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AI変革 人工知能を使いこなす企業の条件

~日本の「働き方」はこう変わる~

多くの研究者が「2045年頃に人間の知能を超える」と予言するAI(人工知能)。果たしてAIは、社会と企業の仕組みにどんな変革を迫るのか。AI研究の先端を走る新進気鋭の学者と、産業人材政策のキーパーソンが 技術戦略の専門コンサルタントを相手に日本の近未来を語る。

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まだ見ぬ巨大市場を生み出すAIの強大なインパクト

長谷川 ある調査によりますと、上場企業約3600社のうち3割が、AI(人工知能)の導入を検討していると回答したそうです。しかし現実には、何をどうしたらよいかで足踏み中の企業が大半ではないでしょうか。そうしたなかで、AIによって企業経営はどう変わるのか、また変わるべきなのか、本日は考え直してみたいと思います。AI研究の専門家として、松尾先生はどのように見ておられますか。

松尾 確かに、一種のブームですね。日本の社会はこれまでITの重要性を本質的には理解してこなかったと思うのですが、今、ITをAIと言い換えることで、人の代わりにあんなこともこんなこともできるんじゃないかと、大きく想像が膨らんでいる。過剰な期待は禁物ですが、重要性が認識されてきたのはいいことだと思います。

伊藤 経済産業省では、つい最近、松尾先生にも参画いただいて、AIやIoTなど第4次産業革命に適応するための羅針盤となる「新産業構造ビジョン」を発表しました。審議の過程で浮き彫りになったのは、サイバー空間におけるバーチャルなビッグデータの獲得競争では、日本勢は惨敗したということでした。しかし、「リアルデータ」の世界ではまだまだ勝負できると。

松尾 そこで私が注目しているのが、ディープラーニング(深層学習)という、これまでは困難とされてきた人間の知覚や表現を機械に学習させる技術です。簡単に言うと、機械が「眼」を持ち、すなわち優れたセンサーによってリアルな世界を認識し、そこで集めたデータを基にAIが自ら学習してロボットを動かす、というもの。すると、まったく新しい巨大な産業が立ち上がり、動力系の機械に強い日本にも勝ち目が出てくるかもしれない。

伊藤 松尾先生もよく例えに出される「カンブリア爆発」ですね。

松尾 はい、眼を持つ生き物がカンブリア紀に現れたことで、それ以降の生物の生存戦略が一変し、種の多様化が始まったという説。同じことが産業界で起きる可能性があるのです。考えてみれば、人間がすることの大部分は眼を必要とするもので、機械では見えないがゆえに自動化できないことが多かった。その部分で今後、大きな変革が起きるのではないかと思います。

長谷川 認識技術でいうと、欧米で先行する自動運転などが思い浮かびますが、日本が強みを発揮できそうな分野となると具体的にいかがでしょう。

松尾 農作物の収穫や建設現場の溶接などいろいろ考えられますが、私が推しているのは食、調理ロボットです。例えば、外食産業で顧客の表情から味の好みを読み取るAIと調理の自動化が結びつくと、旅先の店でも「自分の味」で料理が食べられたり、アレルギーや健康状態、宗教的な制約に合った料理が自動的に出されたりすることが起こり得ます。これは家庭での炊事や買い物といった無償労働市場の掘り起こしとも相まって、凄まじい規模の産業が出現する。その市場が2000兆円とも3000兆円とも囁かれていますが、実はほとんど知られていない。まさにブルーオーシャンです。

伊藤 リアルなデータとモノを動かす技術の組み合わせ、日本が得意とする「ソフトとハードの融合」ですね。
 

AIをテコに動きだす日本企業の「働き方改革」

長谷川 では、そのために企業や経営者にどんな変革を期待しますか。

伊藤 AIをめぐる議論の一つに「人工知能と人間はどちらが勝つか」といった対立の構図がありますが、これはもう当てはまらないというのが、先ほどの審議の場でも確認されました。そうではなく、「AIを活用して高い付加価値や創造性を実現できる人」と「それができない人」の構図、つまるところ「人間対人間」なんですね。そうすると、AIを使いこなす側に回るための鍵となるのが、教育と人材投資であることが見えてきます。

松尾 特に、AIの分野は若い世代が圧倒的に強いということを会社が理解して、その力を活かして価値に変えていかなくてはいけない。それがうまくできなかったことに、日本のITが惨敗した一因があるように思えます。

