ナレッジ

イネビタブルアーキテクチャ

「複雑さ」は「シンプルさ」と「柔軟性」への道を開く

イネビタブルアーキテクチャは、技術革新と成長を可能にする柔軟なソリューションの迅速な開発と展開をサポートするために必要となる基盤を提供する。新技術を取り入れ、システムアーキテクチャが絶え間なく進化することで、ビジネス戦略の展開スピードも速くなり、競争の差別化要因となり得る。

 日本国内におけるここ数年のIT技術の変遷に目を向けてみると、仮想化技術基盤による性能劣化に対する懸念やクラウド環境のセキュリティに対する警戒などを乗り切り、急速にクラウド環境をビジネスに活用する方向へと遷移している。

 そして、その流れは、クラウド環境を活用するだけにとどまらず、クラウド型システム基盤をより効率的に活用するために必要な技術や方法論が確立されつつある。例えば、アジャイル開発手法の定着、DevOpsコンセプト導入の加速、自動化技術によるシステム制御方式の確立、仮想環境におけるコンテナ技術の導入、セキュリティプラットフォームの進化などがあげられる。
 

スタートを乗り切る

 先進的なIT技術の導入に積極的な日本企業では、クラウド環境のビジネスへの活用をいち早く行ってきており、SFAやCRM、チャット、メールシステム、ファイルストレージなどのサービス系システムやシステム開発における開発環境、テスト環境、性能が担保されたERP運用環境など、既に幾つものクラウド環境が企業システムの中で活用されており、スピードやコストにおけるメリットを享受している。

 しかし、これらのクラウド環境の中には、必ずしも企業全体でオーソライズされた環境として使われていないこともあり、一定期間だけの活用や部門内のみでの活用といった状況も散見される。

 情報部門が、新しいガバナンスの方針を定義してコントロールを試みようとしているものの、活用が多種のクラウドサービスに跨っていることから、SLA、OLA、セキュリティレベルの統一化において、多くの苦労を伴うケースも見受けられる。

 また、歴史ある大企業やセキュリティの高い金融系の企業などにおいては、長い時間をかけて作り上げてきたセキュアで、企業システムにマッチする形に構築されてきたインフラ基盤(オンプレミス環境)が存在する。そのため、従来のインフラ基盤とクラウド基盤(商用クラウド環境)との間には、システムの認証方式や連携方式、アクセスルール、パフォーマンスなどの違いが存在し、クラウドを含めた統合環境実現のためのアーキテクチャ設計に多くの労力を払っている。
 

クラウドファーストを実現する

 Amazon Web Service、Microsoft Azure、GoogleCloud Platform、IBM SoftLayer、NTTコミュニケーションズ、KDDIクラウドプラットフォームサービス、Fujitsu Cloud Service K5など、国内においてクラウドプラットフォームサービスを展開する事業者も年々増加している。

図: クラウド基盤(IaaS/PaaS)サービス市場規模推移と予測
出所: 矢野経済研究所「クラウド基盤サービス(IaaS/PaaS)市場に関する調査」

注1: 事業者売上高ベース
注2: 市場規模にSaaS(Software as a Service)を含まない
注3: 表中のCAGRは2013年から当該年までの年平均成長率
注4: 2016年以降は予測値


 このような状況の中、スピードやコスト、最新のコアスタックの活用による競争力のあるビジネスのためのIT戦略の実現を行うためにクラウドを優先的に検討する「クラウドファースト」を方針として採用し、Applicationサービスの利用のみならず、企業のインフラストラクチャとして利用するクラウドの時代を迎えている。

 クラウドとオンプレミスの設計コンセプトには、幾つかの違いがあることからクラウドプラットフォーム固有の特性を理解することが大切になる。クラウドのインフラストラクチャ環境は、仮想化技術を中心に新しい技術や最新のコンセプトを導入し、独自の進化を続けている。 

連携方式:オープンスタンダードによるメッセージ交換方式のSOAPやRESTを使ったAPI経由での連携を行っている。また、クラウドからオンプレミスへの連携の際には、クラウドに登録された証明書の第三者証明機関による認証をもって、アクセスコントロールを行うなどクラウド側とオンプレミス側のリスク低減の仕組みが構築されている。 

認証方式:異なるインターネットドメイン間で、ユーザの認証を行うオープンスタンダードのSAMLなどによるフェデレーション技術を用いてトークン認証を行い、クラウドへのシングルサインオンを実現する。 

サービスレベル:SLAにより明確に定義されるため、基本的には個別の対応などを行うことはなく、各クラウド事業者はサービス全体の規模の論理による経済効果を出すために必要となるサービスレベルが確保されたサービス提供を行っている。 

運用:環境全体のバックアップ取得や各種ログの記録はクラウド側にて行うため、利用者独自のリアルタイム監視の実施などは難しくなっている。

 これらの様なクラウドの設計コンセプトを十分に理解して、自社のインフラストラクチャとしての活用を行う必要がある。

 各々の企業においては、通常、長年にわたって作り上げてきたオンプレミスのインフラストラクチャ環境を保有している。これらのインフラストラクチャ環境を意識せずにクラウドプラットフォームの活用を行った場合、インフラストラクチャ環境に係る幾つかの課題を抱える可能性がある。 

