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TPPの産業別インパクト(自動車)

部品の関税撤廃だけではない。「累積」でSCM最適化を

「TPPの自社への影響は」という問いを企業にかけたとき、「不明」や「軽微」という回答が少なくないことは、TPP交渉の結果が不成功だったからではありません。理由は、難解な協定文書を読み解いてビジネスへの示唆を出す「通商とビジネスの間の翻訳」ができていないからに他なりません。このシリーズでは産業別に「TPPで何が変わるのか」「TPPをどうビジネスに活かせばいいのか」を解説します。

i. TPPの関税削減は、悲観視していた当初予想よりも大きな成果。余す処なく享受すべし

■ エンジン・ギアボックス含む北米への支払い関税600億円が撤廃

自動車分野へのTPPインパクトとしては、交渉中も大きく関心を集めた関税撤廃・削減について第一に語る必要がある。
TPP交渉の「攻め」項目の最たる品目として注目された完成車の日本から米国への輸出にかかる関税2.5%は、米韓FTAで韓国が獲得した内容(1,500cc-3,000ccの乗用車は即時撤廃、3,000cc超は3年目撤廃)に劣る「25年目撤廃」となった。
その一方で、北米において現地生産を拡大させている日系自動車メーカーがより重視するところの、自動車部品の日本から米国への輸出にかかる関税については、交渉途中で産業界が抱いていた悲観的な予想を覆し一定のビジネスインパクトある成果を獲得したと言える。具体的には交渉途中段階で「即時撤廃対象から除外される見通し」とされていた基幹部品であるエンジンやギアボックスの大半が最終的に即時撤廃となったことは、当該製品を扱う企業に好サプライズとなった。
現在、日本から米国への自動車部品の輸出にかかる関税支払額は年間約600億円(2014年)となっており、この殆ど(輸出金額ベースで8割を超える品目)が即時撤廃(シャシー、ボディなどの一部の部品は5年~15年で撤廃)されることは確実に完成車メーカーの調達コスト削減や部品メーカーの輸出競争力強化につながる。

【表1 自動車分野における主な関税削減・撤廃】
USTR、経済産業省資料等を基にDTC作成

■ ベトナム等これまで日本がFTAを結んだアジア新興国の事業環境もTPPで更に改善

TPPによる自動車産業の関税メリットは、日本がこれまでFTAを締結してきた新興国の事業環境の改善にもつながる内容となった。
例えば、日本からベトナムへ輸出する大型乗用車(3,000cc超の完成車)には現状で64%の関税がかかっており、これについてベトナムとのFTA(日越EPA)では関税が削減されなかった(「再協議」という内容にとどまっていた)が、TPPによって8~13年で撤廃される。このように、日本から新興市場への輸出条件の改善もTPPの効果のひとつだ。
また、日系自動車産業が投資を重ねてきたこれら新興国から米国への(日本本社から見た所謂「out‐out」と呼ばれる)輸出についても、TPPで条件が改善する。
ベトナムやマレーシアから米国への自動車部品の輸出は、現状ではタイには総額として劣るものの、規模の大きい多い品目は年額1,000万ドル規模で推移しており、ここでの関税撤廃のインパクトは小さくない。今回TPPによって、ベトナムから米国では例えばクラッチ、マレーシアから米国では例えばハンドルなどの重要品目の関税が新たに撤廃される。

【表2 自動車分野における主な関税削減・撤廃】
USTR、経済産業省資料等を基にDTC作成

■ 2017年までに主要OEMが生産撤退する豪州への日本からの完成車輸出条件が改善

自動車産業の近年のグローバル動向を鑑みると見逃せないTPPメリットとして、日本がオーストラリアへ輸出する完成車の関税撤廃が挙げられる。
既に米国のGM及びFordが生産撤退を発表し、トヨタ自動車も2017年末までの生産撤退を発表しているオーストラリアには、今後、日本からのハイブリットカーや次世代エコカーの輸出増が予想されている(出所:各社公式サイト)。
TPPはこの日本からオーストラリアへの完成車の輸出増加の動きにも応える関税撤廃を実現している。具体的には、乗用車(1,500cc-3,000cc)への現行1.7%の関税がTPPで即時撤廃される(注:中古車のみ、1台あたり12,000ドルの税は残る)。これは、2015年1月に発効した日豪EPAでの約束内容を上回る内容である。

