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階層型組織とネットワーク型組織を組み合わせたハイブリッド型組織

「既存事業」・「新規事業」の両輪経営に向けた組織のあり方 第3回

前回の振り返り

  • スピーディーかつ柔軟な対応力がある企業の組織の要諦は「遠心力」・「求心力」・「マネジメントの仕組み」の3つであり、これらの特長を押さえた組織形態をネットワーク型組織と呼ぶ
  • ネットワーク型組織を効果的に機能させるためには、メンバー個々人やチームへ権限委譲を進めることで、各々が自律的に動き主体で意思決定できるようにすることが求められる
  • 一方、既存事業もあるなかでネットワーク型組織への変革に踏み切れないケースも多いが、既存の階層型組織は残しつつ、部分的にネットワーク型組織の要素を取り入れる“ハイブリッド型組織”を形成する方法もある

 

新規事業組織設立で陥りがちな罠

第2回で説明したような、新規事業を促進する術であるネットワーク型組織の設立手法は理解しているものの、新規事業をビジネスとして上手く立ち上げ・収益化できていないというケースは多く見受けられる。ここでは、代表的な事例とその失敗要因を取り上げる。

 

事例:会社としての将来に大きな危機感を感じており、新規事業創出を目的とした新組織を立ち上げ、注力しようと試みたものの、リスクを取り切れずに事あるごとに既存事業を優先してしまった。結果、新規事業は収益化が困難な状態がつづき安定運営にこぎつけることができず、事業として取り止めてしまった。

⇒こうなってしまう要因としては、まず、同一組織内で既存事業と新規事業が併存しているが故に、双方の社内公平性から、新規事業推進に必要な「遠心力」・「求心力」・「マネジメントの仕組み」を具備した環境を独立して構築することができなかったことが挙げられる。次に、新規事業をリードする担当役員のリーダーシップや、周りへの発信力・巻き込み力が弱いことから、往々にして経営会議における物事の優先度において既存事業に負けがちであり、劣後されてしまうことで使えるリソースが限られてしまう。また、会議の場では合意形成が図られ総論賛成は得られるものの、いざ推進しようと動き出そうとすると、局所において既存事業側からの協力を得られない。さらに、既存事業のハイパフォーマーを新規事業へ引っ張ってきたものの、あくまでも既存事業で優秀とされていた人材であるため、過去の成功体験や既存の延長線上での発想となり、新規事業に求められる素養を持っていなかった、等が原因として考えられる。

このような状態を防ぐためにも、予め既存事業と新規事業を融合して両輪経営できるような組織設計をきちんと行っていく必要がある。既存の階層型組織は残しつつ、“部分的に”ネットワーク型組織の要素を取り入れる仕組みは“ハイブリッド型組織”と呼ばれている。

 

ハイブリッド型組織のパターン

既存事業の強みを活かしながら新事業を創出していくための組織体の形成方法として大きく2パターンある。組織内に自らイノベーションを新規事業として生み出す特区を形成する方法、そしてイノベーションを促進する共通プラットフォームを形成する方法である。ビジネスモデルのイノベーションを目的とする場合には、同一組織内での自らイノベーションを新規事業として生み出す特区の形成が、付加価値が異なる商品やサービス、または効率性や生産性向上に寄与するプロセス・業務のイノベーションを目的とする場合には、イノベーションを促進する共通プラットフォームの形成が有用である。

特に、昨今世の中でも必要性・関心度合いが高まってきているイノベーション創出を目的とする新規事業組織としての社内特区のポイントにフォーカスして説明していく。

社内に他の組織とは異なる制度・権限ルールが適用される特別組織である「特区」を既存組織から切り出して設立することは、業界構造や会社の収益モデルを大きく転換し得るビジネスモデルのイノベーション創出へ有用であることが多い。特区として独立させることにより、既存の社内力学に左右されない強い権限や予算を持ち、新規事業組織による価値創出を見いだすことができるからである。

なお、既存事業からの独立性をより強固に進めていく方法として、子会社化(出島)という手法も採りうる。こちらの方が、子会社として会社体を分けてしまうことで既存組織からの横やりが入りにくく、社内公平性を多分に考慮しすぎる必要がなくなるため、より動きやすくなることが特徴である。

 

特区形成によるハイブリッド型組織の成功の要諦

イノベーションを生み出す新規事業組織として特区を社内に形成する際には、「既存組織のリソースをどこまで活用できるか」が肝要である。特に次の5つの要諦を押さえる必要がある。

 

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1つ目は、イノベーションの創出をリードする新組織、もしくは既存事業において「適切な機能を配置」することである。たとえば、市場トレンドを分析する機能や、世の中にある要素技術を探索する機能など、既存・新規の双方に必要となりそうな機能に関して、既存事業と新規事業とをどのように分担するかを明確に定める必要がある。

