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Future of Corporate Governance 2020 開催レポート

「New Normal」におけるグループガバナンス~リモートワーク前提のグループ経営の在り方~

デロイト トーマツ グループでは、日本を代表する企業の役員の方向けに、毎年リスクマネジメントを含むガバナンス機能強化のための最先端の知見をご紹介し、日本企業の競争力向上につながる示唆をご提供するカンファレンスを開催しており、本年も9月23日にライブ配信を行いました。

Overview

本年は、『New Normal』におけるグループガバナンス~リモートワーク前提のグループ経営のありかた~」をテーマに、日本企業の競争力向上につながる事例や知見についてご紹介をいたしました。本サイトでは、カンファレンスで紹介された内容について要点をご紹介してまいります。なお、基調講演には現日本アイ・ビー・エム株式会社の名誉相談役をお迎えし、昨今の厳しい経営環境の中、また過去の延長線上で描き切れないビジネスの未来において企業はどう対峙すべきなのか、などについての示唆を語っていただきました。現在も複数の社外取締役を務めるなかで、日本の企業経営の在り方の一助となれば幸いです。

プログラム

【開会の挨拶】

デロイト トーマツ グループ CEO   永田 高士

【基調講演】

「新産業革命とリーダーシップ」

日本アイ・ビー・エム株式会社 名誉相談役 橋本 孝之 氏

【講演】

「New Normalを見据えた今後のグループガバナンス ~経営管理のデジタル化の論点~」

有限責任監査法人トーマツ パートナー
グローバルガバナンス&リスクセンシングサービス 岡部 貴士

有限責任監査法人トーマツ ディレクター 木付 立思

【パネルディスカッション】

「グループガバナンスの最新潮流 ~主要論点と日本企業のチャレンジ」

 <パネリスト>

株式会社 TAO Partners 代表取締役社長
Invenio Asia Holdings., Ltd.(Hong Kong) CEO 大城 昭仁 氏

森・濱田松本法律事務所 パートナー 太子堂 厚子 氏

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員・パートナー
神山 友佑

 <モデレーター>

有限責任監査法人トーマツ パートナー
グローバルガバナンス&リスクセンシングサービス 岡部 貴士

 

※オンデマンド配信閲覧希望の方はこちらからお申し込みください
 
申込期限:2020年10月30日(金)17:00

 

基調講演

「新産業革命とリーダーシップ」

日本アイ・ビー・エム株式会社 名誉相談役 橋本 孝之 氏

今年のFuture of Corporate Governance Forumにおいては、現日本アイ・ビー・エム株式会社の名誉相談役をお迎えし、昨今の厳しい経営環境の中、また過去の延長線上で描き切れないビジネスの未来において企業はどう対峙すべきなのかなどについての示唆を語っていただいた。現在も複数の社外取締役を務めるなかで、日本の企業経営の在り方の一助として頂きたい。以下、橋本氏の講演における主要な骨子をご紹介する。
 

■苦境に立たされる日本経済 ソーシャルディスタンスで変容する世界

 日本経済の停滞が長引いている。平成元年につけた日経平均株価の最高値と比べると、現在の日経平均株価はその6割程度。一方、NYダウは平成元年と比べると現在は約10倍に伸びている。2020年4月にはGAFAとMicrosoftの米テクノロジー企業5社の時価総額が東証一部(2169社)の時価総額を追い抜いた。日本は国際競争力を失いつつあり、人口減少も進んでいる。現在の日本経済は「敗北」や「没落」といっても過言ではないだろう

 2020年は新型コロナウィルスが世界を襲った。コロナ禍を象徴するのがソーシャルディスタンス。単に人との距離だけではなく、働き方や生活様式までが変容を遂げつつある。人々は自宅で働き、都会から郊外に移住し、移動が減り、サービスの無人化が加速している。医療や教育ではオンライン化が急速に進む。ギグエコノミーが進み、個人と企業の力関係も変化している。アフターコロナの世界では食物連鎖や物質循環など、人間と自然の根源的な関係を顧みることになるだろう。

