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評価通達6項を適用した最高裁判決について

ファミリーコンサルティングニュースレター 2022年5月 特別号

令和4年4月19日の最高裁上告審判決で、納税者の主張した路線価による評価が否定され、納税者敗訴が確定しました。本件は、納税者が相続財産の価額を財産評価基本通達(以下、『評基通』といいます。)の定める方法によって評価した額(通達評価額)により相続税申告をしたところ、国税当局がこれを否認し、鑑定による評価額をもって評価すべきとして更正処分をしたため、納税者がこの更正処分の取消しを求めた裁判で、不動産を使った相続税対策や評基通に定める評価での相続税申告実務が行われる中で、相続対策や相続税申告実務に大きな影響を及ぼしうるものとして注目を集めています。そこで、社会的に注目を集めたこの最高裁判決について、事例の解説と所見を述べたいと思います。

本件事案の整理

1. 本件の概要

(1) 相続の概要
  • 相続開始日

: 平成24年6月17日

  • 被相続人

: 父(94歳)、北海道居住、相続の3年前まで不動産業の会社を経営

  • 相続人

: 妻、長女、長男、二男、孫養子(二男の長男)

(2) 不動産の概要
① 甲不動産(相続後に売却していない不動産)
  • 所在地

: 東京都杉並区

  • 購入時期

: 相続開始の3年5カ月前

  • 購入金額

: 8億3,700万円

  • 借入金額

: 6億3,000万円

  • 通達評価額

: 2億円(納税者側が主張した相続財産の評価額)

  • 鑑定評価額

: 7億5,400万円(国税当局側が主張した相続財産の評価額)

② 乙不動産(相続後に売却した不動産)
  • 所在地

: 神奈川県川崎市

  • 購入時期

: 相続開始の2年6カ月前

  • 購入金額

: 5億5,000万円

  • 借入金額

: 4億2,500万円

  • 通達評価額

: 1億3,366万円(納税者側が主張した相続財産の評価額)

  • 鑑定評価額

: 5億1,900万円(国税当局側が主張した相続財産の評価額)

  • 売却時期

: 相続開始9カ月後

  • 売却金額

: 5億1,500万円

(3) 不動産取得の経緯ほか
  • 被相続人が高齢となり、平成20年5月13日に信託銀行に同族会社の事業承継について相談した際、信託銀行から相続税の試算と借入による不動産投資によって相続財産の圧縮効果があることについて説明を受ける
  • 本件借入の際の信託銀行の内部稟議書には相続対策のための不動産購入である旨の記載があった
  • 被相続人は、借入を申込むに際し、信託銀行との間で、金員の借入の目的が、相続税の負担の軽減を目的とした不動産購入の資金調達にあるとの認識を共有していた
(4) 相続発生後の流れ
  • H25.3.11

: 納税者が札幌南税務署に対し、相続税申告書提出(課税価格2,826万円、相続税ゼロ)

  • H28.3.10

: 国税庁長官が札幌国税局長に対し、通達評価額ではなく他の合理的な方法により評価するよう指示

  • H28.4.27

: 税務署長が納税者に更正処分(課税価格8億8,874万円、相続税2億4,049万円)賦課決定

  • H29.5.23

: 国税不服審判所にて納税者の請求棄却(下記「3. 不服審判所裁決のまとめ」参照)

  • R2.11.12

: 東京地裁にて納税者敗訴、納税者控訴(下記「4.東京地裁・東京高裁判決要旨」参照)

  • R3.4.27

: 東京高裁にて納税者敗訴、納税者上告(同上)

  • R4.4.19

: 最高裁にて納税者敗訴、確定(下記「5.最高裁判決のまとめ」参照)

 

