Deloitte Digital Cross/空の産業革命は実現するのか

  • Digital Organization
2022/6/8

「Deloitte Digital Cross」は、社会の様々な領域のエキスパートの方々との対話を通して、デジタルがもたらす可能性に気づき、新たなエクスペリエンスを生み出すヒントをお届けする連載です。

今回は、東京大学工学系研究科スカイフロンティア社会連携講座等を中心に新しいモビリティと社会との統合の推進に従事されている中村裕子特任准教授に、デロイトにてAIやロボティクス、メタバース等の先端技術の取り組みをリードする森正弥とデロイト デジタルのメンバーである若林理紗がインタビューを行いました。航空業界のこれからのポテンシャルと挑戦とは。

「空の産業革命」は実現するのか

若林:まず、中村先生はどうして航空産業に関心をもったのでしょうか?

中村:これまでの経緯を簡単に説明すると、フランス留学から帰国した後、自動車会社に就職しました。とてもやりがいを感じていたのですが、携わっていたのが高級車で、とても購入できない。どうせ買えないのなら飛行機に携わりたいと思ったんです。

そんな中、50年ぶりに国産飛行機を開発するという話を耳にしました。国産飛行機の開発は、単にメーカーだけが頑張ればいいというものではなく、日本の航空業界の構造自体をアップデートしなければなりません。環境問題や国際標準化活動などの協調領域にどんどん参加して、積極的に国際的な対話をしていく必要があります。そこで、東京大学に1つのプロジェクトが立ち上がり、国内外の関係者を繋げての様々な活動をはじめました。

中村 裕子|Hiroko Nakamura

東京大学工学系研究科スカイフロンティア社会連携講座 特任准教授
東京大学工学系研究科環境海洋専攻修士課程在学中に、パリ中央工科大学校産業システム工学ダブルディグリーコースへ留学。現地メーカー企業でインターンの後に帰国、上記修士課程を修了。自動車会社勤務を経て、2009年、当時事業化が始まったばかりの国産ジェット機開発を応援すべく、東京大学総括プロジェクト機構(航空イノベーション総括寄付講座)へ。2013年、工学博士(東京大学/技術経営工学)取得。

若林:スカイフロンティア社会連携講座は、どのような取り組みになるのでしょうか。

中村:もとは、航空産業の創成と空の有効活用を目指した「東京大学航空イノベーション総括寄附講座」というプロジェクトになります。そのプロジェクトで国産機の応援をする中、2015年に首相官邸で無人機のドローンが落下する事件が発生しました。ドローンの安全規制と環境整備が強く求められていましたが、同プロジェクト内で有人機と無人機の議論を同時に進めることは難しいため、無人機や新しいモビリティにフォーカスをした新しい産業革命を実現するプロジェクトとして、新たに「スカイフロンティア社会連携講座」が立ち上がりました。

スカイフロンティア社会連携講座には、機体を開発しているメーカーや機体の安全運航のためのシステムを開発している企業、オペレーター、安全認証を行う組織、ベンチャー企業など多くのステークホルダーが参画し、ドローンによる物流や地域に必要なサービスを提供できる環境整備を行う活動をしています。

森:現在、ドローンや空飛ぶクルマが注目されており、空の産業革命や空の移動革命がおきるといわれています。これまであまり使われていなかった空に、自由にアクセスできるようになれば、新たな価値が生み出されるでしょう。これからどうやって「空の産業革命」を進めていくのでしょうか?

中村:確かに期待は高まっているのですが、実現は容易ではありません。「革命」を実現するには、多くの関係者が文化を変えていく意気込みでさらに努力する必要があると思っています。

国のロードマップでは2025年の大阪万博ではデモンストレーションのフライトをすることになっており、ドローンを使った物流は2022年から2023年にかけて始まるといわれています。しかし、実際に街にはドローンは飛んでいないし、空のイノベーションが起きそうだという実感はありませんよね。

ここで気をつけるべきは、制度設計や飛行許可と社会実装の間には、大きな差があるということ。市場を作るのは事業者です。空の産業革命を実現し、サービスを作っていくためには、技術的な安全性を担保した上で、経済性なども考えていく必要があります。それらを混同し、「ルールが決まったらすぐイノベーションが起きる」という感覚で話を進めてしまうと、現状との違いに失望する人も出てくるでしょう。そういったことがないように、私たちはいま、頑張って活動をしています。

森:2015年に、日本はドローン物流を3年以内に可能にするという目標を掲げていましたが、ドローン物流はそんなに簡単には実現しないということでしょうか。

中村:そうですね。ドローン物流は「応用編」となります。他国をみると、たとえば小型のドローンで鉄道のインフラを点検するというように、目視外で自動飛行させてもリスクが限られる用途から実証を始めています。その知見を生かしつつ、次のステップにいくために必要なデータを検討し、実証を重ねているのです。このようにデータを積み上げていくことで、何が可能になったのかということをロジカルに説明できるようになる。日本でも、もちろん農業や建築現場などでのドローンの導入は進んでいますが、点を集めるのではなく線を延長していく、そういったアプローチが重要だと思っています。

