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家族信託の有用性と利用事例のご紹介
ファミリーコンサルティングニュースレター(法務編) 2022年3月
はじめに
平成18年12月に改正された信託法により、家族信託による資産承継、後見的財産管理が実現可能になりました。当初は信託制度が複雑と評価され、資産承継における信託の利用は敬遠されがちでしたが、その後の研究、実務の蓄積により、家族信託による柔軟な資産の承継の実現可能性が認知されるようになりました。とりわけ、平成30年7月の相続法の改正によって不動産に関する遺言の第三者に対する効力が弱まったことや、少子高齢化社会において資産承継のニーズが高まるとともに複雑化したことも相まって、遺言の代替手段として、家族信託による柔軟な資産承継が近時注目されています。本稿では、家族信託の有用性について、具体的な対応事例と共にご紹介したいと思います。
家族信託とは
1. 家族信託の概要
(1) 制度の概要
家族信託とは、民事信託の一類型です。信託法上、「家族信託」という用語が定義付けされているわけではありませんが、米国法上、Family Trustとして認識されていたものを翻訳しているものと言われています。
一般的には、家族間の、あるいは家族のための信託を指しており、信託法をその法的根拠とするものです。
(2) 家族信託の一般的な成立要件及び構成要件
家族信託の一般的な要件は、①受託者への財産移転、②受託者の管理処分権限の定め、③受益者の権利保護とされています。もっとも、信託法26条によれば、以下の通り、信託の目的を念頭に置いた構成要素が示されており、具体的な信託契約においては、これらの構成要素を定めることになります。
- 信託財産の内容
- 信託期間
- 委託者・(予備的)受託者・受益者及び各人の権限
- 受益者代理人等の保護関係人
- 管理項目、配分方法、変更に関する定め、
- 信託(残余)財産の帰属権利者、清算事務etc
(3) 信託契約の内容の柔軟性
上記のような要件、構成要素について特筆すべきは、信託法等において多少の制限はありますが、原則としてこれらを自由に設計してよいとされる点です。後述の通り、遺言書等民法に従った相続においては、相続発生時に相続財産の全部を承継するのみで、その割当を遺言によって指定する程度しかできませんが、自己の財産を信託財産とすることにより、これを何世代にもわたって指定した受益者に、多様な方法をもって承継させることができます。しかも、例えば相続では共有となってしまうような事態(信託においては複数の受益者が受益権を共有している場合)であっても、受託者によって柔軟な管理処分が可能となります。この点が、信託におけるもっとも重要な点といえ、このような柔軟性があるが故に、複雑な構成となっている場合であっても、資産保有者が多種多様なニーズを持っていても、適切に承継を行うことが可能となります。
2. 家族信託の関係当事者
(1) 家族信託の登場人物
家族信託は、財産を所有している①委託者が、②受託者に財産を託して管理してもらい、③受益者に財産及び財産から生じる利益を交付することを原則とします。他方、それだけでは信託財産が適切に守られない可能性があることから、主に受益者を保護し、適切な信託を実現させるべく、④受益者代理人、信託管理人、信託監督人、といった監視役となる保護関係人を設置することもできます。
(2) 家族信託の当事者の関係
一般的な家族信託における当事者の関係は以下の図の通りとなります。
(イメージ図)
3. 家族信託のメリット・デメリット
(1) 家族信託の一般的な機能
家族信託の一般的な機能は以下の通りと整理できます。
- 後見的財産管理機能
> 委託者本人や家族の中で判断能力等が不十分な者の財産を管理し、活用する - 長期的管理機能(意思凍結、受益者連続、受託者裁量)
> 委託者の意思から離れて、受託者の裁量により信託財産が長期間管理される
> 受益者連続型等、複数の世代にわたる承継が可能 - 倒産隔離機能(誰のものでもない財産と化す)
> 形式上受託者に所有権が移転されるが、委託者の財産でも受託者の財産でもなくなり、各人の債権者が債権の引き当てに出来ない(詐害的信託や遺留分の問題は残る) - 利益分配機能、資産承継機能
