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第2回:売却推進体制の構築

事業再編・カーブアウトシリーズ:上場企業における事業売却の方法論~海外事業(工場)売却に際しての課題

事業売却の論点、アプローチ方法を小説仕立てで解説するシリーズ第2弾。今回は、東証プライム上場会社・大仏食品の経営企画部長である安倍氏が、業績不振のマレーシア工場売却を命じられます。安倍氏はどのように売却推進体制を進めていくのでしょうか。


登場する企業・個人等は全て架空の名称です。

主な登場人物

大仏食品株式会社:東証プライム上場企業(売上高:5,000億円程度)

  • 業種は食料品の製造販売であるが、消費者向け飲料事業、消費者向け食品事業、業務用事業、ヘルスケア事業等営む
  • 連結ベースの営業利益率は0.5%と、同業他社に比して低い状況であったが、近年事業ポートフォリオの仕組みを導入。メリハリある事業選別を実施してきた(前回連載記事を参照、第2回:事業売却の意思決定 事業再編・カーブアウトシリーズ:上場企業における事業売却の方法論~ある食品会社のケース
  • 10年前に東南アジアの消費者をターゲットとするべくマレーシアに食品加工工場であるDaibutsu Malaysia Sdn. Bhd.(以下「マレーシア工場」という。)を設立。しかし、ローカル化、輸入材料費高騰等の課題に直面しており、業績が芳しくない
  • 近年同社は、毎年10億円程度の最終赤字が発生し累損を抱えている状況

藤原社長:大仏食品の代表取締役社長
安倍部長:大仏食品の経営企画部長。藤原社長から特命事項があった場合に一心に対応しており、藤原社長からの信任が厚い
平部長:大仏食品の経理部長
源部長:大仏食品の人事部長
楠木部長:大仏食品の「マレーシア工場」の事業企画担当部長
 

デビット会計事務所

  • グローバルネットワークを持つ会計ファーム
  • 事業売却実務の知見・経験豊富である

聖徳氏:大仏食品に対する担当パートナー、大仏食品から経営全般の相談事項に対してアドバイスを行っている
蘇我氏:財務担当パートナー
物部氏:ターンアラウンド担当パートナー
 

ハリウッド証券

  • 大仏食品の「マレーシア工場」のファイナンシャルアドバイザー(FA)

 

どれだけのメンバーをアサインする必要があるのか

日を改め、デビット会計事務所の聖徳氏が財務担当パートナーである蘇我氏とともに安倍部長のもとを訪れた。今回は売却推進体制についての打ち合わせである。

安倍部長:「前回の消費者向け事業の売却の経験もあり、今回はある程度、イメージがわきます。まずはマレーシア工場担当の柏木事業企画担当部長、財務担当として経理部の平部長、現地側ではマレーシア工場の社長をアサイン(担当に割り振り)して検討を進め、プロセスが進む中で、これらのメンバーで対応できない実務的な課題が生じた場合に順次メンバーを拡充するといった進め方を考えています」

蘇我氏:「そうですか。ただ業績不振事業の売却案件ではなく、対象会社が一定の収益を上げており、かつスケジュールに余裕がある場合にはそのような進め方もあり得ると思いますが、今回の対象工場であるマレーシア工場は毎年約10億円の最終赤字が生じており早期売却を目指すわけですよね。また、現時点では赤字であるため、売却可能性を高めるために売却プロセスと並行して各種施策による根拠のある辛めの再建計画が必要だということは、前回お話したとおりです」

安倍部長:「はい、確かにその点は前回のミーティングでアドバイスいただきました」

蘇我氏:「各種施策とは、たとえば人的施策、工場の生産合理化、調達先の見直し等、多岐にわたります。それらを具体化し(施策、投資、支出、効果を定量化)、実際に実行に移すとなると、対応可能な実務メンバーのアサインが必要となります。また、短期での売却を目指すとなると各種施策と売却プロセスを並行して実行することになり、スケジュールは極めてタイトになります。そのため、適切な意思決定者・権限者、実務面での実行可能性を担保する担当レベルメンバーのアサインや、各種施策と売却プロセスの各タスクチームを束ねて推進する強力なPMO1 機能が必要になります。これらは本社側の意向を施策に反映し、意思決定の精度・スピードを高めるために、本社主導での推進が鉄則です」

安倍部長:「なるほどそうですね。考えが甘かったです。それでは、プロジェクトの立ち上げ時点から可能な限り本社側の事業企画部、経理部、各種施策に関連する部門の実務担当レベルメンバーのアサインを進めます。同時に、マレーシア工場側の現地実務メンバーのアサインも進めたほうがよいでしょうか?」

1: Project Management Office(PMO):プロジェクト活動全般を取りまとめ、プロジェクト全体の課題解決とプロジェクトの目的の達成のために分科会活動(後述)から生じた横断的な課題解決の支援を行う機能)

 

業績不振子会社の売却に際しては、情報管理が極めて重要

蘇我氏:「いえ、その点を検討するには、別の重要な検討要素である情報管理の認識が必要です。業績不振子会社にかかわる情報はレピュテーションリスクや従業員インシデントのリスクが高める可能性があるため、徹底した情報管理をすることが必須です。各種施策は従業員、取引先、政府といったステークホルダーに大きな影響を及ぼす可能性があるので、通常のM&Aプロジェクトに増して情報漏洩リスクに気を配る必要があるからです。たとえば、従業員の削減や給与カットといった施策が事前に漏洩した場合には労働問題に発展する可能性があり、プロジェクト推進の障害になることがあります。そのため、プロジェクトを円滑に進めるうえでは、関与者の範囲と情報管理のバランスをより慎重に検討する必要があります。業績不振事業の売却案件では、実務面のリソースを補完する形で外部アドバイザーを起用することも少なくありません」

