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出国税の納税猶予選択は有利か

M&A Tax Newsletter:2016年8月号

本稿では、出国税の対象となる海外駐在員が、駐在期間中に対象資産を譲渡する場合における有利不利につき具体例を交えながら確認することとするが、将来の株価動向や譲渡等の実現性、帰国時期等が不透明な状況下においては、利子税の追加負担、事務手続の煩雑性等のデメリットはあるものの、課税額の減額調整等が手当てされている納税猶予制度の適用について検討する必要があると考えられる。(M&A Tax Newsletter:2016年8月号)

1. 基礎事項

(1) 背景

平成27年税制改正による出国税1の導入以来(平成27年7月1日以後の出国に対して適用)、企業の海外展開に際し、海外派遣予定の駐在員が出国税の課税対象者となり、企業の海外進出を阻害する要因となっているケースが散見される。企業が事業の海外展開を図る際に海外現地に駐在員として赴任させる役員等が出国税(対象資産(有価証券等)を1億円以上保有している場合)の対象となり、海外展開に際してのイニシャルコストが増加するケースなどである。

出国税は、一定の国外転出者(個人)に対して、国外転出直前に対象資産を譲渡してこれを同時に買い戻したものとみなし、その未実現の含み益に課税するというものであるが、納税猶予制度の適用の有無により、その税負担、申告手続等が大きく異なることとなるため、各駐在員の状況(駐在期間、対象資産の譲渡予定の有無、株価動向など様々な要素が考えられる)を考慮した上で、納税猶予制度の選択の要否を慎重に選択する必要がある。また、企業と駐在員間のトラブル等を防ぐ観点から、駐在員に対する出国税制度の周知徹底、出国税に関する社内規定の整備(税負担は誰がするのか、手続は誰が行うか等)も重要である。

本稿では、出国税の対象となる海外駐在員が、駐在期間中に対象資産を譲渡する場合における有利不利につき具体例を交えながら確認することとするが、将来の株価動向や譲渡等の実現性、帰国時期等が不透明な状況下においては、利子税の追加負担、事務手続の煩雑性等のデメリットはあるものの、課税額の減額調整等が手当てされている納税猶予制度の適用について検討する必要があると考えられる。

1 一般に出国税という言葉が用いられているが、出国税という税目は存在せず、所得税法第60条の2および所得税法第60条の3に規定する「国外転出をする場合の譲渡所得等の特例」「贈与等により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例」を総称して出国税という言葉が用いられる。

(2) 出国税の概要

出国税は、日本の居住者2が株式等の含み益を保有したまま国外に転出し、キャピタルゲイン課税がなされない国において譲渡することで、日本のキャピタルゲイン課税を免れる租税回避行為を防止する措置として創設されたものである。

1) 制度の概要

a) 出国税の基本的な内容

出国税とは、日本の居住者であった者で国外に転出した一定の非居住者に対して、国外転出直前にその保有する株式等を譲渡してこれを同時に買い戻したものとみなして、未実現の含み益に所得税等を課税するものである。課税要件等の出国税の基本的な内容は下表のとおりである。

【出国税の基本的な内容】

課税対象者

以下の2要件を満たす個人

  • その保有する対象資産の国外転出(注1)の時点における時価が1億円以上である者
  • 国外転出(注1)の日前10年以内に国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年超である者

対象資産

有価証券、新株予約権(注2)、匿名組合契約の出資持分、未決済デリバティブ取引など

課税対象金額

対象資産を国外転出(注1)時において時価で譲渡したものとして計算した課税対象金額

申告・納付期限

出国の時まで(納税管理人を設定している場合には、翌年の3月15日)

