Deloitte Insights

デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2023 #10 人的リスクへの関心を高める 

人的要素に焦点を当て、リスクに応じて対応する

環境、社会、技術、政治、経済等の外部要因はビジネス上のリスクをもたらすことは自明だが、今日の仕事の世界の複雑さとダイナミズムが増している中、それら外部リスクが人間に及ぼす影響にも焦点を当てるべきである。企業内外に存在する広範な人的リスクを対象に、その予測・対策に組織全体で取り組むことで、リスクに直面した際のビジネス回復力や成果の向上につながる。

経営陣と取締役会は、環境、社会、技術、政治、経済等の外部リスクがもたらす不測の事態に対処する際、それらリスクの運用上および財務上の影響以外に、人的影響にも焦点を当てるべきです。人と組織全体それぞれの影響が大いに関連しているように、これらの破壊的リスクが人間に与える影響(組織の内部および隣接する組織の両方)は相当なものであることを理解することが不可欠です。これらの破壊的なリスクを人間視点で考えることは、リスクに直面した際のビジネス回復力、優れた成果、混乱の緩和、そしてその後の成功に繋がる、より効果的で情報に基づいた一連のソリューションを生み出します。

人的リスクに関して言えば、組織やシニアリーダーは、労働力に起因する事業に影響がある可能性のある限られた範囲についてのみ注視してきました。離職率、低い生産性、採用・リテンションの困難、規制順守等です。仮に人的リスクを広範に注視してきた組織やシニアリーダーであっても、一般的には、その中でまず念頭にあるのは、財務やオペレーションへ与える影響です。経営陣や取締役会が企業のレピュテーションや従業員への影響に焦点を当てることは、時折しか見られません。

「ほとんどの取締役会は、人的リスクを戦略的な問題として扱っていない」

– Mike Fucci Acadia Healthcare, Flotek Industries取締役、元デロイト会長


しかし、全てのリスクには重要な人的要素があります。 人間に大きな影響を与えるものもあれば、人間に影響を受けるものもあります。 これらは組織の短期的なパフォーマンス、長期的な存続可能性、評判、ブランドだけでなく、人間の職業生活や個人的な生活にも明らかな影響を与えるため、人的リスクと呼ばれています。

これら人的リスクの重大性を考えると、従来のリスク対策と同様の注意と投資が必要です。 しかし、デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド調査の結果によると、人的リスクに対する優先順位付けがいくつかの側面で欠けていることが明らかになっています。

  • 環境:気候変動と天然資源の可用性は、労働力だけでなく、仕事の需要、場所、労働環境を大きく変える可能性があります。グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド調査によると、今後 2~4年の間に組織が直面する最大のリスクは気候変動であると考えている回答者は、僅か18%でした。それにも関わらず、気候変動が就業場所、就業方法、労働者確保に影響を与えるという明確な兆候があります。
  • 社会:不正や不平等は職場だけに留まりません。 これらの社会問題は、労働者の仕事に対する価値観や組織への帰属意識に影響を与える可能性があります。デロイト・Z・ミレニアル世代年次調査2022によると、労働者の5人に2人が、社会的・環境的影響やD&I文化の価値観と一致しないという理由で、仕事を拒否しているといいます。しかし、グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンドの調査回答者のうち、今後2~4年で社会の不正や人種的不平等が労働力に大きな影響を与えると考えているのは僅か 12% でした。
  • 技術:データのプライバシーとセキュリティ、バーチャルワーク、および自動化は、ビジネスの健全性にとって不可欠ですが、人間によって行われる仕事のプロセスへ影響を与えるとともに、人間による労働力を必要とする職務の種類も形作っています。 しかし、グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンドの調査回答者のうち、今日の従業員が直面している最大のリスクはテクノロジーが人間に取って代わることであると回答したのは9%に過ぎませんでした。また、データプライバシーやセキュリティ等のサイバー リスクが従業員に大きな影響を与えると考えているのは僅か21%でした。
  • 経済:医療、食料、教育へのアクセスを含む所得格差の影響は、人々が仕事にもたらす能力と努力に影響を与えますが、このリスクが労働力に与える影響を認識している回答者は30%のみでした。
  • 政治:政府による規制および政治的二極化または対立は、労働者と組織の関係および労働者同士の関係に大きな影響を与えますが、今後2~4年でこれが労働力に大きな影響を与えると予想しているのは僅か24%でした。

これらのリスクは独立して発生するわけではありません。経済的リスクはしばしば社会的リスクを引き起こし、環境リスクはテクノロジーに様々な負担をかけます。 共通しているのは、これら全てのリスクには明確な人的影響があるということです。 この影響は、ビジネス戦略上に留まらず、人間の日常生活でも対処する必要があります。

トレンドに当てはまるシグナル

  • 組織には、幅広い人的リスクの報告に必要なデータが不足している
  • 不測の事態やビジネスの中断からの回復を妨げる要因が理解できていない
  • 取締役会と経営陣は、意思決定に際してより透明性の高い従業員データを必要としている
  • DEI関連の取り組みを前進させることができていない

