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第5章 評価困難な無形資産

The new transfer pricing landscape
新たな移転価格の展望(全9章)
-BEPSに伴う変化への実務ガイダンス-

OECDのBEPS行動8~10の最終報告書における評価困難な無形資産(Hard to Value Intangibles:HTVI)に関する勧告は、納税者と税務当局間の情報の非対称性に関する課題への対応を図るためのものである。(The new transfer pricing landscape:第5章)

はじめに

納税者と税務当局間の情報の非対称性は、税務当局による情報収集を困難にしたり、税務当局が納税者の「特別な知識、技能、洞察力」に過度に依存しかねない状況を生み出し、税務当局は情報の非対称性により、移転価格の設定の基礎となった事前の業績予測(ex-ante)と実績(ex-post)とのかい離が、予測不能な事象によるものなのか、移転価格の問題によるものなのかについて見極める術を失いかねない。OECDのBEPS行動8~10の最終報告書における評価困難な無形資産(Hard to Value Intangibles:以下「HTVI」)に関する勧告は、このような納税者と税務当局間の情報の非対称性に関する課題への対応を図るためのものである。

当初、OECDは無形資産取引の再構成や、他の濫用防止規定等の独立企業原則から逸脱する可能性もある特別な方法の適用を検討していた1。しかしながら、OECD事務局は、独立企業原則と整合的であると考えられている米国の所得相応性基準(Commensurate With Income:以下「CWI」)に沿ったアプローチを採用した。基準は、移転された無形資産の価値が極めて不確定なものである場合に、価格調整や条件付きの価格調整メカニズムをライセンス契約に織り込むことをMNEに奨励する内容となっている。

 

1 独立企業原則では、税務当局は関連者間取引の条件を非関連者である二社間の取引において合意されたであろう条件と比較する。

HTVIに関するガイダンス

HTVIとは、取引の時点で信頼性の高い比較対象取引が存在せず、かつ譲渡された無形資産から生じる将来的なキャッシュフローや、当該無形資産の評価に用いる前提が極めて不確実な無形資産および無形資産に関する権利をいう。HTVIは、次のいずれか一つ以上の特徴を有する。

  • 譲渡時点において部分的にのみ開発されている無形資産
  • 取引後の数年間、商業的に利用することが見込まれない無形資産
  • 他のHTVIの開発に不可欠である無形資産
  • 新たな方法で利用されることが予想され、過去の開発実績に基づく信頼性のある予測が得られない無形資産
  • 一括払いで関連者に譲渡される無形資産
  • 費用分担契約(Cost Contribution Arrangement)もしくは類似の契約に関連して使用されたり、またはこれらの契約に基づいて開発された無形資産

このように、HTVIの特徴は広範に捉えられていることから、多くの無形資産がHTVI分析の対象になるものと考えられる。

新ガイドラインでは、一定の条件下で、HTVIに関連する無形資産の譲渡またはライセンス契約の評価を財務結果の実績に基づいて行うこととしている。また、予測不能な事象による場合を除き、取引価格の設定に用いた予測とその実績に重大なかい離がある場合には、その移転価格は独立企業間価格とみなされないこととなる。ただし、以下の除外要件に該当する場合には、納税者はそのような推定に対する反証が可能となる。

  1. 納税者が、当初の予測がどのように決定されたのかについて、どのようにして合理的な範囲の予測可能な事象やリスクが検討されているか、それらの発生確率が見積もられているかといった点を含めて文書化している場合。それに加えて、納税者は、財務予測と実績の重大なかい離が予測不能な事象によるものであることについて、あるいは取引の時点で予測可能であった出来事の発生確率が著しく過大にもしくは過小に評価されていなかったことについて、信頼性の高い証拠資料を提供しなければならない。なお、予測不能な事象とは、自然災害のように、発生確率が低く、予測できない事象をいう。
  2. 当該HTVIの譲渡が二国間または多国間事前確認の対象である場合。
  3. HTVI譲渡後の財務予測と実績が大きく異なることによって、当該HTVIに係る予測補償額に20%超の差異が生じていない場合。
  4. 当該HTVIにつき譲受人となった法人において、5年間の使用期間に渡って第三者からの収益が発生しており、同期間における財務予測と実績のかい離が20%以下である場合。

OECD事務局は、2016年には追加的な実施ガイダンスが出される見込みである旨を明らかにしている。特に納税者は、セーフハーバーや免除規定が適用されない場合において、税務当局がどのような調整を行うかに関するガイダンスの詳細を見守る必要があるだろう。