ネットワーク:インターネットのWebブラウジング程度のみを想定した一般的な企業においては、インターネットへのネットワーク帯域の輻輳が発生する可能性がある。 

セキュリティ:セキュリティ実現方式の違いにより、現在のインフラストラクチャ環境では、統一的なセキュリティレベルを確保することができない可能性がある。 

他システム連携:連携の際に発生するパフォーマンスの遅延、クラウド側からのコールイントランザクションの処理連携や、シングルサインオンによる認証連携ができない可能性がある。

 こういった課題の発生を未然に防ぐためには、クラウドの設計コンセプトと現在のインフラストラクチャ環境の設計を確認し、綿密に計画を立案する必要があり、また、インフラストラクチャ以外にも、全体の機能配置を考慮して、サービス配置の検討を行うことで、クラウドファーストの実現をより確実に行うことができるであろう。
 

マイクロサービスアーキテクチャが重要成功要因となる

 クラウドファーストを実現するためには、オープンスタンダードや仮想化技術、コンテナ技術を用いて、自社の既存プラットフォームと新しいプラットフォームを疎結合させ、自社のシステムアーキテクチャの再構成を行うことが必要となる。また、アジャイルやDevOpsと言った新しい開発手法の導入および運用管理手法、運用の自動化を取り入れることで、仮想化基盤のインフラ制御をコードで行うことも可能になり、ビジネス戦略に基づくシステム企画から開発、運用までのスピードの加速させることができる。

 クラウドファーストの目的は、システムの開発速度を上げることではなく、戦略の実現と結果の取得というライフサイクル全体のスピードを上げることである。戦略の実現をサポートするための技術の進化に伴い、システムアーキテクチャの再構成が行われ、インフラストラクチャの運用基盤の成熟化が進むと、多くの企業では、サービスコンポーネント化、コンポーネントの分散コントロール、分散データ管理が行われる。

 従来は、複数ファンクションを一つのアプリケーションとして管理されたモノリシックなシステムを、複数のサーバに分散配置を行うことで、可用性や信頼性の担保を行っていた。しかし、現在では、マイクロサービスアーキテクチャ1 の採用により、アプリケーションをより小さなファンクションレベルのサービスオブジェクト単位に分解し、サービスオブジェクトをデプロイした複数のサーバでシステムを構成し、システムアーキテクチャ全体でアプリケーションの機能を実現することが可能となった。

 また、マイクロサービスアーキテクチャでは、必要に合わせて、ファンクションレベルのサービスオブジェクトを複数デプロイすることで負荷の高い部分のファンクションのみにフォーカスした効率的な対策を行うことができるようになる。さらに、戦略に基づく新しいファンクションの追加や改良もシステム全体に影響を与えることなく遂行できることになる。

 一方で、マイクロサービスアーキテクチャも万能なアーキテクチャではないことを意識しておく必要がある。分散数が多くなることで、システム全体のトランザクション量が増加し、処理負荷の増加によるオーバーヘッドの発生が考えられる他、リソースバランスコントロールも困難になる可能性があることを意識する必要がある。このような留意点は存在するものの、マイクロサービスアーキテクチャは、クラウドファーストを実現するための重要なキーサクセスファクターとなっていることは間違いない事実である。
 

1. マイクロサービスアーキテクチャとは、ThoughtWorks社のマーチン・ファウラーとジェームス・ルイスが2014年に最初に提唱したソフトウェアアーキテクチャである。従来のモノリシックなアプリケーションアーキテクチャを、ビジネス機能に沿って複数の小さいコンポーネント単位「マイクロサービス」に分割し、それらを連携させるアーキテクチャにすることで、迅速なデプロイ、優れた回復性やスケーラビリティといった利点を活用して、ビジネスの変化に強いアーキテクチャを実現しようとするものである。
 

最後に

 日本国内においてもクラウドのエンタープライズシステムへの浸透は、急速に高まっている状況にあり、今やクラウドファーストは「言葉の発生」から「実現への技術」へ、言い換えると、コンセプトや実証の段階は通り過ぎて、既に実用の段階に入っている。

 先進的なクラウドサービス企業のみならず、一般企業においても、エンタープライズアーキテクチャとして、クラウドを含めたシームレスなアーキテクチャの構築と活用を行う基盤作りは、ビジネス戦略の成功と企業の競争力を強く後押しすることになると考えられる。
 

寄稿者

デロイト トーマツ コンサルティング テクノロジー

須田 義孝 シニアマネジャー

大手通信キャリア、大手ソフトウエアメーカー、外資系・日系コンサルティングファーム等を経て現職に従事する。主にテクノロジー分野を中心に基幹業務システム設計、ミドルウエア・インフラストラクチャ等の設計等に関わり活動している。

 

 

お役に立ちましたか?