他にも、ドローンを利活用する際に必要なインフラ整備に対して、誰が投資するのかという課題があります。ドローンはLTEを使って情報のやり取りができるようになっていますが、人が住んでいない山間部にLTEの基地局はなく、ネットワークを使うことができません。これではドローンの安全を保証できません。

ドローンの物流を考えると、人が住んでいない場所にもLTEが必要になります。さらにLTEは、地上にいる人たちに対してサービスを提供するために設計されるため、上空を移動するドローンの安全を保証することが難しいという課題もあります。携帯電話会社ともタッグを組み、そういった課題を解決していく必要があるでしょう。

森:通信インフラやネットワークなども考えていくとなると、関係者の数も多くなりますね。一つ一つ整備していかなければいけないという意味では、非常に大変な作業だと思います。しかし、それによって新しい価値を社会に提供できれば、投資を回収することができる。そのことを、きちんと整理していく必要がありそうですね。

森 正弥|Masaya Mori

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員
Asia Pacific先端技術領域リーダー / Deloitte Digital パートナー

中村:未来のインフラに対して誰が投資するのかという課題を整理する作業は、非常に重要です。現在、個別の実証実験は行われていますが、費用を見ると、ケースによっては、1kgのものを1km移動させるには、数千円のコストがかかっていると思います。このコストを抑制し、スケールさせるには、通信インフラの整備に加えて機体の位置を管理し、衝突を回避する運航システムについての検討をする必要があると思います。

日本の技術力を世界の舞台で生かすために

若林:先ほどの海外の先行事例など、中村先生は国内外の動きを注視していらっしゃいますが、日本の実状はどのように見えているのでしょうか。

中村:国内の事情に最適化しすぎており、国際協調をどこまでやっているのかが見えてこない部分があります。もっと海外を見て行く必要がありますし、海外で鍛えられた技術を国内にどう取り込むかという視点も必要だと思っています。商社の中にはM&Aをしている所もありますが、そこで学んだことを使い、もっとすごいものをつくろうという気概というか、海外から学ぶ姿勢があればいいのに、と正直感じています。

現在、ドローンは何かを運ぶといったローカルな視点での話題がほとんどかと思いますが、機体の開発や周辺サービスの開発という視点では、すでに国際競争が起きています。航空機産業の成熟度とドローンや空飛ぶクルマ分野での競争力は、直結しているんです。そういった意味での「焦り」や、どうやってアップデートしていけばいいのかということを皆さんと分かち合いたいですね。

航空機産業は、これまで日本ではさほど重要視されていなかったのではないかと思います。もちろん、飛行機に乗る、とかエアラインの存在は揺るぎないですが、ボーイング787の3割近くの部品を日本が作っていたり、世界に誇る重機メーカーが存在していたりと、日本の製造面での存在感は、一般的には知られてないことだと思います。その存在感が、国の予算採りなどにも直結していたかと思います。航空機産業において、外貨を獲得できる技術を確保していくには、国際協力が不可欠です。ドローンや空飛ぶクルマ分野でも同様です。広く航空機産業において、世界を舞台にして競争力をキープしていくための戦略立てが非常に重要だと思っています。これからは、そういうことも伝えていきたいですね。

森:すると、中村先生の役割は、ドローンや空飛ぶクルマを“大化け”させていく触媒ということになりますか。

中村:それは言い過ぎな気がしますが、目標ではある、と意欲は見せたいと思います。私自身にはエンジンや空力の知識はあまりありません。しかし、どこに向かっていけばいいかということや、それに対して皆さんが答えを持っているということは知っています。だから私は、その答えを引き出す触媒になりたいと思っています。

森:中村先生の活動には、日本のいろいろな課題の解決法やヒントが眠っているのではないかと感じています。

中村:ドローンや空飛ぶクルマをどう利用していけばいいかを考えるには、今までなかったインフラを築いていこうという発想が必要ですよね。

それには、今まであったインフラやルール、文化とどうやって統合していくのかを考える必要があります。しかも「安全に」というところには、大きなチャレンジがあります。このプロセスは、日本でイノベーションを起こすにはどのような観点が必要で、どこと繋がっていけばいいのか、海外とどのように連携すればいいのかを学ぶ必要があります。

その観点でドローンを見ると、ハードウエアやソフトウェア、レギュレーションなどが、カテゴリーの境界を越えて繋がっていくことがわかります。

森:多様なプレーヤーによるコラボレーションが重要かと思いますが、それを実現していくうえでもデジタルの力は役に立っているでしょうか?