■新産業革命のなかでリーダーはどう動いていくべきか

 今は時代をとらえる知性と感性、時代を拓く構想力が問われており、過去の延長線上にはない未来社会を描く必要がある。現在の大きなうねりはグローバル化、デジタル化、ソーシャル化。リアルとバーチャル、付加価値と効用、個人と集団の関係性も変化している。こうした潮流に合わせて経済統計も最適化を図るべきだろう。

 今イノベーションの発信地となるのがデジタルボルテックス、新興国、科学技術や基礎研究分野だ。デジタルディスラプターに対峙する時の戦略は4つ。防衛的戦略では退却(取捨選択)あるいは収穫(デジタル化で既存事業を延命)、攻撃的戦略では破壊(ビジネスモデル転換)あるいは占領(先行するビジネスモデル創出)がある。

 新興国ではリバース・イノベーションが進んでいる。ケニアでは電気も銀行もないのに携帯電話が普及し、最先端のキャッシュレス社会を実現している。インドでは白内障手術を流れ作業にして生産性を10倍にするなど、先進国ではできない斬新な方法で開発が進められている。現在はコロナ禍で国際的な流れが止まっているものの、先進国に流入してくれば各業界を揺るがすだろう。

 これまでは製品やサービス創出を目指していたが、これからは課題解決型のアプローチが必要になる。また、発明を忘れてはいけないが固執してはいけない。要素技術を集積し、いかにマネタイズするか、という視点が重要である。

■イノベーションを支えるガバナンスモデルを作り出す

 私は、複数の企業で社外取締役を務めている。これまでの知見を生かしてアドバイスし、ガバナンスの改善に取り組んでいる。特に注力しているのが現地の視察やコミュニケーション、硬直した社内ルールを変えること、徹底的に議論すること、そして常に価値創造に尽力することだ。

 社外取締役の経験から日本企業の経営に必要なこととして、ライン長の延長ではないプロの経営者を育成するサクセッションプランの策定と実行。特に痛みを伴う改革ではファイナンス、人事、法務のリーダーたちのプロ化が絶対条件。他にも企業戦略に基づくボードメンバーの多様性確保と中長期戦略策定時の社外ボードメンバーの関わり、社内ボードメンバーの部門代表意識の排除、執行の権限委譲とモニタリング強化などである。

 

以上、簡単に講演の骨子をご紹介した。橋本氏のこれまでの実績で培われた幅広い知見・視野、そして信念と行動力に裏付けられた講演となり、受講者からは感銘を受けたとの声が多く聞かれた。

最後に橋本氏は課題を見つけて挑戦すること、失敗を重ねて成功体験の準備をすることの重要性を説き、「Leaders in Japan, be ambitious。一緒にやっていきましょう」と激励し、講演を締め括った。

 

なお講演後、聴講者からの質疑への応答があった。質疑の内容をいかに紹介する。

Q:日本の大企業が硬直的な組織から脱却するには?

A:グローバルの動きや時価総額などから危機感を醸成する。明確なビジョンを示す。しがらみのないリーダーを抜擢して、プロの経営とはどうするか育成していくことがポイントだ。
 

Q:アフターコロナに向け、どのようにイノベーション人材を育成すべきか?

A:自分たちが得意なところを深掘りするだけではなく、新たな領域に目を向けて知と知を合わせて行くこと。特に若手には場を与えること。人間は場を与えたら間違いなく伸びる。
 

Q:コロナ禍は日本の経営層の意識を変えたか?

A:もしすぐにワクチンができて解決してしまえば本に戻るかもしれない。新しい将来を創造していく必要があり、新型コロナウィルスが背中を押してくれていると考えることもできる。今なら意識を変える抵抗が薄らいでいるので、扉が開いているこのチャンスを活用すべきだ。
 

Q:日米の成長に大きな差があるが、違いは何か?

