最新動向/市場予測

エッジAI

TMT Predictions 2020

本章のテーマであるエッジAIチップは、日本企業にとってはまだどこか遠い存在のように見えているかもしれない。しかし、日本が追求するSociety 5.0の世界を実現するためには、その活用は今後の新しい製品・サービス開発において必須の検討事項といえる。

グローバル版:デバイスに搭載されるAI エッジAIチップが真価を発揮

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 Bringing AI to the device: Edge AI chips come into their own

エッジAI(TMT Predictions 2020 グローバル版)【PDF, 769KB】

日本の視点:エッジAIチップの将来展望と可能性

本章のテーマであるエッジAIチップは、日本企業にとってはまだどこか遠い存在のように見えているかもしれない。しかし、日本が追求するSociety5.01の世界を実現するためには、その活用は今後の新しい製品・サービス開発において必須の検討事項といえる。本稿ではエッジAIチップの必要性と、日本企業が導入にあたって取りうるアプローチを考察してみたい。なお半導体メーカーがAIチップを含む新たな半導体ニーズに今後どのように対応していくべきかについては、TMT Predictions 2020「多様化する半導体ニーズをつなぐエコシステムの形成」で取り上げており、本稿と合わせて参照されたい。

半導体アプリケーションの多様化とエッジAIチップの進展

まず、なぜエッジAIが必要になるのかという点から考えてみよう。AIの進展によって、交通渋滞等の都市問題、環境・エネルギー問題、労働人口の減少といった社会課題を解決しつつ、人々にとって豊かな社会が生み出されていくことが期待されている。例えば下記のような活用方法が考えられる。

  •  都市のスマート化(自動走行等における自律化したシステム、シェアリング等の新たな技術やサービスと、様々なデータを集約した交通動態や需要予測の精緻化など)によって、交通渋滞・騒音・環境・ごみ問題等の都市問題に対応していく
  • 地球レベルでのゼロエミッション化に向け、再生可能エネルギーやマイクログリッドなどの分散型エネルギーを実現する
  • 世界の各地域で激甚化・広域化する自然災害に対して、AIを活用し防災・減災システムを強化する
  • ウエアラブルデバイスによる健康状態のモニタリングや、遺伝子解析による潜在的な健康リスクの分析により、従来の医療にはない個々人に向けた新たな健康サービスの発展や、未病・予防医療による健康寿命の延伸を期待する
  • バーチャル空間とリアル空間の融合(AR/VRの進化)による移動・働き方等の従来の生活様式の変革、高齢化・人手不足を背景とした店舗や工場の無人化・省人化(センシング技術やロボティクスの進展)等

このような豊かな社会の実現に向けては、使用・提供されるデバイスとサービスが多様化していく必要があり、それぞれの用途に最適化されたエッジAIチップが必要となる。エッジAIチップは図表1のように3段階に進展していくと予測することができる。

エッジAI(TMT Predictions 2020 日本版)【PDF, 461KB】
図表1 エッジAIチップの進展ステップ
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例えば、社会インフラに利用する場合は、長期にわたる継続使用に耐えられる長寿命化や、特定トリガーでのみ作動するデバイス(例えば自然災害時にのみ動作するスリーパー化したものなど)、環境負荷の少ないデバイス等が求められるであろう。また、人体向けの利用においては、人体に影響のない素材や超小型化、有用寿命を過ぎると自然分解する等の特殊環境の実現が必要になると推察される。加えて、短サイクルでの製品リリースや製品開発のリードタイム短縮に伴い、短納期化の実現や生産方式・モデルの見直し(分散・現地生産+小規模化)も必要になってくることが想定される。

多様なアプリケーション(自動運転、ロボット、監視カメラ、AR/VR等)に対して、それぞれ必要とされる処理能力、消費電力、サイズ、コスト、Time to market等は異なるため、それを「汎用チップ」のみで全て実現することは難しくなる。より高度なニーズ・要求を実現するために、エッジAIチップは特定用途向けに最適化され(DSA:Domain Specific Architectureベースの半導体2)、市場はよりセグメント化されていくであろう。

さらにその先には、DSAの概念に留まらず、自社のデバイスやサービス及びそれらに組み込まれる独自のAIアルゴリズムに対して、最適化された半導体を開発すること(=独自のカスタム半導体の開発)で、さらなる豊かな社会・快適な生活の実現を目指すプレイヤー(デバイスメーカーやサービスプラットフォーマー)が増加していくことが考えられる。

デバイスメーカーやサービスプラットフォーマーの動き

DSAベースの半導体は、特定用途においては汎用化されているため、独自のデバイスやサービスを打ち出していくためには制約・限界が生まれる可能性が高い。豊かな社会を実現するという目的のもとでは、膨大な構造化・非構造化データを収集・処理する能力と、デバイス・サービスの特性・特徴に応じた仕様(消費電力、サイズ、コスト等)の最適化とトレードオフに関するニーズは、デバイスメーカーやサービスプラットフォーマーよって異なるはずである。