(注1) 国外転出とは、「国内に住所及び居所を有しないこととなること」とされているため、海外への短期出張や短期滞在等の場合は「国外転出」には該当しない。
(注2) 新株予約権のうちその行使による所得が国内源泉所得となるものを除く(平成28年度税制改正)。

b) 納税猶予制度

出国税の対象となった場合、下表に掲げる所定の手続を行うことで、5年間(申請により10年間に延長が可能)まで、納税猶予を受けることができる。

2 居住者とは国内に住所を有し、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう。

【納税猶予制度を適用するための諸手続】

No

内容

期限

提出先

1

納税管理人の届出

国外転出時まで

所轄税務署長

2

納税猶予相当額の担保[1]の提供

確定申告書の提出期限(翌年の3月15日)まで

供託所等

3

確定申告書に納税猶予を受けようとする旨を記載

確定申告書の提出期限(翌年の3月15日)まで

所轄税務署長

4

継続適用届出書の提出(毎年度)

毎年の確定申告書の提出期限(翌年の
3月15日)まで

所轄税務署長


納税猶予制度を適用した場合において、納税猶予期間中に対象資産の譲渡等をしたときは、納税猶予は打ち切られることとなり、その譲渡等の日から4カ月以内に利子税と併せて出国税を納付しなければならない。

なお、対象資産の譲渡時の時価が出国時の時価を下回っている場合には、譲渡等があった日から4カ月以内に更正の請求を行うことにより、実際の譲渡時の時価を基礎として納付税額を計算することが可能な一方、対象資産の譲渡時の時価が出国時の時価を上回っている場合には、譲渡時の時価と出国時の時価の差額分に係る追加納税の必要はない。

また、納税猶予期間中に対象資産を譲渡等した際に外国所得税との二重課税が生じる場合には、同じく更正の請求を行うことにより、国外転出先の国で納付した外国所得税について、外国税額控除を適用して、課税額の調整(減額)が可能である。

当該対象資産を譲渡する場合における時価下落時と二重課税時の課税額の調整(減額)は、納税猶予制度は適用せずに出国時に納税する(以下「出国時納税」)場合には行われない点に留意が必要である。

3 担保として提供が認められる財産は、国債および地方債、社債、土地、建物、金銭等の一定の資産に限られる点に留意が必要である。

c) 課税の取消し

国外転出等に伴い出国税が課され、その後、5年(10年間の納税猶予を受けているときは10年)以内に、対象資産を引き続き所有等したまま帰国した場合や当該個人が国外転出時に有していた対象資産を贈与により居住者に移転した場合には、該当することとなった日から4カ月以内に更正の請求を行うことにより、当初の課税を取り消すことができる。

2) 納税猶予制度を適用する場合と出国時に納税する場合の主な相違点

納税猶予制度適用の場合と出国時納税の場合の主な相違点は、有利・不利の観点からは下記のとおり整理される。

  • 出国時納税の場合には国外転出時に本税の負担が生じる。他方、納税猶予を適用する場合には、国外転出時に本税負担は生じないが、国外転出期間中に譲渡等した場合には本税負担および猶予期間に対応する利子税の追加負担が生じる
  • 納税猶予制度を適用する場合、担保提供・毎年の継続適用届出書提出等の事務負担が生ずる
  • 国外転出期間中に対象資産を譲渡等せずに帰国した場合における課税の取消し(更正の請求)が可能な期間は、出国時納税の場合には5年であるのに対し、納税猶予を選択している場合には10年まで延長が可能である。なお、納税猶予制度を適用している場合には、未譲渡等の状況で納税猶予期間が満了し、かつ、時価が下落した場合における課税額の調整(減額)も可能である
  • 国外転出期間中に対象資産を譲渡等した場合において、譲渡時の時価が出国時と比較して下落した場合、納税猶予を適用している場合には課税額の調整(減額)が可能である一方、出国時納税の場合には課税額の調整(減額)はできない
  • 国外転出期間中に対象資産を譲渡等した場合において、外国所得税との二重課税が生じる場合、納税猶予を適用している場合には課税額の調整(減額)が可能である一方、出国時納税の場合には課税額の調整(減額)はできない

上記の相違点をまとめると下表のとおりとなる。

項目

納税猶予を
適用する場合

国外転出時に
納税する場合

税負担

本税(国外転出時)

なし

あり

本税(譲渡時)

あり

なし

利子税(譲渡等、納税猶予期間満了の場合)