A:日本では「グローバル化しなくても、まだなんとかなる」という意識があったのでは。大事なのはリーダーのマインドが変化していくこと。3つのP(パッション、事業のポテンシャル、プラットフォーム)がパフォーマンスに表れてくると考えている。スタイルやガバナンスは形であり、その中にどうやって魂を送り込み、継続していくかが重要だ。

質疑へ対応する橋本氏(右)
質疑へ対応する橋本氏(右)
日本アイ・ビー・エム株式会社 名誉相談役 橋本 孝之氏
日本アイ・ビー・エム株式会社 名誉相談役 橋本 孝之氏

講演

New Normalを見据えた今後のグループガバナンス 
~経営管理のデジタル化の論点~

■ポストコロナ時代に向けた新たなビジネス基盤への着手

 新型コロナウィルスは移動や対面を当然としていた従来の前提を覆した。感染状況が今後どう推移するかは依然として不透明だ。すぐに有効な特効薬やワクチンが登場するとは期待できず、まだ1~2年は新型コロナウィルス対策との共存が続くだろうし、企業ガバナンスにおいては、短期間で激変する経営環境にいかに迅速に対応していくか、非接触を前提とした業務運営でグループや企業の価値をいかに高めていくかが課題である。

また、ポストコロナ時代にはdXが進み、ビジネスプロセスは業界内または業界を横断する新しいデジタルベースのものに刷新されていくと共に、今後データに基づくガバナンス体制構築の動きが更に加速していくことは必至であると、有限責任監査法人トーマツ パートナー グローバルガバナンス&リスクセンシングサービス 岡部貴士が冒頭に切り出した。

 次に登壇した、有限責任監査法人トーマツ ディレクター 木付 立思は、次のように述べた。新型コロナ対応の初期フェーズでは、緊急対応や資金ショート対応などに追われていたが、現在は次のウィズコロナ段階に入り、不透明な経営環境が続く中でリスクマネジメントの重要性が増大している。また、ウィズコロナの後に訪れるポストコロナ段階では、データドリブンなデジタル時代の経営管理(ESGなどの非財務要素を含む統合的パフォーマンス・リスク管理)へと大きくシフトすると予想され、ウィズコロナ時代のうちから、これらのビジネス基盤の整備を、いくつかのステップに分けて着実に進めておく必要がある。

以下に、木付の講演における主要なポイントを紹介する。
 

■ウィズコロナと世界的な政治対立状況を乗り越えるリスクマネジメントの必要性

 グローバルな政治経済状況に目を向けると、米中関係の行方が無視できない。アメリカ政府が安全保障上のセキュリティ対策強化を理由に中国企業との取引を規制するなど、デカップリング(切り離し)が進む可能性がある。8月後半からは、EUで香港問題や人権問題から中国企業製品の採用を中止した国もある。こうした動きに中国も報復措置に出るなど対立の出口はまだ見えて来ない。米中の動きは、今後世界中の企業にとって、ビジネス上の制約や機会に大きな影響を与えるため、企業の意思決定要素として注視が必要である。

 一方、新型コロナによる景気減退の影響もまた、国内・世界共に深刻である。地道なコスト削減とは別に、生き延びるための事業構造の見直しや、米中対立を受けたグローバルでのサプライチェーンの再構築も進める必要がある。ただし考慮点として、各国ルールの変化がグローバルに影響し、罰金の巨額化・厳罰化も進んでいる点がある。このような複雑な状況においては、企業の経営管理へのテクノロジーを活用したリスクマネジメントの導入が不可欠だ。経営管理でのデータやテクノロジーの活用度合いは、企業の意思決決定の精度やスピードの差となって現れ、放置していれば取り返しがつかないレベル程の差となるだろう。

■コックピット経営により経営陣がダイレクトかつタイムリーにモニターしアクション

 企業はウィズコロナ時代が2年ほど続くことを想定し、この間にデジタル化基盤の準備を進めておくことがポストコロナ時代で勝つための布石となる。そして、経営管理のデジタル化の中核となるのがマネジメントのdX化(マネジメントdX)と、データドリブンでスピーディーな意思決定を可能とするコックピット経営だ。