- 委託者は法律関係から事実上離脱する
> 委託者は事実上法律関係から離脱し、受託者と受益者との関係に集約される(委託者は蚊帳の外)
(2) 他の類似制度との比較
家族信託と他の類似する資産承継、管理制度との比較は以下の通りです。
信託 |
遺言 |
委任 |
任意後見 |
|
---|---|---|---|---|
組成方法 |
契約又は遺言による |
遺言書の作成 |
口頭でも可能 |
契約による |
財産の承継の柔軟性 |
複数の世代にわたった承継の指定が可能 |
一世代のみ。遺産分割により変更可能 |
承継には使えない、管理のみ |
承継には使えない、管理のみ |
受託者の役割 |
受益者のため |
N/A |
委託者のため |
委託者のため |
所有権の移転 |
受託者に移転する |
受遺者に移転 |
移転しない |
移転しない |
委託者本人の権限 |
受託者は委託者が決めた信託の目的に従う |
N/A |
絶対的 |
本人に意思能力がない場合は特になし |
受託者に対する監督 |
制度としてあり |
N/A |
なし |
後見監督人の制度あり |
受託者への拘束力、終了の難易度 |
受託者は勝手に離脱できない。当事者が死亡しても影響はない |
N/A |
いつでも解約可能 |
家庭裁判所の許可により離脱可能、死亡により当然終了する |
4. 様々な家族信託の類型
(1) 家族信託の類型
- 契約信託、遺言信託
> 信託の組成方法による差異(契約によるか、遺言によるか) - 遺言代用信託、始期付信託契約
> 遺言の代用としての信託であり、委託者の死亡により信託財産の承継がなされるもの(生存中から自分が受益者となって信託をスタートさせることも可能) - 後継遺贈型信託(受益者連続信託)
> 信託財産の後継者を複数世代にわたって指定する信託 - 福祉型家族信託
> 受益者に年少者、高齢者、障碍者等の親族を指定して財産の管理や生活保障を目的とする信託(上記の任意後見等との違いを参照)
(2) 注意点
上記の類型は単なる呼称となります。型に当てはめることは避け、各委託者のニーズや資産構成を把握し、ニーズの実現のために家族信託の各構成要素をどのような内容にするかが重要となります。
信託による対応事例のご紹介
以下では、信託を用いた対応事例をご紹介します。なお、事例はあくまで仮定のものであり、解決策は一例であり、必ずしも類似の事例に常に当てはまるものではないこと、実際には表面的なニーズ以外に多数の問題点を検証し、解決策を吟味する必要があることが多い点にご留意ください。
1. 資産を特定の人に承継させたい場合の信託の活用例
【事案とニーズ】
不動産業を営む会社の創業者である資産家のAには、推定相続人として妻Bと息子C及びDがいる。Cには子Eがいるが、Dは独身である。AはCに会社を継がせ、その後は孫、ひ孫と代々引き継いでいってもらいたいと考えており、そのためにCに多めに遺産を相続してもらいたいという希望がある。他方、Cの妻XにはCの相続により自己の資産を承継されたくないという思いが強い。
<対応例とポイント>
(第一次受益者をAとし)C→E→その他のX以外の者を順次受益者として指定する(受益者連続型)信託を組成し、Xへの相続による承継を回避することができます。各登場人物がどのような順番で死亡すると誰が相続するのか、委託者がどのパターンで誰に承継されるのを避けたいのかを検証することが第一に検討するべきポイントといえます。
2. 意思能力の低い子供に適切に資産を残して活用してもらいたい場合の信託の活用例
【事案とニーズ】
Aは自宅不動産を含む相当の資産を有している。Aは既に70歳を超え、妻Bには先立たれており、意思能力がない20代の一人息子Cと二人で暮らしている。出生以来AB両名でCの日常生活の面倒を見てきたが、近時はA一人ではCの介護を行うことは困難であり、ヘルパーに加えてCのいとこであるDに手伝ってもらっている状況である。Aは自己が死亡した後どうするかを考えているが、高額の資産をCに遺したところで、適切に使えるものではなく、どうしたらよいか悩んでいる。なお、Aの自宅不動産は古くからの大きな日本家屋であり、C一人では到底日常的な管理をし切れるものではない。
