最新動向/市場予測

量子コンピュータ

TMT Predictions 2019

グローバル版:次世代のスーパーコンピュータ

・日本版抄訳(日本語)

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 Quantum computers: The next supercomputers, but not the next laptops

 

 

日本の視点:Next Technologyに向けて日本企業が取り組むべきこと

量子コンピューティング技術の実用化

「D-Waveの量子コンピュータを2年間運用した結果、従来型のコンピュータと比較して1億倍高速であることが証明された。」 2015年にGoogle関係者が衝撃的な発表をしてから1、量子コンピュータ(QC)に注目が集まっている。上述のD-Wave以外にも、Google・Microsoft・IBMなどのITビッグネームが開発を公表しており2、日本でもNTT、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)、日立製作所、富士通などがQCやそれに発想を得た技術を開発している3

従来型のコンピュータよりも大幅に高い計算能力を実現するQCについては、現在各国において重要な研究テーマの一つとされている。例えば、米国においては国防省主導のプロジェクトとして年間2億ドル以上が投資されている4。同様に欧州・英国・中国などの主要国においても大規模な研究開発プロジェクトが推進され5、多額の投資が投下されている。日本もその例外ではなく、2019年予算ではQCの研究開発費として22億円計上されている6。このようにQCは各国が国の威信もかけて研究開発を推進しているテーマ領域となっている。

量子コンピューティング技術の用途と影響

このように注目を集めているQCだが、どのような用途で活用可能なのであろうか。グローバル版本編でも紹介されているが、現在開発されているQCや類似技術は、いわゆるノートPCのような汎用性の高いコンピューティング技術ではなく、より用途特化型の技術である。現在開発が進められている技術は、大きくは量子ゲート方式とイジングマシン方式の二つの方式に分類される。一般的に前者は暗号解読や検索などを得意とするとされており、後者は機械学習や組合せ最適化などの問題を得意とするとされている。

D-Waveや富士通のデジタルアニーラなど、いち早く実用化に漕ぎつけている次世代コンピューティング技術はイジング方式を取っている7。このため、これらの技術はルート探索や特定条件を満たす最適な組合せの抽出(例:要員のシフト最適化)といった問題に実力を発揮する8。このような問題は、コンピューティングパワーに頼った従来の方式では現実的な時間内では厳密解を算出することができず、近似解をもって代替されてきたものである。これに対して次世代技術では、短時間で高い精度の解を算出することが可能となっている。一部には、従来のコンピューティングでは数億~数兆年かかる演算を数秒で完了することができる、とするQCや類似技術も存在している9

このように高い性能を誇るQCだが、現在様々な業界において実用化に向けた実証実験が推進されている。例えば、金融業界ではポートフォリオ最適化・オプションプライシングといった用途での活用が検討されている10。また自動車業界などでは都市交通サービス最適化・工場の生産計画・設備の最適化などの用途での活用が検討されており11、この他にも製薬業界における分子設計の最適化12など応用範囲は非常に広い。

日本企業が取り組むべきこと

QCの実証実験などの取組は推進されているものの、商用化と普及拡大についてはまだ少し時間がかかるというのが一般的見解である。現時点のQCは実際の問題を処理するためには、もう一段の性能向上が必要である。またグローバル版本編でも触れられているように、大型でかつ超低温での稼働が求められるなど設置・運用上の制約が残されている技術も多い。しかしQCの性能向上は目覚ましく、また多くの場合QCがクラウド環境で運用されることを考えれば、設置・運用上の制約もエンドユーザに影響を与えるものとはなりにくいだろう。むしろ当面の間は、QC向けの用途別のアプリケーション・ミドルウェアの不足が、QCの普及拡大の阻害要因になると想定される。現実社会における課題を数理問題に置き換えるQC向けのプログラミングは難解で、この領域に熟練した人材もまだ少ない状況である13

それでは、日本企業はまだ量子コンピューティングに取り組まなくても良いのであろうか。答えは否であろう。他社が乗り出す前に、いち早く自社としての活用方法をトライし、競争優位につなげることが重要になると考えられる。QCは各業界におけるパフォーマンスを飛躍的に向上させるポテンシャルを持った技術である。現在のデータ活用時代において機械学習・深層学習等のAI関連技術に早期に投資したプレイヤーが先行優位を築いたように、2020-30年代の高度データ活用時代においてはQC技術への理解度および人材の充実度が競争力を左右する可能性が考えられる。

