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不動産所有会社の株式譲渡~不動産M&A~
ファミリーコンサルティングニュースレター 2022年11月号
はじめに
投資用不動産の所有者が、個人ではなく不動産所有会社となっているケースも多くみられます。相続税の納税資金やその他の資金需要がある場合、不動産を売却する必要が生じることがありますが、このような場合、従来は不動産所有会社が所有する現物不動産を譲渡する取引が大半でした。しかしながら、ここ数年、不動産所有会社の株式を売却する取引、すなわち不動産M&Aでの売却が広がりつつあります。本ニュースレターでは現物不動産の譲渡と不動産M&Aの相違点を解説します。
不動産M&Aの特徴
1.不動産M&Aが広がる背景
投資用不動産の売買において不動産M&Aが広がってきた要因として、買い手である不動産業者や投資家において、優良物件の取得競争の激化に伴い、物件の仕入ルートや手法を多様化する必要性が高まったこと、売り手である不動産オーナーにおいて、後継者不足による不動産事業からの撤退を希望する事案が増加したこと、などが考えられます。また、M&Aの実務が成熟してきたことに伴うプレーヤーの増加や取引プロセスの確立、なども不動産M&Aの広がりを後押ししています。さらには、現物不動産の売買と不動産M&Aによる株式の売買では課税関係が異なるため、不動産オーナーにとって多くの場合不動産M&Aのほうが税負担が少なくなることも、不動産M&Aのニーズの高まりの大きな要素となっていると考えられます。
2.売り手の課税関係の違い
課税関係の比較のために、以下の設例を用いて両者の違いを検討します。
【設例】
■売買直前の不動産所有会社の各資産・負債の帳簿価額
- 土地・建物1,500百万円、その他の資産500百万円、その他の負債500百万円
- 資本金等の額は150百万円(うち、資本金の額は100百万円)
■対象不動産の固定資産税評価額
- 土地700百万円、建物300百万円
■売買時の不動産所有会社の各資産・負債の時価
- 土地2,100百万円、建物900百万円、その他の資産500百万円、その他の負債500百万円
■個人株主の不動産所有会社株式の取得費
- 150百万円
1.現物不動産の譲渡と不動産所有会社の清算
(ア)現物不動産の譲渡
不動産所有会社が保有する対象不動産を譲渡した場合、不動産所有会社に法人税、住民税、事業税(以下、「法人税等」)がかかります。資本金が1億円以下の法人の場合の実効税率は34.59%1であるため、不動産所有会社の法人税等の税負担は以下の通りとなります。
- 土地・建物の時価3,000百万円-土地・建物の帳簿価額1,500百万円=土地・建物の譲渡益1,500百万円
- 土地・建物の譲渡益1,500百万円×実効税率34.59%=法人税等519百万円
(イ) 清算による残余財産分配
不動産所有会社を清算して、個人株主に残余財産の全部を分配した場合、個人株主には配当所得と一般株式等に係る譲渡所得に係る所得税がかかります。配当所得の金額は、分配を受けた金銭の額が分配直前の資本金等の額を超える部分として計算されます。配当所得は総合課税の対象となるため、所得税率は累進税率(5%~45%)、住民税率は10%となりますが、一定の金額の税額控除を受けることができるため、最高税率2は49.44%となります。また、一般株式等に係る譲渡所得の金額は、分配を受けた金銭の額から配当所得として計算される金額を控除した額を収入金額とし、その収入金額と取得費との差額として計算されます。一般株式等に係る譲渡所得は分離課税の対象であり、所得税率は15%、住民税率は5%であるため、税率 は20.315%となります。以上から、不動産所有会社の残余財産分配時の個人株主の税負担は以下の通りとなります。
- 不動産所有会社の各資産・負債の時価合計3,000百万円-法人税等519百万円=残余財産の分配額32,481百万円
- 残余財産の分配額2,481百万円-資本金等の額150百万円=配当所得の金額2,331百万円
- 残余財産の分配額2,481百万円-配当所得の金額2,331百万円=譲渡収入金額150百万円
- 譲渡収入金額150百万円-不動産所有会社株式の取得費150百万円=一般株式等に係る譲渡所得の金額0
- 配当所得の金額2,331百万円×49.44%+一般株式等に係る譲渡所得の金額0×20.315%=個人株主の税負担額1,152百万円
1 復興特別所得税の負担( 所得税額の2.1%)含む。
2 復興特別所得税の負担( 所得税額の2.1%)含む。
3 簡便化のために取引コストや清算コストは考慮していない。
2.不動産所有会社株式の譲渡(不動産M&A)
(ア)株式の取引価額が時価純資産と同額になる場合
個人株主が不動産所有会社を譲渡した場合、個人株主には一般株式等に係る譲渡所得に係る所得税がかかります。一般株式等に係る譲渡所得の金額は、譲渡に係る収入金額と取得費との差額として計算されます。一般株式等に係る譲渡所得は分離課税の対象であり、所得税率は15%、住民税率は5%であるため、税率1は20.315%となります。以上から、不動産所有会社株式の取引価額(譲渡収入)がその時価純資産価額3,000百万円であった場合の個人株主の税負担は以下の通りとなります。
- 譲渡収入金額3,000百万円-不動産所有会社株式の取得費150百万円=一般株式等に係る譲渡所得の金額2,850百万円
- 一般株式等に係る譲渡所得の金額2,850百万円×20.315%=個人株主の税負担額579百万円