現在の実務

上述のとおり、米国の税務当局は、HTVIに関する勧告と類似する条項を法令や規定に盛り込んでいる。米国内国歳入法第482条によると、無形資産の譲渡に対して支払われる対価は、無形資産によって生み出される所得に相応したものであるべきであるとされている。この米国CWI規定は、取引の時点における価格設定に用いた予測の信頼性を検証するための20%のセーフハーバー(ただし、厳密な計算方法はOECDの勧告と若干異なる)を設けている。

また、米国の規定は、セーフハーバーを超えるような予測不能な事象があった場合の例外規定も設けている。調整が必要となる場合には、既に時効となった課税年度に対しても、後続年度において定期的な調整が行われることがある。したがって、時効にかかわらず、取引全体が後続年度において再評価されることとなる。なお、米国のコストシェアリング規定は、異なるメカニズムを用いてこれと同様の結果を導く内容となっている。そのため、HTVIに関する勧告による米国の納税者への影響はほぼ無いに等しいといえる。

ドイツを除き、欧州の税法または移転価格税制には価格調整に関する条項もなく、CWI基準も導入されていない。しかしながら、欧州の実務においては、価格調整に関する条項が規定されていなかったとしても、予測データと実績に大きなかい離が生じた場合には、市場における独立企業間の取引条件には、実績値に応じて価格見直しを行う旨の条項が含まれるという事実を根拠に、欧州の税務当局はその関連者間取引の価格設定をチャレンジする傾向にある。なお、価格調整に関する条項は独立企業原則に元来備わっているものであるとの税務当局の主張もしばしば聞かれる。

ドイツの移転価格税制では、無形資産に関する契約において、比較可能な独立企業間取引が見つからないときは、価格調整に関する条項を設けることを義務付けている。関連者間の契約に独立企業原則にのっとった価格調整に関する条項が設けられていない場合において、取引時点では、その取引の基礎となる予測について不確実性が存在したはずであるとする税務当局の推定に反証することができないときは、ドイツの法令が規定する既定の価格調整条項が使用されることとなる。なお、この場合の反証に当たっては、独立企業間取引であったとしても価格調整に関する条項を設けなかったであろうということを示さなければならない。その上で、10年間の期間において、予測されていた利益またはキャッシュフローが実績から相当程度かい離したときは、移転価格の調整が行われる。現在、ドイツの税務当局は、ドイツの規制にある価格調整条項をOECDの勧告に一致させるための税制改正が必要か否かについて国内で検討を進めている。

今後の影響

これまで正式な規則もしくは明確に定義されたセーフハーバーが存在しなかった国にとって、この新ガイドラインは一定の指針を提供することになると考えられる。本勧告は、財務実績と予測が異なったときに、税務当局が調整を行うことができる場合の基準となるより明確な定義を納税者に示すものであるといえる。

納税者が事後的な更正を回避するためには、無形資産取引に関する移転価格をサポートする詳細なドキュメンテーション(以下「同時文書」)の準備を検討すべきであろう。具体的には、納税者は、譲渡された無形資産に付随すると考えられるすべてのリスクを特定し、それらのリスクおよび事象について、合理的な確率を付与する必要があるものと考えられる。また、同時文書は、予測と実績の重大なかい離について、当該かい離が予測不能な事象、あるいは適正に特定し、価格に反映されたリスクの顕在化によるものであることを、現時点の信頼できる証拠資料をもって十分に説明するものでなければならない。最終的な文書化規定の対象とする範囲や詳細さは定められておらず、最終勧告への要求水準がどの程度になるかについては、2016年に公表予定の最終実施パッケージが出るまでは不透明である。しかしながら、無形資産取引については潜在的に厳しい調査が想定されることにかんがみると、納税者は対象となる取引について十分に文書化しておくことが奨励される。

HTVIの取扱いに関する提案を受けて、合理的に予測可能な事象の効力を契約条項で規定する等、無形資産の評価における不確実性への対処メカニズムとして独立企業が従来用いてきたものを適用することは賢明な方策となり得る。また、不確実性が高い状況では、納税者は契約期間を限定したり、新しい価格の決定を明示的に規定する価格改定条項を設けたいと考えるかもしれない。例えば、HTVIに関する該当要件を満たした場合には価格を調整する旨の条項を設けることは検討に値する一つの方策となるだろう。その場合、価格調整条項は、追加的な対価の支払が発生しないよう適切に検討されたものとなるように、注意する必要がある。商業利用される段階に達していない無形資産を譲渡する場合には、条件付きマイルストンごとの支払を契約に含めることも、納税者にとって一案となる。

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