<対応例とポイント>
Dを受託者とする信託を組成し、状況如何によっては自宅を売却できるように設計すれば、不要となった自宅を売却することにより柔軟な資金繰りが可能となります。同時に、信託との役割分担を家庭裁判所と協議しながら成年後見人を選任すれば、信託財産から交付された現預金の引き出し等もスムーズに出来ます。Cの意思能力の程度、自宅処分の可否、成年後見人、身上監護者との役割分担を十分に検討し、適切な人材を配置すること、A自身の判断能力が低下した場合も想定した設計を行うことが重要と考えられます。
3. 自己の判断能力低下に備えたい場合の信託の活用例
【事案とニーズ】
Aは相当額の不動産や金融資産を保有している資産家である。現在Aは80歳であるが、65歳の妻Bと二人で暮らしており、子C及びDは既に結婚して家を出ている。A、B、C及びDは、Aがもし認知症になったら、Aを大きな病院に隣接された高級介護老人施設に入れ、好き勝手してきたAを支え続けてくれた妻Bのこれまでの労に報いたいと考えており、具体的にはCがBを自宅で一緒に住まわせて面倒を見ること、A及びBの介護費用は、主に金融資産と自宅の売却代金から賄うことを検討している。
<対応例>
受益者をA及びBとする信託を組成し、財産給付に関して、受益者Bへの財産給付を相当額に設定し、かつ、自宅の売却を許容することを定めることにより、上記のBへの貢献と介護費用の捻出を実現することができます。日常生活費の引き出しや支払い等のために、任意後見人を指定しておくことも有用と思われます。Aのライフプランを明確にし、特に自分以外の人物に対する資金の使用を実現する場合には後見制度との役割分担を意識することが重要といえます。
4. 資産を少しずつ承継させたい場合の信託の活用例
【事案とニーズ】
Aは相当の資産家であり、妻B、子Cがいる。Cには高校生の子Dがいる。Aは、BとCには既に十分すぎる位の贅沢をさせ、支援をしており、かつ、Cの妻Eとは犬猿の仲でもある。そのため、自分の遺産はずっとかわいがっていた孫であるDの教育資金や社会人になった後に留学等するための資金として使用してもらい、財産が残れば次の世代に引き継いでいってもらいたいと考えている。もっとも、Dは贅沢な育ちをしてきたせいか、浪費癖が強く、遺産の全てを遺言によって渡してしまっては、成人になったとたんに散財してしまうことは目に見えている。また、Dが未成年のうちもCの妻EがDのためと称して自己のために使用してしまうのも非常に懸念されるところである。
<対応例>
受託者をC、受益者をD、第二受益者をDの直系の子等とする遺言代用信託を組成し、Dへの財産給付として毎年一定額を給付し、留学等一定の事由が生じた場合には相当額を給付できることを定めることにより、散財を防ぎつつ、次の世代にも適切に財産を承継させることを実現することができます。具体的にどこまでの給付を行うか、どれほど柔軟性を持たせるかを検証することが重要といえます。
おわりに
家族信託の組成においては、上記事例のように、資産状況、当事者の年齢、人物関係等、様々な要素によって検討すべき事項や解決策は全く異なるものであり、特定の一類型に当てはめられることは多くありません。そのため、個別の事案においてすべての事情を総合考慮して緻密に設計していく作業が必要となります。また、家族信託自体、世の中に広く浸透しているとまではいえないため、第三者に受け入れられないこともあります。そのため、実務上は実行時の支障がないか等も考慮して設計を行う必要があり、信託契約の作成、実現までには相当の労力を伴います。このように、家族信託は柔軟性ゆえに奥が深く、比較的難易度が高いスキームといえますが、実現することができれば、多様なニーズに応えることができる非常に有用な法的手段といえます。
※本記事は、掲載日時点で有効な日本国あるいは当該国の税法令等に基づくものです。掲載日以降に法令等が変更される可能性がありますが、これに対応して本記事が更新されるものではない点につきご留意ください。
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