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2. 財産評価におけるルールの前提

(1) 相続税法における『時価』と評基通の位置づけ
  • 相続税法22条において「相続…により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価」によるとされている
  • この「時価」はその財産の「客観的交換価値」をいう
  • 相続税申告実務上、通常は通達評価額が「時価」に該当するものとして取り扱われている
  • 評基通はあくまで相続税実務における租税行政上の評価手順を定めた通達に過ぎず、法的拘束力はないが、納税者の公平の観点から定められた「評基通の定める画一的な評価方法」は、①評価方法が合理性を有し、②「時価」を超えない限り、適法で、これに準ずるべきとされている
  • 評基通による評価方法によらないことが正当と是認される「特別な事情」がある場合には、例外的に、別の合理的な評価方法によることが容認される
(2) 評基通6項(総則6項)について
  • 評基通6項に「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定められており、相続財産の評価を定めた評基通自体にその評価の例外が定められている
  • 原則的な財産評価を一転させる効果があるため、「伝家の宝刀」と位置付けられており、これまでは基本的に過度な節税と思われる場面で、不当な評価を防ぐ場面で限定的に適用されてきた
  • 過去の判決においても、相続時にいわば商品のような形で一時的に不動産として被相続人の財産に帰属し、相続後に間もなく処分したような場合には総則6項を適用して、「商品」として販売価額(鑑定評価)を基礎に評価したケースがある(その後、相続後間もなく処分がなかった場合でもこれと同様に判断した事例も出ている)
  • この「著しく不適当」が「特別な事情」と同義とされており、これまでの判決や裁決から以下の3点が判断基準とされている
    ① 評基通の評価方法を形式的に適用することの合理性が欠如(租税回避の意図があるか?等)
    ② 他の合理的な時価の評価方法が存在(鑑定評価などより客観的な価額が取り得るものか?)
    ③ 通達評価額と他の合理的な時価に著しい乖離が存在

 

3. 不服審判所裁決のまとめ

(1) 事実認定
  • 被相続人による一連の行為は、被相続人が、多額の借入金により不動産を取得することで相続税の負担を免れることを認識した上で、当該負担の軽減を主たる目的として本件各不動産を取得したものと推認される
  • 結果としても、本件各不動産の取得に係る借入金が、各不動産に係る評価通達に定める評価方法による評価額を著しく上回り、本件不動産以外の相続財産の価額からも控除されることとなって、請求人らが本来負担すべき相続税を免れている
(2) 不服審判所の判断

 → 他の納税者との間での租税負担の公平を著しく害し、経済的平等を実現するという相続税の目的に反する
 → 評価通達に定める評価方法を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかで、総則6項に基づいて評価通達によらないことが相当と認められる特別の事情があると認められる
 → 他の合理的な時価の評価方法(不動産鑑定評価)に基づいて評価するべき

 

4. 東京地裁・東京高裁判決要旨

(1) 東京地裁判決
  • 「通達評価額は、それぞれ鑑定評価額の約4分の1の額にとどまって」おり、通達評価額と鑑定評価額との間の著しい乖離によって課税額に大幅な差異が生じていること自体、通達評価額によって時価を算定することが適切ではない「特別な事情」がある
  • 2つの不動産の通達評価額が相続開始時における2つの不動産の客観的な交換価値を示しているとは言い難く、そして、不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準に基づき算定する不動産の正常価格は、基本的に2つの不動産の客観的な交換価値(相続税法22条に規定する時価)を示すものと考えられ、2つの不動産の相続税法22条に規定する時価は、鑑定評価額で判断するのが適当
(2) 東京高裁判決
  • 通常は評価通達によって評価した価額によるが、評価通達6において、評価通達によって評価することが著しく不適当(=「特別な事情」がある)と認められる財産については、評価通達によって評価されない場合があることを定めている
  • 本件は通達評価額と鑑定評価額との間の著しい乖離から本件各不動産を評価通達の定めにより評価することが著しく不適当である(=「特別な事情」がある)

 