あり

なし

事務負担

納税猶予手続

あり

なし

更正の請求による
課税の取消し、または
課税額の調整(減額)

未譲渡等の状況で帰国した場合の課税の取消し可能期間

最長10年

5年

未譲渡等の状況で納税猶予期間が満了し、かつ、時価が下落した場合における課税額の調整

譲渡等した場合の時価下落による課税額の調整

不可

譲渡等した場合の二重課税の調整

不可

2. 事例編

(1) 駐在期間中に対象資産を譲渡するケース

1) 具体例

A社はB国に、役員Cを駐在員として派遣する予定であるが、役員Cは出国税の課税対象者となる見込みである。なお、役員Cは出国後1年8カ月後において、出国税の対象となった資産(出国時の取得価額:10,000円、時価:20,000円)の譲渡を行う予定である。

この場合、役員Cは出国税に係る手続として、(i)出国時に出国税を納税する場合、(ii)納税猶予制度の適用を行う場合のいずれが有利となるか。

出国税の税率は15%、利子税の税率は1.8%とする。

2) 解説

役員Cがとり得る国外転出時の手続としては、国外転出時に出国税を納税する、または、国外転出時において納税猶予制度を適用し、対象資産の譲渡後4カ月以内に利子税とともに出国税の納付を行う、のいずれかとなる。

なお、出国後に対象資産の譲渡が予定されている場合、当該対象資産の時価の動向によって有利不利が生じるため、時価の上昇が予想されるケースと下落が予想されるケースに分けてその有利不利を以下検討するものとする。

a) 対象資産の時価の上昇が予想される場合

駐在期間中に対象資産を譲渡することが見込まれ、かつ、対象資産の時価の上昇が予想される場合においては、納税猶予を適用した場合の利子税の納付、事務手続きの煩雑性等のデメリットを考慮すると、下図のとおり、出国時に納税を行う方が一般的には有利となるものと考えられる。ただし、外国所得税との二重課税が生じる場合には、納税猶予適用下においては外国税額控除の適用により課税額の調整(減額)が可能なため、納税猶予を選択した方が有利なケースも考えられることから、派遣先のB国における譲渡益課税の有無等についても検討が必要である。

b) 対象資産の時価の下落が予想される場合                

駐在期間中に対象資産を譲渡することが見込まれ、かつ、対象資産の時価の下落が予想される場合においては、下図のとおり、更正の請求による課税額の調整(減額)が可能な納税猶予適用の方が一般的には有利と考えられるが、納税猶予を適用した場合には利子税の追加負担、事務手続の煩雑性等のデメリットもあることから、減税額と当該デメリット等を比較して納税猶予制度選択の要否につき慎重に判断する必要がある。

【参考】 駐在期間中に対象資産を譲渡等しないケース

出国時納税では、5年内に帰国した場合には課税の取消しが可能であるが、5年超となる場合には取消しできない。

他方、納税猶予制度適用下においては、最長10年内(猶予期間を10年に延長していることが前提、以下同じ)に帰国した場合には課税の取消しが可能な一方、帰国せずに納税猶予期間が満了した場合には、課税の取消しはできず課税が確定するため、本税負担に加えて10年分の利子税負担が生じることとなるが、時価が下落している場合には更正の請求により課税額の減額調整が可能である。

上記を考慮すると、帰国する時期に応じた出国時納税と納税猶予適用の有利不利は、一般的には以下のとおりと考えられる。

  • 5年内に帰国する場合には、いずれの場合も課税取消しが可能なため有利不利は生じない
  • 5年超10年内に帰国する場合には、納税猶予適用下では課税の取消しが可能なため、本税負担の観点からは納税猶予の方が一般的に有利である
  • 帰国まで10年超を要した場合には、時価上昇ケースでは納税猶予を適用した場合の利子税負担分だけ出国時納税の方が有利であるが、時価下落ケースでは、一般的には時価下落に係る課税調整額(減額)が可能な納税猶予適用下の方が有利と考えられる。ただし、納税猶予適用下では10年分の利子税負担が生じることから、厳密には税額の減額幅と利子税の多寡に応じて有利不利の判断が必要である

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