現時点ではQCのキラーアプリケーションは模索中であり適用できる課題の範囲も限られるが、自動車産業の例ではコネクテッドカーから取得した走行データを基に、QCで渋滞を最小化する最適化ルートを算出し、5G通信を通じてリアルタイムに各車両の運行ルートを制御する等、取得データの高度化とともに解くべき課題設定も高度化・複雑化することが想定される。

QC領域への投資資金が増加するなか既に人材不足が生じており、人材育成・確保も重要な論点である14。QCが解くべき課題を定義し、データに落とし込む“QC版データサイエンティスト”やQCと古典コンピュータの連携を考慮してITアーキテクチャを設計する“QC版フルスタックエンジニア”等の新たな職種が登場することも考えられる。AI人材不足は多くの日本企業における喫緊の課題であるが、QC領域での先行投資を通じ優秀なエンジニアへの魅力的な環境を提供することで自社の潜在的なユースケースや適用可能領域を先行して発見できる可能性があるのではないか。

QCの導入に向けた実証実験に最も積極的な企業の一つである独VW社のCIOマルティン・ホフマンは、「量子コンピュータが商用化でき次第、それを可能な限り早く業務で活用できる企業になりたい」と述べている15。日本企業においてもこのような視点が重要になる。QCの実務での適用についてベストプラクティスの蓄積を待っていては、この技術がもたらす改革の波に乗り遅れる可能性がある。QC技術について事前に勉強をし、その可能性を見極めることが重要となる。その上で商用化のタイミングを注視しつつ、自社におけるQC技術の適用可能領域と適用における必要リソース(システム・データ・体制)を整備しておき、いつでもスタートを切れるようにすることが重要になる。

 

筆者

越智 隆之 Ochi, Takayuki
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
マネジャー
大手通信キャリアの海外M&A部門を経て現職。電機メーカー・医療機器メーカー・デバイスメーカーを中心に新規事業戦略立案、組織・人事戦略・M&Aプロジェクト等に従事、特にクロスボーダー案件に強み。

 

【参考資料】

1. D-Waveの量子コンピュータは「1億倍高速」、NASAやGoogleが会見, 日経XTECH, 2015/12/9: https://tech.nikkeibp.co.jp/it/atcl/news/15/120904017/
2. 先進3社の量子コンピュータ、責任者が明かす実用化計画, 日経XTECH, 2018/9/4: https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00419/083100002/
3. なぜ次世代コンピューターの開発競争が起きているのか、「国産マシン」の現状, ビジネス+IT, 2018/06/07: https://www.sbbit.jp/article/cont1/34820
4. 量子コンピューター、来年度予算に32億円 米国先行に危機感, ロイター, 2017/8/31: https://jp.reuters.com/article/conputer-us-japan-idJPKCN1BB16M
5. Quantum technology is beginning to come into its own, The Economist, 2017/03/11: https://www.economist.com/news/essays/21717782-quantum-technology-beginning-come-its-own
6. 文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」の予算;平成 31 年度光・量子科学技術関係予算について, 文部科学省, 2019/2/1: http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/089/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2019/02/08/1413454_001.pdf
7. 研究開発が進む次世代コンピュータ 組合せ最適化に適したアニーリングとは?, 富士通, 2018/6/11: http://www.fujitsu.com/jp/services/knowledge-integration/insights/20180611-02/
8. Ibid.
9. スパコンが8億年かかる計算を1秒で解く国産チップの驚異的潜在力, DIAMOND Online, 2018/10/26: https://diamond.jp/articles/-/179433
10. AIファイナンス応用研究所と量子コンピュータの金融ビジネスへの適用に向けて協業, 株式会社NTTデータ, 2018/8/17: http://www.nttdata.com/jp/ja/news/release/2018/081701.html
11. 量子コンピュータを何に使うか、VWやゴールドマンサックスが明かす, 日経XTECH, 2017/12/12: https://tech.nikkeibp.co.jp/it/atcl/column/15/061500148/121100147/
12. 量子コンピュータ開発の進展~化学薬品・創薬・新材料開発の加速に向けて, 科学技術・学術政策研究所, 2019/2/8: https://stfc.nistep.go.jp/horizon2030/index.php/ja/weekly-weakly-signals/qbit20190208
13. 戦略プロポーザル みんなの量子コンピューター, 国立研究開発法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター, 2018: https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2018/SP/CRDS-FY2018-SP-04.pdf
14. Ibid.
15. Volkswagen Group and Google work together on quantum computers, Volkswagen, 2017/11/7: https://www.volkswagenag.com/en/news/2017/11/quantum-computing.html

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