グローバル版本文でも触れているように、実際にApple、Google、Huawei、Tesla等は、以前は汎用チップを活用する立場であったが、立ち位置を変えて、自らカスタム半導体の開発者となっている。特に、セットメーカー(Apple、Huawei等)はスマートフォンにおけるAI強化に向けて自社によるチップ開発を拡大している。

他に積極的な動きを見せているのがAlibabaグループである。半導体設計子会社であるPingtouge Semiconductorを設立し、自社グループの製品・サービス向けに独自のカスタム半導体の開発を進めている3。その半導体を活用することで、グループで所有するECや決済のオンラインデータと自社経済圏の消費者データから、消費者の需要ニーズ・行動を予測し、さらなるビジネス拡大を図ろうとしている。(現行の半導体は汎用的な“過去”の需要・ニーズを満たすための思想に基づいて作られており、同社が想定する“潜在的”な需要・ニーズを満たす新たなサービスに最適ではないと考えていることが背景にあると推察する。)加えて将来的には、自社グループだけでなく、Alibaba経済圏を構成するクライアントやベンダーに対して、ニーズに合うチップを低コストで提供することにより、構成企業のビジネス拡大と、経済圏への新たな企業の参入の誘引(エコシステム拡大)を加速することを見据えていると考えられる。

他には、セットメーカーであるHP、メガプラットフォーマーであるGoogle、Amazon、Apple、Microsoft、半導体メーカーであるIntelとSamsung等は、スマートシティの本格化を見据えて、センサ等で人を感知し、AIによって処理・スマート化されたデータに基づき、人の需要・行動を予測して自律的にサービス提供を行うというAmbient Computingに既に取り組んでいる4

また、ソフトバンクグループは、AIを活用したユニコーン企業のうち特定分野のトップ企業に対して出資を行い、AIを軸としたファミリー企業群を形成している5。その分野は、交通(代表例Uber、以下同)、ロジスティックス(Delhivery)、金融(paytm)、医療(ROIVANT)のように多岐にわたっている。半導体分野では傘下に半導体IP大手Arm Limited6等の最先端テクノロジー企業があり、AIアルゴリズムの最適化や事業強化といった観点で今後のAI活用の方向性が注目される。

以上の動きを鑑みると、自社独自のカスタム半導体開発の実現が、デバイスメーカーやサービスプラットフォーマーにとっての競争優位性構築につながっていくと見ることができる。

独自のカスタム半導体開発に対する国内動向

前述のAlibabaやApple/Huawei等といった大企業は資金力があるため、自社での半導体開発に対する投資余力があるが、多くの中小規模のデバイスメーカーやサービスプラットフォーマーが取り組んでいくにはハードルが高い。

そのような中、国内では産学官連携の取り組みが始まっている。東京大学では2019年10月に「d.lab」(ディーラボ:東京大学大学院工学系研究科付設システムデザイン研究センター)を開設し、「データ駆動型システムのデザインプラットフォーム」の創出を目指した連携を図っている。

まずd.lab開設直後には、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)、産業技術総合研究所と共同で「AIチップ設計拠点」の運用を開始した。具体的には、東京大学キャンパス内にAIチップの設計・開発を実施できる施設を設け、小口需要者・スタートアップ向けに試験運用を行っている7。日本ではスタートアップを含む多くの企業がAIチップの開発に取り組んでいるものの、開発に必要なEDAツール、ハードウエアシミュレータ、標準IPコア等の利用が構想実現の足枷になる場合もあり、それを解消するための取り組みとして注目されている。

続く同年11月には、様々なシステムのアイデアを持っている会社が短期間で専用チップを開発・取得できることを目的として、台湾の半導体製造ファウンドリーTSMCと「先進半導体アライアンス」を締結し、両者が連携する形で半導体設計プラットフォーム「東京大学・TSMCゲートウェイ構想」を発表している8。この取り組みは、TSMCがオープンイノベーションプラットフォームとして用意する最先端プロセスに向けた設計環境“Virtual Design Environment(VDE)”をクラウド上に構築し、TSMCの先端プロセスを使った半導体チップの試作を可能にする形式である。本取り組みは、AI等を背景とした汎用からアプリケーション毎の専用デバイスへの移行というテーマに特化しており、従来TSMCにより提供されているサービス・サポート(大手ファブレスメーカー等に向けた最先端プロセスと量産サービスの提供)を享受できていない企業をターゲットとしている。