5. 最高裁判決のまとめ

(1) 納税者側の主張
  • 相続税申告のほとんどがこの評基通に即して解決されており、現実には、通達は法規と同様の機能を果たしている
  • 納税者側はこの評基通に沿って評価をしたのだから、それを認めないことは評価における平等原則に反する
(2) 国税当局側の主張
  • 国税当局としては基本的に評基通に基づく評価を適用するという原則論を否定しているわけでは当然ない
  • 本件は財産評価額が購入額より大幅に低いことなどから、不動産購入で相続税を回避しながら資産を引継ぐ目的と判断
    → 総則6項を適用し、特別の事情があるとした上で、平等原則にも違反しないと主張
(3) 最高裁判所の判断
  • 平等原則について
    → 課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ通達評価額を上回る価額で評価することは、合理的な理由がない限り、平等原則に違反するものとして違法であるというべき
    ⇔ 評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある
    → 通達評価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではない
  • 特別な事情について
    ① 本件は通達評価額と各鑑定評価額との間に大きな乖離があるが、それ自体をもって特別な事情があるということはできない
    ② 借入による不動産購入が行われなければ、本件相続財産の評価額合計は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、相続税の総額が0円になるというのであるから、相続税の負担が著しく軽減されている
    ③ 借入による不動産購入が、近い将来に発生することが予想される相続において、相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入を企図して実行したのであるから、「租税負担の軽減をも意図」してこれを行ったものといえる

 

最高裁判決についての私見

1. 総合私見

最高裁判決が下りる前に口頭弁論が開催されることになった(口頭弁論は最高裁で下級審判決を変更するために必要な手続きである)ため、最高裁で下級審判決(納税者敗訴)を覆す判断が行われるのではないか、または総則6項の適用に一定のルールが示されるのではないか、という憶測も出て大きく注目された最高裁判決でしたが、蓋を開けてみると、下級審判決事実認定を認めたうえで、「租税負担の軽減をも意図」に着目して同じ結論に至った判決となっています。

不動産を使った盲目的な相続税対策が数多く行われ、ある意味その節税目的によって不動産価格が下支えされている現実もありますし、また、評基通以外に現実的に実行可能な代替的な不動産評価のルールが示されない中でこうした判決が下されました。

どういった場面であればどういう評価を使うべきなのかが明確に示されず、評基通の評価方法に依拠することのリスクを明確にしたこの判決は、様々な課題を社会に突き付けたといえます。

社会的に影響が大きい今回の判決ですが、本判決に対する資産税の専門家としての所見は、判決自体は「妥当な判断」であるものの、今後の経済活動や実務面への影響を考慮すると、今後、どういう状況であれば通達評価が妥当ではないという判断になるのかその基準や、その場合の評価のルールなどの整備が必要だと考えます。

 

2. 本件判決についての総合私見に至った理由

通達評価額と鑑定評価額との間の著しい乖離によって課税額に大幅な差異が生じていること自体に「特別な事情」を認めた下級審と異なり、「租税負担の軽減をも意図」に着目して、本件の異質性を基に納税者敗訴の結論に至ったもので、これ自体に違和感はありません。

このような所感を持った理由を述べると以下の通りです。

■ 本件のポイント

理由①:過度な相続税対策と受け取られる状況で、伝家の宝刀が抜かれる環境となっていた

  • 不動産による節税対策を講じなければ相続税の課税価格は6億円を超えたが、本件節税対策によって当該不動産だけではなく、他の財産の評価も大幅に圧縮したことで、相続税がゼロとなった
  • 2件の不動産は、相続財産の評価額は購入金額の約1/4で、相続税の納税のために売却する必要がない(相続税ゼロ)のに、1物件は相続開始後(相続税申告期限前)に売却した
    → このような状況は、相続税を抑えるためだけに対策として不動産を購入したと思わせるものであった

理由②:相続税の節税目的以外の経済合理性を証明できていない

  • 何故この2件の不動産を購入するのか、節税目的以外にその経済合理性を立証できなかった
  • 信託銀行の融資の際の稟議書に「相続税対策を目的」としている旨の記載があった
    → 不動産を「投資」として購入するのであれば、通常はまずその不動産の中長期的なCFや換価価値の検討結果に基づいて取得するはずだが、本件不動産を取得する目的として、「節税」以外の「経済合理性」を証明できなかった