長谷川 革新的技術を使って社会課題の解決に取り組んでいる「シンギュラリティ・ユニバーシティ」というのがシリコンバレーにあります。デロイトとはストラテジックパートナーの関係にあるのですが、先日訪ねてみたところ、次世代のAI人材を生み出すのに企業はいかに投資すべきか、という議論が白熱していました。

松尾 「錦の旗印」とでも言いますか、AIをある種の引き金として、今までの社会課題を一気に解決する気運は大事ですね。人材の育て方や働き方も、そのいい題材になる気がします。

伊藤 経営トップの方々は、競争力の源泉が「人財」に移ったという認識を明確に持つ必要があります。仕事のどの部分をAIにやらせ、どこを人間が担うかの「仕分け」に、高度な判断が求められるようになるでしょう。

長谷川 価値を生んでいる部分を見極め、そこにしっかりと人間が関与するような組織のあり方ですね。

伊藤 そうです。そのために職務を明確化し、外部人材の活用や兼業・副業を含む「多様で柔軟な働き方」を選択肢として実現すること、また仕事の単位が企業からプロジェクトへと移りゆく現実に応じて、時間や年功ではなく「成果」で評価することも大事なポイントです。そう考えると、AIをフックに実現する「働き方改革」は、「経営改革」そのものだと言えます。
 

AI変革をサポートする産学官の連合体を日本から

長谷川 社会課題の解決、そして人材開発となりますと、企業だけの問題では終わりそうにありませんね。

松尾 そう思います。IT系の研究は、産業界との連携なしではもう成立しなくなりました。大学でも企業でも技術を基に収益を生み、それをまた技術に再投資する仕組みをつくったチームが勝つし、それを可能にする連携体系、いわゆるエコシステムが必要です。

伊藤 同感です。関係するプレイヤーが縦割り構造のタコツボに収まったままでは、データ量とスピードが勝負のこの競争には絶対に勝てません。

長谷川 実はそうした各界の声に呼応しまして、デロイトがオランダですでに、企業と社会の変革を支える連合体として「High─Tech Competence Center」を運営しているのですが、そのアジア版が今年、日本で発足します。各業界の変革リーダーとなる方々をつないでコミュニティをつくり、そこを拠点に小さくてもチャレンジングな実験を積み重ね、成功事例を生み出そうという試みです。

松尾 具体的な事例を出すことは極めて重要ですね。とかく真偽が怪しいAIの世界で経営者が本物を見抜くためにも、事例の可視化が必要です。

伊藤 加えてトップやミドル層自身が、人任せではなく、自らAIやデータを見極めるためのリテラシーを身につける、そんな必要性も高まっています。

長谷川 人工知能を切り口に、日本を前に進める企業の条件が見えてきたようです。ありがとうございました。

 

松尾 豊 氏

2002年東京大学大学院工学系研究科電子情報工学博士課程修了。独立行政法人産業技術総合研究所研究員、スタンフォード大学客員研究員などを経て、14年より現職。専門は人工知能、Webマイニング等。

伊藤 禎則 氏

東京大学法学部卒、コロンビア大学修士、米国ニューヨーク州弁護士。1994年経済産業省入省、エネルギー政策、大臣秘書官等を経て、2015年より現職。経産省の人材政策の責任者。働き方改革、経営リーダー人材育成指針等を担当。

長谷川 晃一

外務省及び日系メーカー関連会社を経て現職。電機メーカー・ITにおける事業戦略・業務改革に従事。選択技術領域、技術戦略、新規事業開発などに強み。

 

High-Tech Competence Center

企業と社会の変革をサポートするHigh-Tech Competence Center
─日本から世界へ、2017年発足─

AIなどによって社会環境の変化が加速化し、さまざまな仕組みが複雑化するにつれ、プレイヤー単独では対応しきれなくなると同時に、多様な視点から新たな価値を共創する必要が高まっている。

こうした背景の下、デロイト トーマツ グループではオランダに続く第2の産学官連携エコシステムを日本に開設。コミュニティとラボラトリ、2つの機能で組織の変革支援に乗り出した。

High-Tech Competence Centerに関するお問い合わせjp_tmt_htcc@tohmatsu.co.jp 

伊藤 禎則 氏(文中:伊藤)
経済産業省 産業人材政策室 参事官

松尾 豊 氏(文中:松尾)
東京大学 大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 特任准教授

[ファシリテーター]
長谷川 晃一(文中:長谷川)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー

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