医療法人の事業承継に関する税制 ブックマークが追加されました
ナレッジ
医療法人の事業承継に関する税制
Japan Tax Newsletter:2015年7月1日号
本稿では、株式会社とは異なる医療法人の事業承継に関する税制面に焦点を当て、医療法人の出資持分の承継方法について検討すべき課題とその対策について概説する。(Japan Tax Newsletter:2015年7月1日号)
1 はじめに
1980年代から90年代にかけて多くの医療法人が設立され、現在設立後30年以上を経過した医療法人が数多くある。それに伴い、病棟の建替えや新築増築などとともに事業承継のニーズが非常に高まっている。医療法人は医療法により配当が禁止されているが、出資持分の払戻しや放棄が認められていること、議決権は出資持分割合に関係なく、社員(自然人に限定)1人につき1議決権であることなど、株式会社とは異なる面を有する。本稿は株式会社とは異なる医療法人の事業承継に関する税制面に焦点を当て、財産の承継、すなわち医療法人の出資持分の承継方法について検討すべき課題とその対策について概説する。
2 医療法人の類型と事業承継
一口に医療法人と言っても下記PDFのP1の図のように、様々な種類の医療法人が存在する。そのうち出資持分の承継問題は、持分を有する医療法人である「持分あり医療法人社団(経過措置医療法人)」(以下「持分あり医療法人」とする)において発生することとなる。
3 医療法人の事業承継の特徴と承継方法についての検討事項
医療法人の出資持分は以下のような特徴を有するため出資持分の承継方法により、相続するまたは譲り受ける後継者、現経営者、他の出資者、医療法人自身と、様々な課税対象者に多額の課税が発生する可能性がある。したがって、適切な対策を講じなければ思わぬ税負担が生じ、結果として医業継続が困難となる恐れがある。
医療法人の出資持分の特徴 |
左に基因する問題 |
---|---|
医療法により配当禁止であること |
多額の含み益に対して多額の課税が生じる可能性が高い |
出資持分の譲渡だけでなく、払戻しが認められている |
財産流出により、医業継続が困難になる可能性がある |
そこで医療法人の事業承継に当たっては、下記PDFのP2のフローチャート(参考事例)のように課税対象者の資金負担能力を見極めた上で承継方法の検討を行う必要がある。
また、以下のような様々な事項を検討の上、後述するそれぞれの承継方法における課税関係を整理分析する必要がある。
- 後継者の有無
- 現経営者が承継後に必要とする生活資金の総額
- 医療法人の収益力や大規模な設備投資計画の有無
- 医療法人の出資持分の評価額の計算
- 医療法人の現状および将来像(特定医療法人や社会医療法人への移行の可能性)
- 病床の有無
- MS法人(メディカル サービス法人)の有無
4 医療法人の出資金(出資持分)の評価方法
医療法人の出資持分の承継を検討するに当たっては、相続税・贈与税における財産評価方法である財産評価基本通達に規定される医療法人の出資持分の評価方法の特徴を理解し、適切な対策を講ずる必要がある。
(1) 会社規模区分の特徴
会社規模区分は、総資産額、従業員数、取引金額を基準として判定するが、医療法人は一般的に看護師等の医療従事者を多数雇用しているため、総資産や取引金額にかかわらず従業員基準で「大会社」となる場合が多い。また、出資持分の評価は会社規模区分に応じて、(a)類似業種比準方式、(b)類似業種比準方式と純資産価額方式との併用方式、(c)純資産価額方式により計算することなるが、会社規模区分が大きいほど類似業種比準価額を使用できる割合が大きくなる。そのため会社規模区分が出資持分の評価額に大きな影響を与えることとなる。(下記PDFのP3の図参照)
(2) 類似業種比準価額の特徴
類似業種比準価額とは、国税庁発表の業種別の標本会社の平均株価(医療法人の類似業種株価は「その他の産業No.118」)に、出資口数を50円換算した1口当たりの利益金額、純資産価額の規模による補正を行って算出した金額をいう。株式会社の評価では、これに配当の要素を加えるが、医療法人は配当が禁止されているため、利益金額と純資産価額の2要素だけでその補正を行う。つまり医療法人の類似業種比準価額は、利益金額の影響を大きく受ける特徴がある。(下記PDFのP3の計算式参照)
(3) 医療法人の出資持分の評価が低下する要因
医療法人の出資持分の評価方法の特徴から、以下のような事象が生じた場合、出資持分の評価額が低下する可能性があり、後述する承継方法とその承継のタイミングの選択において重要なポイントとなる。
- 理事長等の退職に伴い多額の役員退職金を支給した場合
