビ(同852872)やエアコン部品(同841590)は、中国からの輸出先の1位が米国、次いで2位が日本だ。中国から米国への輸出品の関税がアップした結果、先進国の代替市場として日本への輸出が増加する可能性がある(図2)。

(図2)米国による輸入制限措置の影響が大きな電機製品の例

出所:Deloitte 「Trade Compass」、UN Comtradeを基にデロイト作成

中国で過剰生産された製品が大量に日本に流入してきた場合、これまでグローバルビジネスとは無縁だった中小企業さえ米中の貿易摩擦によるダメージを受けることになる。今後の米国の対中制裁品目が拡大した場合、このリスクはますます高まっていく。例えば建設用の鉄鋼製品(同7308)などは、これまでのところ制裁対象に含まれていないが、もし対象になった場合の影響は非常に大きくなるだろう(図3)。

(図3)今後もし新たな制裁対象となった場合に影響が大きい鉄鋼・アルミ製品の例

出所:Deloitte 「Trade Compass」、UN Comtradeを基にデロイト作成

もしもこれによって日本の中小零細企業が経営破綻するような危機が現実となった場合、「自由貿易の旗手」を自任する日本政府ですら、国内産業を守るために、セーフガード措置を検討するかもしれない。だが、過剰生産された中国産品は、どこかに流れ着くまで止まれない。次に影響を受ける国の政府も、同じく国内産業を守る責務がある。

こうしてやむにやまれぬ状況から保護主義政策の連鎖が世界を一周したとき、世界はまたブロック経済への道を歩むことになる。米中貿易摩擦は、まさに世界の経済そして安全保障の大きなリスクとなりつつあるのだ。顧客やサプライヤーとコミュニケーションしながら、グローバルなサプライチェーンを見直す時期が来ている。

232条は2国間交渉材料

世界は、第二次世界大戦を引き起こしたブロック経済の反省から世界貿易機関(WTO)で形成されたルールに沿ってグローバルな貿易を進めてきた。過去の半世紀以上、通商リスクと言えば自由貿易が進まないこと、すなわち関税が期待どおりに下がらないことを指してきた。いま米中間を中心に打ち出されている多産業にわたる「関税引き上げ」政策は、世界経済の新しいリスクだ。

トランプ政権はWTOルールに対しフラストレーションを隠さない。アンチダンピング課税は「限られた国の限られた製品しか関税を引き上げられない」「発動までの調査手続きに1年近くかかる」ことが気に入らないのだ。そこでトランプ大統領(正確には通商政策に精通していないトランプ大統領を補佐するナバロ通商製造政策局長やロス商務長官)は新たなツールとして米国国内の通商法に活路を見いだした。

トランプ政権の通商政策の目的は、あくまでも貿易赤字の解消と国内雇用の創出。このためには、「中国の供給過剰」という根源的な問題への対応が欠かせない。中国の習近平政権が掲げる産業政策「中国製造2025」により中国が「世界の工場」としてより拡大することは脅威そのものだ。5月初頭に行われた貿易摩擦を巡る米中の公式交渉では、双方の激しい要求の応酬となった。

では、232条はどんな意味を持っているのか。この施策にも中国の供給過剰対策の意図が込められていることは間違いない。だが、中国だけでなく日本も対象としたこの政策は、トランプ政権にとって別の目的を持っている。それは、米国にいま不足している「通商交渉ツール」としての役割だ。

実はトランプ政権は、通商の正式な交渉ツールをほとんど持っていない。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から自ら離れ、多くの多国間(マルチ)交渉に背を向けてしまった。そんな中で「2国間交渉を進める」と息巻いてみても、日本を含むどの国も交渉テーブルに着いてくれない。そこで機能するのが232条のようなツールだ。この対象から除外してほしければ「米国との個別交渉のテーブルに着け」というわけだ。このトランプ政権の戦術に対し、TPPの意義を堅持する日本は踏みとどまっているが、今後の動向は楽観視できない。

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