レディネス・ギャップ

デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2023によると、回答者のうち81%は、労働力に関する意思決定を行う際に、政治的不安定性や社会的不公平等のより広範な社会的および環境的リスクを予測し、考慮することの重要性を認めています。しかし、組織が労働力に関する意思決定を行う際に、これらのリスクに対処する準備が非常に整っていると考えているのは19%未満でした。

図1: 人的リスク:重要性vs.即応性
図1: 人的リスク:重要性vs.即応性

労働力リスクを管理するための現在のアプローチは不十分であり、デロイトのWorkforce Risk Surveyでは、自組織の労働力リスクを適切に把握できていると考えている経営陣は44%でした。経営陣に今後3年間の準備状況を評価するよう求めたところ、この数字は34%に低下しました。

新しいあり姿とは

より広範な一連のリスク検討、およびそれらリスクを監視するためのフレームワーク作成:人的リスクに焦点を当てるには、今日の仕事の世界の複雑さとダイナミズムを説明する、より広範な枠組みが必要です。つまり、オープンな役割、後継者計画、労働力の安全性等、限られた一連の内部要因のみを考慮する時代遅れのモデルを超えて、内部および外部の両方の広範な人的リスクを考慮することを意味します。この新しい枠組みは、どこで、どのように、どのような仕事が行われるかを包括的に検討するとともに、コミュニティの幸福、労働力の幸福、および労働力の長期的な雇用可能性を、組織が考慮する必要があります。また、組織が従業員のポータブルスキル・能力の習得を支援することによって、 「将来を保証している」かどうかも考慮する必要があります。

今日の労働力リスクという狭い視点の下でさえ、目標を達成している組織はほとんどありません。近日中に発表されるデロイトのWorkforce Risk Surveyによると、労働力リスクを明確に定義している組織は 40% にすぎず、組織のリスク監視方法に満足していると答えた経営陣は 10% 未満でした。インクルージョン (27%) や環境・社会・ガバナンス (ESG) (16%) が労働力に及ぼす影響等、拡張された指標を検討している組織はほとんどなく、今日において測定対象のリスクセットが限られていることは懸念すべきことです。

正しく理解している人にとっては、労働力リスクに取り組むことがビジネスにとって有益であることに疑いの余地はありません。 同調査により、人的リスクの管理方法に関してより多くの構造や規律を実装している組織は、業績を向上させていることも明らかになっています。 これらの組織は、収益性、運用効率、従業員の満足度、ブランド認知度において、同業他社をしのぐ可能性が高くなります。

幅広い洞察を通じて組織の機敏性を創出:人的リスクは、組織が計画したタイミングで発生するのではなく、多くの場合において突如として顕在化し、リーダーは慌てて対応する必要に追われます。 組織は、一貫した定義の策定や人的リスクのフレームワーク確立に留まらず、事業計画と継続的なリスク対策を強化して、進捗状況をよりタイムリーに評価する必要があります。 しかし、新たに発生する人的リスクをより正確に把握し、それに備えるためにデータと分析を導入していると答えた組織は、調査対象となった組織の僅か40%でした。また、今後それを今後2~4年以内に計画しているのは僅か43%でした。

これらの分析能力は、幅広い人的リスク要因を踏まえた上で対応策に関する洞察を提供できる、統合データインフラストラクチャに依存します。 例えば、労働力の要因や、より広範な経済、政治、技術、社会、環境の状況を含め、人間のリスクに対する理解を深めることが、ビジネスの意思決定にどのように影響するかを考えてみてください。 これには、新しい製造施設をどこに開設するか、従業員にどのようなスキル教育や福利厚生プログラムを提供するか、気候や公衆衛生の緊急事態が発生した場合に、どのようにビジネスの優先順位を変更し、サプライ チェーンをリダイレクトし、組織が従業員をサポートするかを決定することが含まれます。

分析が予測的ではない場合でも、混乱時に迅速にアクションを実行、評価、調整できる基盤を提供することで、組織の機敏性を向上させます。 また、得られた洞察によって、財務、運用、規制、評判、ブランド等、広範な人的リスクがあることを認識できます。

取締役会レベルでの責任浸透、組織全体への波及:これまで人的リスク管理は限定的な範囲で実施され、最高人事責任者や、場合によっては最高財務責任者に対して委ねられてきました。労働力関連のリスクに関する単純な知識や理解でさえ、人事部門の外では限られているようです。

「人的リスクにアプローチする上で最も効果的でない方法は、これが人事だけの問題であると言うことである」 。

– Mike Fucci (Acadia Healthcare, Flotek Industries取締役、 元デロイト会長


デロイトのWorkforce Risk Survey 1 によると、労働力関連のリスクについて専門家レベルの知識を持つ取締役は僅か40%です。今日のグローバルな破壊的リスクは、企業の長期的な存続可能性に重大な影響を与える可能性があり、全ての経営陣、特に取締役会メンバーが十分に理解して必要があります。取締役会は、現在および将来の投資家と利害関係者のニーズに応えるために、人的リスクに対する責任を受け止めるべきです。その手段として、既存の小委員会を設立または拡大するだけではオーナーシップを取るのに不十分です。