- 高額な医療機器等の取得により減価償却費や特別償却費を多額に計上した場合
- 病棟の建替え等により多額の固定資産除却損を計上した場合
- 総資産額、従業員数、取引金額の増加により会社規模区分が変動した場合
- 国税庁から発表されている類似業種株価が低下した場合
5 出資持分の承継方法
医療法人における出資持分の特徴的な承継方法としては「持分の払戻し」と「持分の放棄」がある。(下記PDFのP4の図参照)
(1) 出資持分の払戻し
医療法人の出資持分は、「定款の定めるところにより、出資額に応じて払戻しまたは残余財産の分配を受ける権利(改正医療法附則10の3③二 カッコ書き)」であり、退社時の持分払戻請求権および解散時の残余財産分配請求権の2つの権利で構成される財産権としての性格を有すると考えられる。
したがって、退社により出資持分の払戻しを受けた場合は、株式会社の自己株式の取得と同様に、医療法人から出資者に対する利益の払戻しが行われたものと考え、払戻し額に対応する出資額を超える部分は「みなし配当」として配当所得課税を受ける。また、時価よりも低い価額で払戻しが行われた場合は、他の出資者に対するみなし贈与課税(相続税法9条)が生じる。
(2) 出資持分の放棄(持分なし医療法人への移行)
持分あり医療法人は、平成19年4月1日前に設立された医療法人であり、現在では持分あり医療法人の設立は認められていない。前述のように出資持分には財産権があるため、現経営者一族である社員が高額な評価額となっている出資持分を多く保有している場合に、その社員に相続が発生すると、当該社員の相続人に多額の相続税が課税される可能性がある。また当該社員が生前に退社した場合には、時価による出資持分の払戻しにより、医療法人に多額の資金負担が生じる可能性がある。
このように事業承継の妨げとなる面を有する出資持分であるが、出資社員全員が出資持分の放棄を行うことにより持分なし医療法人に移行することが可能である。移行手続は定款の社員退社時の払戻請求に関する条項を削除し、解散時の残余財産を国等に帰属するように定款の変更認可手続をすることにより完了する。なお、持分なし医療法人に移行した後は、再度持分あり医療法人に後戻りすることはできないため留意が必要である。
ただし、放棄による持分なし医療法人への移行時において、以下のように相続税、贈与税の負担を不当に減少すると認められるときは、医療法人に対して贈与税の課税が生じることとなる。
課税対象者 |
持分なし医療法人への移行時の課税関係 |
出資者 |
原則として課税関係は生じない。 |
医療法人 |
(1)法人税の課税関係 持分放棄による経済的利益は受贈益と考えられるが、持分なし医療法人への移行時の受贈益については法人税は課されない。(法人税法施行令第136条の3第2項) |
(2)贈与税の課税関係 持分の放棄を行った者の親族その他これらの者と特別の関係がある者の相続税または贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められるときは、医療法人を個人とみなして、贈与税が課税される。(相続税法第66条第4項) |
なお、医療法人に対する贈与税課税(相続税法第66条第4項)を免れるためには、以下の相続税法施行令第33条第3項に定める要件(以下「不当に減少する結果とならない要件」とする)をすべて充足する必要があり、社会医療法人または特定医療法人の認定要件に準ずる厳しい水準が求められることとなる。
No. |
相続税法施行令第33条第3項に定める要件 |
(1) |
医療法人の運営組織が適正であること。⇒「社会的存在として認知される程度の規模」として社会医療法人準拠型と特定医療法人準拠型の2パターンが示されている。 |
(2) |
役員等と親族関係にある者およびこれらと特殊の関係にある者の数が役員等の総数の3分の1以下であること。 |
(3) |
持分の放棄をした者、設立者、社員もしくは役員等またはこれらの者の親族等に対し、特別の利益を与えないこと。 |
(4) |
定款において、医療法人が解散した場合にその残余財産が国もしくは地方公共団体等に帰属する旨の定めがあること。 |
(5) |
医療法人につき法令に違反する事実、その帳簿書類に取引の全部または一部を隠ぺいし、または仮装して記録または記載をしている事実その他公益に反する事実がないこと。 |
したがって、持分なし医療法人への移行に関するメリット・デメリットは以下のとおりとなる。
持分なし医療法人への移行に関するメリット・デメリット
メリット |
|
デメリット |
|
(3) 医療法人の出資持分に対する相続税および贈与税の納税猶予制度