 このコックピット経営のポイントは以下の三点である。

 一番目は、対象となるデータの範囲。これまでも経営者がダッシュボードで財務実績を閲覧できるようにしてきたが、これからは財務実績以外の外部情報、例えばニュースやSNS、各種統計数値などにも対象を広げ、これらから浮かび上がる情報を合わせて見ていく必要がある。自社の過去実績をいくら把握しても、必ずしも将来に対する判断の助けになるとは限らない。幅広い情報から、未来に対するフォワードルッキングなリスクを早急に検知できるようにし、シミュレーションによってシナリオを絞り込み、経営意思決定の精度向上を図るのが狙いだ。

有限責任監査法人トーマツ ディレクター 木付 立思

 二番目は、従来の財務実績中心のコーポレート部門による手作業中心の集計から、財務と非財務に亘る内部・外部情報をシステム横断的に搔き集め、デジタル技術で自動的に一定の集計・分析を行う事である。ただ、データ収集範囲を広げるならAIも活用しながら自動化も進めていかないと情報をさばききれない。データの多くは機械が自動的に処理するが、高度な判断が必要な部分は人間が関与するようにする。機械と人間の分担具合は模索して適正レベルを見極めて行くことになる。

 三番目は、経営者にとって全体が俯瞰できる状態であることである。多くの情報が並んでいても、それらの粒度が異なっていたり関係性が不明確では、情報の洪水になるだけで意思決定が却って難しくなる。そのためグループ全体を俯瞰し、重要な意思決定が必要となる部分がハイライトされるような経営管理のフレームワークが必要となる。これを「統合的パフォーマンス・リスク(KPI/KRI)管理」と呼んでいる。そして、企業に応じて、ROIC経営や人権・環境といった非財務要素(ESG/SDGs)を包含したモデルとして具体化する。

最終的には経営を担う人間が判断を下すので、最後がアナログであることは以前と変わらない。経営判断を助けるデジタル基盤を活用しながら、ポストコロナ時代の経営管理モデルを導入することで、効率化と迅速化を図るのである。

■経営会議やガバナンスの運営もリモート環境でスマートワーク化する

 既にリモートでのコラボレーションを前提としたスマートワークの仕組みについては、各企業において導入が進んでいる。その対象については、今後は事務等の一般業務に絞らず、経営会議やガバナンスの運営にも採り入れたほうがいいだろう。これまでのように担当部門の人間が時間をかけてデータ分析やシミュレーションした上で、度重なる社内報告や根回しを経た上でやっと経営会議に提出するのでは、時間的な遅延や、報告者の癖や先入観によるバイアスが生じがちである。そのため、経営者が自らコクピットに座って操縦するように、判断に必要な数字や情報、自動分析結果などを直接閲覧できるといい。

■マネジメントdX成功の鍵は経営とテクノロジースキルの連携及びスピード感

 マネジメントdXを実現する上で重要になるのがテクノロジーの分かる人間と経営管理の分かる人間が連携して進めていくことである。加えて、既存システムには極力手をつけない方がいい。

 既存システムからは情報をそのまま収集することに留め、既存システムとデータ分析基盤は互いに影響を及ぼさないように疎結合にしておくのがコツだ。またこれを可能とするクラウドベースのテクノロジーが使える時代になってきた。
 かつてはシステム構築に多大な時間とコストをかけていたが、それでは変化に対応しきれない。スピーディーかつ柔軟に対応できる仕組みを獲得した企業が優位に立つ。そのためには、経営管理のデジタル化を長くても半年単位でスパイラルに積み重ね、出来たものを実業務で使いながら軌道修正して継続的なレベルアップを図る方が、リスクが小さく確実に成果が刈り取れる。

 最後に、ウィズコロナ時代には、不透明な経営環境ではあるものの、データに裏打ちされた目先の柔軟な軌道修正が可能な仕組みと、ポストコロナへ向けたデジタル基盤の準備を、スピード感をもって進めていく必要がある。ぜひメリハリをつけて進めていただきたい。

有限責任監査法人トーマツ パートナー グローバルガバナンス&リスクセンシングサービス 岡部 貴士
有限責任監査法人トーマツ パートナー グローバルガバナンス&リスクセンシングサービス 岡部 貴士
有限責任監査法人トーマツ ディレクター 木付 立思
有限責任監査法人トーマツ ディレクター 木付 立思
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