1 復興特別所得税の負担( 所得税額の2.1%)含む。
(イ)株式の取引価額がディスカウントされる場合
ただし、不動産所有会社株式の取引価額は必ずしも時価純資産価額と同額になるとは限らず、むしろディスカウントされる傾向がある点に留意が必要です。特に土地・建物の含み益については、将来の不動産譲渡時に税流出の可能性があることや、買い手が上場会社である場合において、連結決算上で土地・建物を時価評価する際に繰延税金負債の計上が必要となるケースが多く、その分がディスカウント要素の一つとなります。その他下記で説明するM&A固有のリスクによるディスカウントがされることもあります。仮に、土地・建物の含み益に係る繰延税金負債を控除した金額が取引価額となる場合の個人株主の税負担は以下の通りとなります。
- 土地・建物の含み益1,500百万円×実効税率34.59%=繰延税金負債519百万円
- 不動産所有会社の時価純資産価額3,000百万円-繰延税金負債519百万円=譲渡収入金額2,481百万円
- 譲渡収入金額2,481百万円-不動産所有会社株式の取得費150百万円=一般株式等に係る譲渡所得の金額2,331百万円
- 一般株式等に係る譲渡所得の金額2,331百万円×20.315%=個人株主の税負担額474百万円
このように、譲渡収入を個人株主の手元まで還流させる場合、現物不動産譲渡+残余財産分配(①-2)は税負担が重いため、取引価額が同じであれば、株式譲渡(②-1)のほうが有利ですし、仮に繰延税金負債分の税効果が取引価額に反映されたとしても、なお株式譲渡(②-2)のほうが有利であることも多いといえます。一方で、譲渡収入が会社に残ってもよい場合には、税率としては株式譲渡のほうが低いものの、不動産と株式の含み益の大小により課税所得が変わるため、結果として状況により有利不利が異なることになります。上記の設例では土地・建物の含み益(1,500百万円)よりも株式の含み益(2,850百万円)が大きいため、現物不動産譲渡(①-1)のほうが株式譲渡(②-1、②-2)よりも有利な結果となっています。
なお、現物不動産を譲渡した場合は、買換えの圧縮記帳の適用などにより課税の繰り延べを図ることができる場合があるため、譲渡収入を基に再投資を行うのであれば、現物不動産の譲渡を選択することも考えられます。
3.買い手からみた不動産M&A
1.買い手におけるメリット
不動産M&Aは買い手にとってのメリットも存在します。不動産の所有権は買収対象となった不動産所有会社に残るため、不動産取得税や登録免許税の課税は生じません。また、不動産所有会社に繰越欠損金がある場合には、買収後の所得から控除することにより、法人税等の額の軽減効果があります。さらに、買収後に買い手法人が直接不動産を保有する形にしたい場合、その手法として現物分配、分割型分割、合併などにより買い手法人に不動産を移管することが考えられますが、これらの再編が税制適格要件を満たせば、土地・建物の含み益を実現させずに、不動産所有会社の帳簿価額で引き継ぐことが可能となります。
2.買い手におけるデメリット
不動産所有会社の株式を取得する際に注意すべき点として、その不動産所有会社の債務や潜在的リスクも含めて引き継ぐことになる点があげられます。特に買収前の不動産所有会社において訴訟、労務、税務、その他契約上の問題を抱えていても、潜在債務が簿外となっているケースもあるため、これらの潜在債務についても取引価額や取引条件において考慮すべきか検討が必要となります。そのようなリスクを把握するために、法務・財務・税務を中心としたデューデリジェンスを実施することが通常であり、その実施コストの負担も発生します。さらに、不動産所有会社取得後も、一定の会社維持コストが必要となることや、買い手側で会社を清算する場合には清算コストが生じます。また、買い手は株式として取得することとなるため、税務上減価償却費を計上できない点も現物不動産の取得に比べてデメリットになると考えられます。
4.保有する資産の一部のみを譲渡する場合の留意点
不動産所有会社の保有する一部の資産を譲渡し、残りの資産は継続保有したい場合においても、不動産M&Aの活用は可能です。例えば、不動産所有会社を、分割型分割により、譲渡対象資産の保有会社と譲渡対象外資産の保有会社の2社に予め分けたうえで、譲渡対象資産の保有会社株式のみを譲渡することが考えられます。この場合の留意点として、分割する事業を譲渡対象資産とすると、分割型分割が税制非適格となり、譲渡対象資産の含み益が不動産所有会社で実現し法人税等が課税されてしまうため、分割する事業を継続保有したい資産としたほうが課税上有利になります。
まとめ
不動産オーナーが不動産を処分する際に、不動産M&Aを活用することで税引後の手取り額を増加させることができる場合がありますが、譲渡収入を個人まで還流するか法人で再投資するか、不動産・株式の含み益の状況を勘案するとともに、デュー・デリジェンスの受入負担や買い手から主張されるであろうディスカウントの水準も考慮する必要があります。また、一部の資産のみを譲渡する場合、事前に会社分割を行うことも考えられますが、税制適格要件の検討が必要となります。このように不動産所有会社の保有不動産売却にあたっては様々な論点が存在することから、実務に精通した専門家に相談しながら、自らのポジションに最適なスキームを比較検討することが推奨されます。
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