説明責任は取締役会の中だけで終わらせるのでなく、人的リスクの監視と準備を実際に組織全体に浸透させる必要があります。しかし、Workforce Risk Surveyの回答者のうち、ラインマネージャーが労働力関連のリスクについて専門家レベルの知識を持っていると答えたのは僅か39%でした。これらのラインマネージャーは、現場の労働者の感情を最も理解していると想定されます。近隣住民同士が共有通路を協力して管理しているように、労働者同士や組織との人的繋がりを作ることは、人的リスクを未然に防ぐのに役立ちます。組織とその労働者の間の継続的な対話は、人的リスクに関して労働力を関与させ、活性化するための重要な要素です。

先進的企業による取り組み

  • Gard:ノルウェーに拠点を置く世界的保険会社である同社は、労働力リスクを含む潜在的リスクに関するシナリオ計画を積極的に実施しています。社会経済、環境、地政学、技術に関連する広範な潜在的リスクのリストを作成し、取締役会と経営陣の双方に最もリスクが高いと思われる要因についてヒアリングした上で、機能横断のワーキンググループにおいて解決策のシナリオ計画を作成しています。2
  • Metlife:世界的保険会社である同社は、ESGリスクの責任を取締役会に負わせ、役員と定期的に会合を開いてデータを見直し、気候リスクを評価しています。現在は、気候変動に関するストレステスト実施およびシナリオ計画作成に関する組織能力の開発を行っています。3
  • 米国財務省:企業におけるリスクの一部となっている労働力リスクを含めて、評価するリスクをより広範囲に捉え始めています。また、リスクに関する評価と意思決定を更に支援するために、データと分析機能を強化する計画です。4

進むべき道

図2: 生き残る、成長する、率先する。

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生き残る

市場での存続可能性の維持

  • リスクを評価するために使用する基準を拡大し、財務リスクやブランドリスクとともに人的影響を含める
  • 人的影響を評価する際には、労働力全体が含まれていることを確認する
  • 定期的なビジネス計画の一環として、優先度の高い人的リスクに関する意思決定を知らせるためのデータを定期的に収集する
  • 人的リスクの伝達と行動の緩和における透明性の向上を従業員にもたらす

成長する

差別化による競争優位の獲得

  • リスクセンシング、シナリオ計画、リスク準備に集中するために、労働力エコシステム全体で役割やチームを指定する
  • ビジネス戦略と従業員戦略を定める際に、現在発生している人的リスクを考慮する
  • 取締役会や役員レベルで、人的リスクへの備えに対する説明責任を浸透させる

率先する

根本的な革新と変革による市場のリード

  • 人的リスクを引き起こす行動を特定し、それらの行動を変えるための動機と共有の説明責任を果たす文化を生み出す
  • 高度なデータと分析を使用してパターンを感知し、リスクを予測し、組織の内外で計画と準備を推進する
  • 自組織のアプローチと洞察を他の組織、コミュニティ、規制機関と共有し、社会の全ての人間のための利益に還元する

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今後の展望

リスク管理のための人間中心の予測的アプローチには、リーダーと労働者の双方にとって重要な考え方の転換が必要であり、追加投資も必要となります。しかし、現状を維持することの危険性は、改善のコストをはるかに上回ります。より広範で人間中心のリスク管理アプローチを優先しない経営陣は、人的リスクの管理方法に関心を持つ取締役やその他の影響力のある利害関係者と対立する可能性があります。

取締役会は最終的に説明責任を負う必要がありますが、人的リスクに効果的に対処するには、全従業員を巻き込むことが必要です。多くの人的リスクは、複雑かつダイナミックで、一見したところ手に負えないように見える社会的課題であるという点で、「厄介な問題」によって引き起こされます。5 ビジネス戦略に情報を提供するのと同じ種類のエコシステムの考え方は、その人的リスクに影響を与えることができ、労働者、経営者、およびソリューションを共同で作成するために活動するコミュニティの能力とリソースを引き出すことができます。

先進的な組織は、センシング機能を拡張し続け、従業員と協力して、あらゆる形態の人的リスクを予測したり対策を計画したりしています。 そうではない企業は、新たな課題や破壊的なリスクにさらされ、圧倒され、効果的に対応できず、ましてや新たな機会を利用できないことにすぐに気がつく可能性があります。 従来のビジネス中心の視点をリスク管理に注力し続けると、組織が従業員を優先していないことが従業員や顧客の知るところとなり、最終的には組織の財務および業務のパフォーマンス、評判、およびブランドに悪影響を及ぼす可能性があります。

脚注

1. Deloitte Insights, “Workforce Risk Survey: Evaluating the C-suite, board,” August 23, 2022.

2. Torunn Biller White, “Navigating new and emerging risk – an interview with Gard’s Chief Risk Officer,” Gard, May 28, 2020.

3. MetLife, “Managing risk,” accessed December 9, 2022.

4. Jason Miller, “Culture of risk management beginning to emerge at the Fiscal Service,” Federal News Network, October 4, 2022.

5. William D. Eggers and Anna Muoio, Wicked opportunities, Deloitte University Press, accessed December 9, 2022.

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