【表3 自動車分野における主な関税削減・撤廃】
USTR、経済産業省資料等を基にDTC作成。※中古車のみ、1台あたり12,000ドルの税は残る

ii. TPPの「累積原産地規則」を活用したグローバルなサプライチェーン戦略が問われる

■ 高付加価値部材の開発・生産を日本国内に残しつつ関税メリットを享受できる

今後市場の拡大が見込まれるEV・HEV・FCVの基幹部材たるパワートレインなどの高度製品は、日進月歩のR&Dと量産が一体化した体制で推進されることが多く、主な日系OEMは日本国内に生産拠点を維持拡大させる計画を持っている。
広域経済連携であるTPPで採用される「累積原産地規則」は、自動車産業を中心とした製造業のサプライチェーン戦略に柔軟性を付与し、結果として日本国内に高付加価値な開発・生産を残すことにつながることが期待されている。具体的には、電池や駆動系部材などの基幹部品の生産を日本に残しつつ、原価構成に占める割合が拡大しつつある電装部品の調達先をTPP域内に多様化させ、それら付加価値を合算(累積)することで「メイド・イン・TPP」の原産性を獲得し低関税率を享受することができるようになる。
なお、ここで満たすべきTPP域内付加価値の閾値は、完成車については「55%」だが、特定の部品7品目(強化ガラス、合わせガラス、乗用車用車体、貨物自動車等の車体、バンパー、ドア、車軸)については、協定上明記された加工工程のどれか一つでもTPP域内で行われれば原産性が付与される制度が導入されていることにも注目が必要だ。

■ メキシコ生産拠点の戦略的位置づけが高まる

TPPの累積原産地規則によって戦略的位置づけが高まるのはメキシコ生産拠点だ。TPPがない場合、自動車におけるNAFTAの原産地規則は「域内付加価値62.5%」であるため、メキシコから米国に無税で完成車を輸出するためにはこの62.5%閾値をNAFTA域内で満たす必要がある。それに対しTPPでは、日系自動車産業の拠点がより高密度に存在するアジア(TPP参加国)のサプライチェーンとメキシコを接続した形(付加価値を累積する)で「域内付加価値55%」を満たせば原産性を獲得し、最大の市場である米国に無税で輸出することができる。
実際に近年、ベトナム・マレーシアからメキシコへの部品輸出は増えており、例えば車体・その他の部品のマレーシアからメキシコへの輸出は2010年の149万ドル(約1.3億円)から2014年には297万ドル(約3.1億円)に拡大している。
この観点で、今後アジアのデトロイトを標榜してきたタイがTPPに加入することになれば、さらに日系自動車産業のアジア・北中米を跨ぐサプライチェーン戦略の選択肢が豊富になることは言うまでもない。

■ サプライヤと高度に連携しつつ「完全累積」を活用することは可能か

TPPでは複数の締約国において中間財が原産地基準を満たせない場合でも、「完全累積制度」によって、中間財の原産価格割合を当該輸出品の付加価値計算額に算入する事ができる。これは協定としては、企業により原産性を取得し易くするルールであり歓迎すべきことであるが、企業が実際にこれを活用するためにはサプライヤを巻き込んだ体制を十分整備することが前提となることに留意が必要だ。
NAFTAにおいては今回TPPで採用された「完全累積」よりも精緻に付加価値計算をおこなう「純粋累積」方式を採っていることから、自動車企業の部品調達条件の中に「原産性計算に必要な情報を提供すること」という項目が含まれていることが多い。TPPの「完全累積」はNAFTAルールよりは計算にかかる企業負担は少ないまでも、一定程度サプライヤとの情報共有が必要となるが、例えば資本関係のないベトナムやマレーシア地場の部品製造企業から柔軟な対応を得られるかは定かではない。まずは大手OEMが系列サプライヤとの間でTPPルールに対応するプロセスを確立することが、自動車業界が「完全累積」を活用する第一歩になるだろう。

iii. IoTを活用した自動車位置情報サービスなどの新規サービス展開が拡大

■ TPP電子商取引章での取り決めは自動車産業のイノベーションにも寄与

これまで、ベトナムやマレーシアにおいては、自国内の情報の他国への流出を防ぐため、SNSをはじめとする個人情報を扱うサーバを自国内に設置するよう要求する等の規制を導入していた。こうした規制は、情報の格納場所を特定しないことに特徴があるクラウドの活用を妨げるなど、IoT(Internet of Things)関連サービスの展開には障壁となるものであった。また、企業が個人情報を国境を跨いで移転することに関して、国ごとに個人情報保護制度が異なることから、複数国を移動する消費者(旅行者・出張者等)に対してシームレスにサービスを展開することが必ずしも容易でない状況にあった。
そこでTPP「電子商取引」章においては、企業等が自国の領域内でビジネスを遂行するための条件として、コンピュータ関連設備を自国の領域内に設置すること等を要求してはならないことが定められた。クラウドサービスを利用して、国境を跨いだ所謂IoT関連サービスを展開するビジネスにとって不要な設備投資運営コストが排除できる。また、個人情報保護の観点から必要な場合などを除き、電子的手段による国境を越えるビジネス目的の情報(個人情報を含む)の移転が明示的に認められることとなった。
これにより例えば、シンガポールとマレーシアの国境を跨いで移動する自動車からIoT機器により収集した位置情報データをクラウド活用により(日本を含む統一的なサーバで)分析し、当該自動車ユーザーに対してタイムリーにマーケティング情報を発信するといったサービスの展開も可能となる。また、TPP締約国内の他国において支社や現地法人などを持つ日系企業が、収集した個人情報を日本に越境移転し、国内で一括管理することに障壁がない事業環境となる。