理由③:相続税対策を進めるタイムスケジュールが極めてタイトであった

  • 被相続人が信託銀行に相談した際の被相続人の年齢は90歳前後で、相続税対策の意図を感じさせる年齢であった
  • 信託銀行へ相談してから2年位の間で上記2つの不動産の購入と借入を実施している
  • 相続開始後、間もなく2つの不動産のうち、1つを売却した

 

3. 今後予想される社会的な影響

このように、本件の異質性に着目すると、最高裁が下した判決自体には一定以上の合理性が認められると考えます。ただ今回の最高裁判決によってより顕在化した社会への影響とリスクに対して社会としてどのように取り組んでいくべきかが示されておらず、それによって今後の実務において一定の影響が出るのは避けられないと思われます。

本判決によって、今後予想される影響は以下の通りです。

(1) 不動産取引など経済取引への影響

本判決では、許容される節税策と行き過ぎた節税策の判断基準が示されていません。

判決にある「租税負担の軽減をも意図」という点については、不動産取引に限らず、どのような取引をするにあたっても、通常は税務上の影響をある程度考慮することは日常的に行われているところです。

税務上の影響を考慮すること自体が全て「租税負担の公平に反する」ということと判断するのは適切ではないので、このような最高裁判決が出た以上は、何らかの判断基準を示さなければ、取引における適切な判断を阻害し、経済活動への混乱を生じさせる恐れがあると考えます。

そのため、どの程度「租税負担の軽減をも意図」を持っていれば、「租税負担の公平に反する」と判断されるのか、その判断基準の具体化・明確化が必要であるように思います。

(2) 相続税申告実務への影響

本件は納税者側が評基通を適用し国税当局がこれを否認した事例ですが、納税者からの主張にもある通り、相続税申告のための相続財産の評価にあたっては、評基通に基づいて評価を行うのが通常であり、それ以外の評価を検討することはあまりないことからは、現実には通達は法規と同様の機能を果たしているといえます。

これまでも、本件とは逆に納税者が評基通を形式的に適用せずに申告を行い、国税当局がこれを否認した事例については納税者が基本的に敗訴しています(東京地裁H30.11.30税資268、東京地裁H17.11.10税資 255等)。

どのような事情があれば納税者側からの「特別の事情」として、通達評価に基づかない評価が求められ、又は認められるのかを明確にする必要があると思います。

この判決が出たことで、税理士によっては、相続開始直前に購入した不動産や相続開始直後に売却した不動産のすべてを鑑定評価や購入金額で評価すべきだとの判断も出るであろうし、通達評価額が鑑定評価と乖離する場合には過度に保守的な判断がなされる場面も増えることが想像されます。

この最高裁判決を受けて、今後、国税当局者が中心となって、相続税申告実務に影響のある不動産評価のルールを明確にしていかなければ、結果として、納税者の公平の観点から定められた「評基通の定める画一的な評価方法」の現実が難しくなるのではないかと思います。

(3) 税務調査における否認リスク

今回の最高裁判決で、判決が確定したことから、最高裁判決の内容に沿って、これまで国税当局が一定程度適用を自制していた総則6項による通達評価の否認が増えることが予想されます。

特に、以下の4要件を基に総則6項の適用を検討していると考えられますので、以下の要件を満たす場合の通達評価には注意が必要だと考えます。

① 評基通に定められた評価方法を形式的に適用することの合理性が欠如している
② 同通達に定められた評価方法のほかに、他の合理的な評価方法が存在する
③ 同通達に定められた評価方法による評価額と他の合理的な評価方法による評価額との間に著しい乖離が存在する
④ 上記③の著しい乖離が生じたことにつき納税者側の行為が介在している

※本記事は、掲載日時点で有効な日本国あるいは当該国の税法令等に基づくものです。掲載日以降に法令等が変更される可能性がありますが、これに対応して本記事が更新されるものではない点につきご留意ください。

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