最新動向/市場予測

Tech Trends 2016 - 実用段階に来た拡張現実とバーチャルリアリティ

新しい世界から見るビジネスの変革

拡張現実(AR)およびバーチャルリアリティ(VR)のソリューションが市場に現れ、モバイル端末のウエアラブル型へのシフトが加速し始めている。AR/VRは、長きにわたってSFの世界の出来事であったが、テクノロジーの急速な進歩により、ビジネスプロセスやカスタマエクスペリエンスを抜本的に変革する力を持ち始めてきた。

ユーザインターフェースの進化

日本のコンサルタントの見解

本当に我々のビジネスに役立つのか?

ここまで海外の先進的な事例などを目にしてきた日本の読者のみなさんは、きっとこうした疑問をお持ちのことと思う。なぜならば、メディアが騒ぎ立てるほど、身の回りでARやVRを感じる機会は決して多くはないのだから。ましてや、多くの企業はデバイスやゲームの開発メーカーではない。AR/VR関連のマーケットがどこまで拡大するかということよりも、自社の成長にどのように寄与するのかに関心があるだろう。

ここでデバイスの普及状況に目を向けてみよう。スマートウォッチに代表されるウエアラブル端末について、2015年時点の国内販売台数は約80万台で、今後5年で5倍程度に増加する見込みとされている*。

ただし、スマートウォッチや活動量計のような小型デバイスに比べると、VRを実現する手段と考えられるヘッドマウントディスプレイ(HMD)は、現時点でも2万台程度、数年後でも20万台に届くかどうかとの予測に留まる。2016年頭には、フェイスブック傘下のOculus VRが、数百ドルで購入できるヘッドマウントディスプレイ端末「Rift」の予約を開始した。ソニー・コンピュータエンタテインメントのゲーム機「PlayStation VR」も、2016年上半期でのリリースを控えているなど、積極的な動きも垣間見える。その一方で、Googleが「Google Glass」の一般消費者向け販売を停止するなど、デバイス供給側の動きが全面的に熱を帯びているわけではない。これについては引き続き注視が必要といえるだろう。

VRか?ARか?

こうした黎明期において、私たちのビジネスには、具体的にどのような活用モデルが考えられるのだろうか。前述のデバイスの浸透度を考えると、ゲームや映像の愛好者に一定の需要があるとはいえ、個人が保有するHMDを媒体とした「VRマーケティング」や「VRサービス」といったものを提供することは考えにくいだろう。一方、現実空間に仮想的に情報を付加するARについては、VRよりも適用する敷居は低い。スマートフォンやスマートウォッチなどの普及によって、アプリケーションの導入とインタラクティブなデータ送受信が容易であるためである。
例えば、消費者の関心を惹きつけ、長期に渡ってその製品に対するロイヤリティの向上につなげるような取組みは、国内においても始まっている。身近なところでは、お菓子についた二次元バーコードの情報をスマートフォンで読み取り、ゲームを起動させるといったものが、大手食品メーカーから既に市場に投入されている。「ARがあるからものを買う」、という動機づけにはなりにくいが、単にお菓子を口にするという行動だけでなく、買い手と売り手がその世界を共有し行き来するためのコミュニケーション手段として、活用している一例といえる。

「時間を超える」ノウハウの伝承

一般消費者にとってはまだ身近な存在とは言えないHMDも、ビジネスの現場では活用の道筋も見えてきている。鍵は「時間を超える」である。

例えば、製品の組み立て作業や物品のピッキングといった領域においては、オートメーションやロボット化が進んでいる一方で、依然として人間の手に頼らなければならない部分も多い。こうした場面では、作業の手を止めてマニュアルを参照したり、熟練者に確認したりということが従来のスタイルであった。これに変わって、VRやARの技術を使い、必要なタイミングで必要な参照情報を表示したり、次の手順を伝える、あるいは作業状況について良し悪しを判断し、音や光でフィードバックを与えたりといった取組みが始まっている。代表的なものとしては、工具でねじを締める強度を数値化し、これをデバイスやディスプレイを通じて作業者にフィードバックするといったことである。特に日本では高齢化が進み、熟練した作業者が少なくなりつつある。単に暗黙知を形式知化してデータに残すということに留まらず、感性やタイミングといったノウハウの継承という、世代を超えた取組みに活かすことができるのである。

こうした適用モデルは、もの作りの世界でなくても考えることができよう。例えば、銀行や保険の事務作業においては、キャッシュレスやペーパレスが進んでいるとは言え、未だに人手による事務作業が大量に残っている。シェアードサービスやビジネスプロセスアウトソーシング(BPO)といった外部化も手段の1つではあるが、それでも本社や支店の業務として残る部分は多い。こうしたケースで、熟練者の視線や手の動きをデータ化することは、高齢化への対応に留まらずスキルの底上げという教育手段としてAR/VRを使う有効な手立てになると考えられる。

「未来」を買う

「時間」は先にも進めることができる。例えば家を買う場合、多くの人が展示場でモデルハウスを見たり、サンプルやカタログで色のバリエーションを確認したり、CADなどでシミュレーションする。現在はこれが主流である。しかし、VRやARを使うことで、実際に完成した時点に身を移すことができたらどうであろうか?図面ではわかりにくい部屋内部の空間の広がりを感じてみる。その地域の気象データと重ね合わせて、窓の外の様子を変化させながら、昼や夜あるいは曇りの状態での外観や内装の見え方、雨の音を確認する。周辺道路の交通量などの情報を取り込み、あたかも建った後の部屋の中にいながらにして、朝晩の車の騒音レベルを確かめる。そういった新しいアプローチが今や手に届くところに来ている。建築後だけでなく、20年後、40年後といった経年変化を知ることもできよう。こうした圧倒的な情報量を多面的に用いて次元を超えた経験をすることが、購入時のオプションの追加や、そのメーカーを選択すること、あるいはそもそもの家を買うという購買行動自体に有効に働きかけることは間違いない。

今回ご紹介したように、国内外を問わず、既に実際のビジネスでの適用事例も登場している。だが、様々な技術要素が散在し、多くのプレイヤが混在する中で、どのようにアプローチすべきか、何から手をつけるのかがわかりにくいのも実態である。忘れてはならないのは、人ありきの「Reality(現実)」が主であって、AR/VRはこれを補う1つのツールという点だ。デジタル戦略やIT投資を考える過程において、これらのテクノロジーをどう取り入れていくかについては、経営戦略との整合性確保やビジネスプロセスの再構築も含めて検討することが大切である。
 

* 野村総合研究所 ICT・メディア産業コンサルティング部「ITナビゲーター 2016年版」

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