iv. 日米間での特別な非関税ルール(安全基準など)取り決めの影響は軽微と考えられる

■ 米国の安全基準のままで日本基準に適合しているとみなす規定の影響は軽微

安全基準をはじめとする自動車の技術標準・基準は、国連欧州経済委員会(UN/ECE)自動車基準調和世界フォーラム(WP29)にて定められているが、米国は技術認証の仕組みが独自であることからこの基本協定(1958年協定)に加盟していない。他方、日本はこの基本協定に加盟しており、国内の安全基準・環境基準は原則それに準拠しているが、日本の基準の一部には日本固有の交通事情等を勘案してこれに調和していない項目がある。これについて今回TPPにおける「米国との自動車の貿易に関する日本国とアメリカ合衆国との間の付表」で特別な取り決めがされた。
具体的には、UN/ECE基準に調和していない一部の日本の7基準に関して、対応する米国の基準(FMVSS:米国連邦自動車安全基準)が我が国の基準より同等以上に厳格であると国土交通省が認める場合には、その米国の基準に適合している自動車は当該我が国の基準に適合しているとみなす内容だ。この7基準(2015 年 4 月 1 日時点で国土交通省が特定したもの)とは、(1)前面衝突、(2)後面衝突、(3)内装材料の難燃性、(4)ナンバープレート灯、(5)バックミラーの衝撃吸収、(6)ワイパーや洗浄液噴射装置等、(7)デフロスタ(曇り取り)に係る基準。ただし、当該の日本基準が今後行われる変更により実質的に厳格になる場合には、適用されない。
これにより米国車が日本市場へ展開する場合の基準対応コストが低減され、一定程度、日本市場における競争力が高まる可能性はあるが、市場シェアに与える影響は軽微と考えられる。また、消費者影響(運転者・歩行者の安全確保)としても懸念する内容にはなっていない。例えば、日本の交通死亡事故の3割を占める側面衝突においては、衝突試験の規定速度について日本のほうが米国より速く設定されている部分もあり、これは今回のTPP取り決めに含まれなかった。
また、日本自動車産業として関心があるのは、同様の取り決めが米国とTPP他国の間でも結ばれたのかだが、これについても注視すべきものはない。今回TPPの附属書として米国とマレーシアの間で自動車に関する二国間文書が交わされたが、これは「FMVSSや米国環境保護庁(EPA)基準への理解を深めること」や「技術基準に基づく税制度の導入の際には適宜(米国の)意見を聞くこと」という内容にとどまっている。

■ 簡易手続きでの米国車輸入制度(PHP)の一部改善は国内ディーラーに追い風

日本は、1998年より輸入自動車特別取扱制度(Preferential Handling Procedure;PHP)を導入し、1型式当たり年間5,000台以下の輸入自動車に対しては、車両の登録に際して、通常必要になる手続きよりも合理化された手続きが適用されている。
今般、日米自動車付表において、(1)PHPの下で輸入者の負担を増やさないこと、(2)PHP車を財政上の奨励措置から除外しない形で適用すること、等が定められた。
奨励措置に関しては、2009年6月から日本国内で開始されたエコカー補助金制度に関して、当初、PHP車が補助対象から外れていたが、米国内で、「米国車が排除されている」との批判が高まったことを受け、2010年1月からはPHP車もエコカー補助金の対象となった経緯がある。かかる事態を未然に防ぎたいという米国の意図が見てとれる。

v. おわりに:TPPの早期発効が自動車産業の総意

2016年10月初旬現在、世間の耳目は秋の臨時国会におけるTPP関連法案の審議に集まっている。
2015年のTPP交渉大筋合意以来、デロイト トーマツ コンサルティングが自動車業界ならびに周辺の製造業・サービス業の大企業・中小企業との無数の議論を重ねた結論として、TPPの早期発効を望む意向はこれら業界の総意だ。
TPPを含む経済連携協定は締約国間の交渉によって作られるものである以上、特定の国やステークホルダーにとってのみ完璧な約束内容となることはあり得ない。それでも、実現されたTPP協定の内容を使いこなして当期利益を上げ、そして中期的なサプライチェーン最適化や新規サービスの開発につなげる準備は、既に産業界にできている。
米国に先んじて日本が国内批准を終え、TPPの発効に向けた大きな一歩が進むことを期待したい。

著者紹介

執行役員/パートナー 
レギュラトリストラテジーリーダー
羽生田 慶介 

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