中村:オンライン会議が開きやすいことは、継続の力になっていますね。日程調整も以前よりも簡単になりました。会議の移動時間入りませんもんね。また意外にも出会いも増えています。たとえば、ドローンを使うには、騒音が問題になったり、敷地が必要だったりするので、地域の人たちも重要なステークホルダーになります。そこで、地域の人たちに対してドローンを「いいものだ」とただ一方的にアピールするのではなく、地域で必要なものを自分たちで計画して築いていく体勢を作っていこうとしています。現在は地域ネットワークを立ち上げていますが、そのきっかけになった欧州の都市が加盟する自治体連絡会「アーバンエアモビリティイニシアティブ都市共同体(UIC2:UAM Initiative Cities Community)」との出会いもデジタルのおかげです。

また、デジタルを活用しながら自治体の方と活動し、さまざまな問題提言などもしています。デジタルを使うことで周囲との垣根が低くなり、距離が縮まっていると感じています。

若林:これまでは、デジタルは生産性や効率を向上させるといった話題が多かったのですが、社会課題を解決していきたい人を繋げるプラットフォームとしても不可欠ですね。

若林 理紗|Risa Wakabayashi

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
Deloitte Digital スペシャリストシニア

中村:そうですね。フラットに地域の人と交流する場を用意し、そこで運用に関する議論を重ねていくことはとても重要です。

居住区の上空をもっと活用しようという議論がある中で、住民たちの声が取り残されているのは大きなテーマです。先程のUIC2のメンバーのハンブルグでは、住民と空を含む地域モビリティのあり方を議論するアプリがあるそうです。海外には非常に示唆に富む先進事例がたくさんあり、またそれがデジタルで共有もされているので、学べることがたくさんあります。

若林:私はSDGsについての取り組みをしていますが、地域住民など当事者の声から課題を抽出し、それを解決するための整理をしていく必要があるというお話は、全く同じだと感じます。

中村:ドローンを使った物流という具体的なミッションだけでは、不十分ですよね。そこに「それを実施してその地域は良くなるのか」という要素が欠けていては意味がない。結局、地域がどうなりたいのか、課題は何か、国や自治体のお金を使う正当性はなんなのかということは、常に考えていく必要があると思っています。

国内だけではもったいない、目指すべき国際標準化

中村:標準活動、標準規格に関する活動も重要です。主要な標準規格団体とオンラインセミナーを開き、「日本の皆さんの参加をお待ちしています。もし興味があれば中村にメールをください」と言いましたが、反応はありませんでした。経産省も国際標準化の活動に参画してほしいといっていますが、そういった活動をしている企業はほとんどありません。参加しなければルールが作れないということが、まだ理解されていないのかなと悔しい思いをしています。

森:標準化活動に参加することが情報漏洩に繋がると危惧している企業も多いのかもしれません。また、それがいつお金になるのかという部分も気になっているのかもしれませんね。

日本の場合、ISOのように実際に標準化されたことについては、会社や業界を超えてコミュニティを作り、支えていくことは得意です。しかし新しい分野で標準化のルールを作っていくことに関しては、どうしていいのか分からず、手探りになるということは多そうです。

中村:それでも、世界と日本とをつなげていきたいという思いがあります。海外の団体とコミュニケーションするなかで、日本への期待や恐れなどがあると感じています。日本には競争力のある自動車メーカーがありますし、彼らはその動向がとても気になっているようです。自分たちが作っている団体に、日本人も参加して欲しいと考えているところも少なくありません。窓口は開いているので、使わない手はないと思います。

現在、ドローンや空飛ぶクルマの市場性は未知数ですが、国内だけの取り組みだけではもったいない。グローバルで「マス」を稼いでいけば、信頼性を高めることにも繋がりますし、日本のブランドを使って市場を開拓し創っていくチャンスもあるでしょう。

今目の前にあるのはイノベーションそのもの。それを統合的なシステムとしてとらえ、広い視野を持って取り組み、海外に売り込んでいくことができるのです。いずれは国内にも戻ってきますし、大化けする可能性を秘めていると私は信じています。

PROFESSIONAL

  • 森 正弥/Masaya Mori

    デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

    外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て現職。
    ECや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。世界各国の研究開発を指揮していた経験からDX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みを持つ。CDO直下の1200人規模のDX組織構築・推進の実績を有する。2019年に翻訳AI の開発で日経ディープラーニングビジネス活用アワード 優秀賞を受賞。

    東北大学 特任教授。日本ディープラーニング協会 顧問、企業情報化協会 AI&ロボティクス研究会委員長。過去に、情報処理学会アドバイザリーボード、経済産業省技術開発プロジェクト評価委員、CIO育成委員会委員等を歴任。

    著書に『クラウド大全』(共著:日経BP社)、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『大前研一 AI&フィンテック大全』(共著:プレジデント社)がある。

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