一方海外では、①新規の半導体需要者と半導体プレイヤ(半導体設計・製造、IP等)をマッチングするGoogleのようなWebサービス(例:AnySilicon(米国)9)や、②カスタム半導体が必要なプレイヤーに対する、システム要求から半導体設計・製造をフルターンキーで提供するサービス(例:VeriSilicon(中国)10/MooreElite(中国)11)等、カスタム半導体を対象としたプラットフォームビジネスが出現している。

海外の事例と比較すると、国内における上述のNEDOや東京大学の取り組みは実証レベルに留まる。日本の半導体企業はフラッシュメモリやイメージセンサ等の一部の例外を除き、最先端プロセスの開発競争からは撤退し、事業戦略の再考を余儀なくされている。しかし、エッジAIチップの流れは潮目を変える可能性があり、今後国内においても新たなプラットフォームビジネスが生まれてくる可能性がある。

国内のデバイスメーカーやサービスプラットフォーマーに向けて

ここまでの考察を通じて、カスタム半導体の開発は、デバイスメーカーやサービスプラットフォーマーにとっても、独自性のあるデバイスやサービスの追求と競争優位性構築の機会になると考えられる。現状では、自社の先進的なデバイスやサービスを満たす最適な半導体がないため、スペックやパフォーマンスの引き下げや、デバイスやサービスのローンチタイミングの先延ばしが起こっているケースは多々あると推察される。

グローバルの大手企業のように、自社で半導体技術者を抱え、自前でのAIチップ開発をしていくことも1つの選択肢であるが、今後市場として確立することが想定されるカスタム半導体向けプラットフォームやエコシステムとの連携・参画を通じた実現も有効な手段になりうるであろう。以下は国内の企業向けに想定されるオプションである。

  1. 既存の国家プロジェクトへの参画NEDOや東京大学等の既存プロジェクトに参画し、当該領域の情報収集や試作品作成等、リスクの少ない形での取り組みから着手する
  2. 既存プラットフォーマーへの参画半導体設計・製造をフルターンキーで提供する既存プラットフォーマーとの連携による、独自半導体の実現を目指す
  3. 新たなプラットフォームの形成他のデバイスメーカーやサービスプラットフォーマー、半導体関連プレイヤーと連携し、カスタム半導体向けプラットフォームを新たに形成・構築していく
  4. 自前でのチップ開発自社で半導体設計技術者を抱え、AIアルゴリズムの要求仕様を物理設計レベルまで落とし込み、ファウンドリーの生産に関する調整までを自前で実行する(難易度は最も高く、投資余力が必要)

エッジAI半導体は、決して遠い世界の話ではない。日本企業が自社の立ち位置からAIチップにどう取り組んでいくかという方向性や戦略を策定する際に、本稿が参考になれば幸いである。

筆者

中村 智行 Nakamura, Tomoyuki

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社

シニアマネジャー 

日系情報サービス会社を経て現職。電機・ハイテク産業を中心に、新規事業・サービス企画、経営管理・組織再編、業務改革、技術戦略等、幅広いプロジェクトを手掛けている。

1. 内閣府,”Society 5.0”, 2020/3/9アクセス:https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html

2. DSAについてはTMT Predictions 2020「多様化する半導体ニーズをつなぐエコシステムの形成」(P51~)でも解説している;
機械学習の推論用プロセッサが増加の一途、FPGAやGPU搭載SoCへの混載が進む, 日経エレクトロニクス, 2018/10/19:https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/mag/ne/18/00007/00032/

3. アリババが独自の半導体チップを発表 5G、AI、自動運転に照準, 36Kr
Japan, 2019/8/19: https://36kr.jp/23798/

4. 時代はアンビエントコンピューティングへ, Computor World, 2019/1/22: https://project.nikkeibp.co.jp/idg/atcl/idg/17/011100201/011100001/

5. SoftBank Vision Fund, “Portfolio”, 2020/3/5アクセス:https://visionfund.com/portfolio

6. ソフトバンクグループ,“ARM事業”, 2020/3/9アクセス:https://group.softbank/corp/business/arm/

7. AIチップ開発加速のための「AIチップ設計拠点」が稼働開始―設計・評価ツールの提供により、中小・ベンチャーのチップ開発加速を目指す, NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構), 2019/10/7:https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101211.html

8. 東京大学・TSMC 先進半導体アライアンスについて, d.lab(東京大学大学院工学系研究科 システムデザイン研究センター),2019/11/27: http://www.dlab.t.u-tokyo.ac.jp/press/191127index.html

9. AnySilicon, 2020/3 アクセス:https://anysilicon.com/about-us/

10. VeriSilicon, 2020/3アクセス:http://www.verisilicon.com

11. MooreElite, 2020/3アクセス:https://www.mooreelite.com/?lang=en

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