安倍部長:「なるほど、これも考えが甘かったですね」

蘇我氏:「本件では対象会社が海外子会社であるマレーシア工場です。前回のプロジェクトでも議論がありましたが、一般的に海外の現地従業員による情報漏洩リスクが高いケースもありますので、その点では現地であるマレーシア工場の現地メンバー関与者は制限する必要があります。日本側からの出向者がいる場合には、まずは出向者からチームアップすることが望ましいと思います。

改めて整理しますと、貴社の体制としては本社主導のチームアップが望ましく、本社側では適切な権限者や実務メンバーをアサイン、対象会社であるマレーシア工場側ではより徹底した情報管理が求められるため、日本からの出向者を中心とし、現地メンバーは必要最低限とすることになるかと思います」

安倍部長:「ありがとうございます。よく理解できました。マレーシア工場の社長は現地採用ですが、この点で何かしら留意点はありますか? 本件を進めるうえで、社長のアサインは必要だと思いますが」

蘇我氏:「そうですね、社長の巻き込みは必須だと思います。一般論としては、社長が非協力的である場合にはプロジェクト推進のスピードが遅くなることもありますし、現地社長と御社の利害が一致しない局面が生ずることも考えられます。そのため、利益相反となる行動をあらかじめ契約で制限することも一つの対応策です。本件への協力を取り付ける目的でインセンティブプランを設けるという方法もあります」

安倍部長はデビット会計事務所 蘇我氏のコメントは理解したものの、実際の人員の選定、各部署との社内調整は容易ではなく、プロジェクト開始時のチームアップだけで気が重くなった。

 

どのような外部アドバイザーが必要になるのか

安倍部長:「外部アドバイザーについてもご相談させていただければと思いますが、貴社以外に前回お世話になったハリウッド証券をFAとして起用しようと思っています。他にはどのようなアドバイザーをどのタイミングで起用していくのがよいでしょうか?」

蘇我氏:「そうですね、今回の場合は、マレーシア工場の買手候補の探索に適したリレーションを持っているか、難易度の高い業績不振事業の売却案件や工場の売却案件といった経験があるか、などの観点でアドバイザーを選任するのがよろしいかと思います。マレーシア工場の買い手候補として、たとえば東南アジアのストラテジックバイヤー(事業会社)を優先的に想定する場合には、当該エリアでのリレーションやネットワークの有無も要検討ポイントになります。

また、各種施策や工場の売却という点では種々の論点があり、これらの経験の有無はプロジェクト進行や交渉にあたって重要な要素になります。経験の浅いFAの場合には、たとえばプロジェクトの初期で検討すべき重要論点が後になって判明し、プロジェクトの障害になったり、買い手との交渉で譲歩せざるを得ないことになるといったことも少なくありません。前回の案件でFAを担当したハリウッド証券さんであれば、これらの点を満たされているのではないかと思われますので、当社としてはそれで異存ありません」

安倍部長:「それを聞いて安心しました」

蘇我氏:「また、FAの業務範囲はIM(Information Memorandum)の作成、買手候補の探索、ストラクチャー検討、ディール交渉、各種ロジといったところかと思いますが、本件では各種施策の検討・実行やステークホルダー対応、リスクマネジメント等のタスクといった多岐にわたる専門実務が発生するため、各タスクの専門家をそれぞれ起用されることも有用です。たとえば、マレーシア工場で人員削減を実行する場合には、現地の人事制度・法務に精通した人事アドバイザーを起用することが望ましいです。

さらにはこのような案件では検討領域ごとの分科会やアドバイザーの数が多くなり、各ワークストリーム間の連携や進捗管理が極めて重要になるため、別途、PMO機能を担う外部アドバイザーを起用することも検討すべきではないかと思われます」

安倍氏:「ありがとうございます。とはいえ、正直申し上げて現時点で貴社、FA以外に具体的にどのようなアドバイザーを検討してよいかまだ判断がつきません。施策の検討もセットかと思いますので別途ご相談させてください」

蘇我氏:「当社のターンアラウンド(事業再生)部門の物部が、マレーシア工場の事業性評価(Independent business review)をサポートさせていただいた際に、3~4年で黒字化するための改善施策の積み上げも検討しておりますし、ぜひ、ご相談させていただければと思います。施策内容によっては、アドバイザー起用要否を含め、FAのハリウッド証券を交えて議論させていただいたほうがよいかもしれませんね」

安倍部長:「承知しました。ではまた別途日程調整させてください」

 

「第3回:売却の実現性・経済合理性の検証」に続く
 

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&Aトランザクションサービス
マネージングディレクター 野口 昌義
シニアヴァイスプレジデント 伊藤 謙

(2023.9.19)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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伊藤 謙/Ken Ito
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
シニアヴァイスプレジデント

大手監査法人にて監査業務、内部統制構築支援やIFRS移行等にかかるアドバイザリーに従事した後、FAS(Financial Advisory Services)子会社へ転籍。事業再生アドバイザリーに従事し、事業計画策定、銀行交渉支援、費用削減等を担当。2013年より、現 デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、財務デューデリジェンス業務のほか、カーブアウト案件におけるセルサイド支援業務や契約交渉支援、その他各種アドバイザリーサービス業務に従事している。

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