前述のように、持分なし医療法人への移行時における贈与税の課税を免れる「不当に減少する結果とならない要件」のハードルが高いため、持分あり医療法人から持分なし医療法人への移行はそれほど進んでいないのが現実である。ただし、仮に「不当に減少する結果とならない要件」を満たさない場合においても、承継のタイミング(承継時の出資金評価額の水準)によっては、あえて贈与税を負担してでも移行することにより、それ以上のメリット(出資持分に対する将来の相続税負担の解消や医業経営の安定)を享受できることも考えられる。
しかしながら、持分なし医療法人への移行途中に出資者の相続等が発生し、出資者の相続人から退社に伴う出資持分の払戻請求を受けた場合には、医療法人から多額の資金が流出し医業継続が困難となる可能性がある。そのような場合において、当該持分あり医療法人が持分なし医療法人への移行計画の認定を受けた医療法人(認定医療法人)であるときは、下記PDFのP6の図にあるとおり移行計画の期間満了まで相続税の納税を猶予し、期間内に移行を完了したときは、猶予税額を免除する制度が設けられている(措置法70条の7の8)。また、医療法人の贈与税の納税猶予制度も整備されている(措置法70条の7の5)。
(4) 医療法人の承継方法と承継のタイミング
出資持分の評価額は常に変動しており、承継方法と承継のタイミングの選択が重要な要素となる。以下に承継方法とタイミングの選択についての概要を示す。
承継方法 |
タイミングの選択について |
|
贈 |
暦年課税による出資持分の贈与 |
通常の贈与税の課税(年単位の贈与財産額に対する暦年課税)を受ける形での贈与により後継者に出資持分を承継する。 |
相続時精算課税による出資持分の贈与 |
現経営者が出資持分を生前に後継者に贈与しておき、将来の相続発生時に相続財産(贈与時の評価額)として課税される形で後継者に承継する。 |
|
出資持分の相続 |
現経営者から相続により後継者に出資持分を承継する。 |
|
譲 |
出資持分の |
出資持分を現経営者から後継者となる方に譲渡(売却)により承継する。 |
M&A等 |
後継者がいない場合などにおいて、出資持分を現経営者から外部の者に譲渡、事業の一部を他の医療法人に事業譲渡、他の医療法人との合併等により承継する。 |
|
出資持分の払戻し |
現経営者は出資持分の払戻しを受けて退社するため後継者等への出資持分の承継は生じず、残りの社員(後継者等)が事業を承継することになる。 |
|
出資持分の放棄 |
全社員が出資持分を放棄して、持分なし医療法人へ移行する。 |
6 医療法人の出資持分の承継方法による課税関係のまとめ
医療法人の出資持分は承継方法によって課税対象者が異なるとともに、様々な課税関係が生じる。整理すると次頁のようになる。このように税対象者別の資金負担(税負担)能力、出資持分を承継するタイミングにおける評価額、特定医療法人、社会医療法人への移行可能性などを見極め、早い段階から最適な事業承継方法を検討していくことが重要となる。
さらに、本稿では取り上げていないが、医療法人は出資持分という「財産」の承継だけでなく、「経営」の承継にも特有の課題があり、この両輪が噛み合って初めて医療法人の事業承継を成功に導くことができる。
出資持分の承継方法 |
課税対象者 |
課税関係 |
|||||
現経営者 |
後継者 |
他の |
医療法人 |
課税なし |
|||
出資持分の贈与 |
● |
贈与を受けた後継者に贈与税課税 |
|||||
出資持分の相続 |
● |
相続した相続人に相続税課税 |
|||||
出資持分の譲渡 |
● |
譲渡益が生じた場合、現経営者個人に譲渡所得課税 |
|||||
出資持分の払戻し |
時価払戻し |
● |
みなし配当が生じた場合、払戻しを受ける社員個人に配当所得として総合課税(所得税法第25条) |
||||
出資額払戻し |
▲※1 |
▲ |
他の出資者にみなし贈与課税(相続税法第9条) |
||||
出資持分の放棄 |
一般の持分なし社団へ移行 |
▲※2 |
▲ |
課税なし |
|||
特定医療法人、社会医療法人へ移行 |
● |
課税なし |
※ 1:出資額限度法人において、一定の要件((1)同族特殊関係出資者の出資比率50%以下(2)同族特殊関係社員の社員数比率50%以下(3)定款に役員に占める親族割合が3分の1以下と定める(4)社員・役員その他の特殊関係者への特別利益供与禁止)を満たした場合は他の出資者にみなし贈与課税は生じない。
※ 2:放棄する個人の親族等の相続税または贈与税の負担を不当に減少する結果となると認められるときは、医療法人を個人とみなして、贈与税が課される(相続税法66条4項)。
こちらから記事の全文がダウンロードができます。