2つ目は、機能配置に「“実行力”を伴わせる権限・責任」を付与することである。新規事業創出時において、構想・プロトタイピングまでは一部のR&D人材を特区内に保有し、試験ラインを確保できれば事足りるものの、量産試験等の規模が伴う活動になってくると既存事業のリソースを活用するための権限を特区側へ持たせないと事業化への歩みが鈍化・止まってしまう。特に、新規事業を創出する際の実際の“人の動き”を想像しながら、既存事業との間で起きうるコンフリクトのタイミングや内容をあらかじめ特定し、回避施策の検討を行っていくことで、スムーズな新規事業推進が可能となる。

3つ目は、適切な「意思決定プロセス」を整備することである。新規事業組織と既存事業組織との連携の流れの中で、誰が、どこで、何を話して、何を決めるか、を明確にすることで”ポテンヒット”を防ぐ。新規事業(特区)と既存事業(既存組織)との横連携での会議体の定期的な開催を設定することがポイントであり、本会議体において当該特区を優先して進めようとなった際に、各リソース(特に研究や施策のライン等)を割り当ててもらえるかが成否の肝となる。

4つ目は、新規事業創出に向け、イノベーションやチャレンジを促す「人事制度(処遇ルール)を整備」することである。新規事業に関わる人材は、プロセス重視の評価・処遇を行うことが望ましく、既存事業側人材にも、新事業活動への参加に対するインセンティブ設計が必要である。通常の人事制度の枠では、具体的な成果目標やその達成度で評価されるため、シーズや新たなビジネス種等の“可能性”を探すという動きを生み出すことは困難である。

5つ目は、“イノベーティブリーダーシップ”を持つ「人材を発掘(又はチーミング)」することである。大いなる価値・大義に向けて、システム思考で、会社・上司に拒絶されても諦めずに取り組むイノベーターとしての素養を持つ人材を的確に抽出すること、イノベーターが育ちやすい環境となっているかを診断することが必要である。単純に“既存事業のエース級”を当てるだけではうまくいかない。また、全知全能なイノベーターだけを集めて組織を作れることは稀であるため、結局は「チーミング」が肝となる。新規事業に求められる組織機能・人材要件にフィットする人材を社内で探し、組み合わせてチームを組成していく。

こうしたポイントをきちんと実装したうえで、新規事業へ必要十分なヒト・モノ・カネといった各リソースを確保することができるのか、ここにハイブリッド型組織としての成否がかかっているといっても過言ではない。

 

ハイブリッド型組織設立に向けた既存事業の巻き込み方

また、前述したように既存事業側の協力・連携が不可欠となるが、それらを実現させていくためには、既存事業側へのメリットをきちんと打ち出していく必要がある。これを怠ってしまうと、協力を得られないばかりか既存事業側が抵抗勢力となってしまう可能性も出てきてしまうのである。会社の基幹事業かつ声の大きな事業部長に抵抗・拒否されないことが重要となる。

たとえば、既存事業と新規事業にて協業した売上はダブルカウントできるようにすることで、既存事業側は優秀人材を放出するという多少のリスクを抱えたとしても、将来的なリターンが期待でき、人を新規事業へ回しやすくなる。つまりは、既存事業側には社内投資家的な立場を取ってもらうのが有用といえるであろう。

さらに言うと、実際、新規事業が事業体として立ち上がるまでにも一定時間を要するので、そこまでは次のようなステップで進めることも一考である。まず、新規事業(特区)は当面の間はインキュベーションオフィス的な立ち位置で存在させ、その間に上がった売上は既存事業側でカウントする(特区としての数値目標は立てず、裏で管理するに留める)。そして、徐々に特区において売上規模や生産性が上がってきたら、ようやく一事業として独立させる。そのうえで、売上を既存事業とダブルカウントすることにより、既存事業側も売上が投資対効果的に飛躍して伸びてくる状況をつくっていく。

 

持続的な既存事業と新規事業のシナジー創出へ向けて

ご覧いただいているみなさまには、新規事業の必要性および既存事業との融合のあり方についてご検討いただいていると推察する。

みなさまの企業が、複雑な課題に対してスピーディーかつ柔軟に対応していく組織体へと変わっていくことで、社員がわくわくしながら自発的に考え動くようになり、既存事業と新規事業とでシナジーが持続的に生まれる環境となっていくことを、そして本稿がその一助となることを願っている。

 

執筆者紹介

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
マネジャー 橋本 洋人
マネジャー 樋口 誠

※所属・役職は執筆時点の情報です。

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