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米国の遠隔診療に関する取組み
米国では新型コロナウイルス感染拡大前から遠隔診療を導入していましたが、新型コロナウイルス感染症をきっかけに遠隔診療の利用者数が増加しました。その背景となった時限的措置から今後の恒久化に向けた米国の取組みを紹介します。
目次
- 新型コロナウイルスによる日本国内の診療数の減少
- 米国のメディケア遠隔診療サービスの推進
- 遠隔診療の導入にかかる財政支援
- 遠隔診療を提供する医療従事者に対する規制緩和
- ポストコロナの継続的な遠隔診療の活用に向けて
新型コロナウイルス感染症による日本国内の診療数の減少
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、外来患者や健診の減少、予定手術の延期などにより、診療件数が減少しました。社会保険診療報酬支払基金の月報の推移によると、2020年5月は約7,100万件(前年同月比マイナス24・2%)であり、金額では約1,300億円(マイナス12・4%)でした。*1
感染防止を行いながらも医療へのアクセスを確保できるよう、遠隔診療の規制が時限的に緩和され、初診からオンライン診療や電話での診療が受けられるようになりました。これを受け、遠隔診療を実施した医療機関は4月27日時点の10,812施設から7月31日には16,202件に増加しましたが、全国約11万の医療機関数に占める割合は7月でも14.6%に留まっています。遠隔診療の導入に慎重な声の一つに遠隔診療の診療報酬が対面診療よりも低いことなどが挙げられています。*2
米国のメディケア遠隔診療サービスの推進
米国では新型コロナウイルス感染拡大に伴い、遠隔診療の利用者数が劇的に増加しました。そこで、この増加の背景となる米国内の取組みを紹介します。
米国には2つの主な公的医療保険があります。一つは65歳以上の高齢者や障害者を対象としたメディケア(Medicare)という健康保険であり、連邦政府が運営しています。もう一つは低所得者を対象にしたメディケイド(Medicaid)で、州政府と連邦政府が運営しています。これらの対象外となる人々が医療保険に入る場合は民間の保険に加入する必要があります。
ここでは、メディケア・メディケイド・サービスセンター(Centers for Medicare and Medicaid Services (CMS))が保険適用としている遠隔診療サービスの内容を紹介します。CMSは新型コロナウイルスの感染拡大前からメディケアでは以下の遠隔診療サービスの受診が可能でした。メディケア・テレヘルスヴィジットでは、ビデオ会議システムなどを使用して診療しますが、対面診療と同額の保険が適用されます。バーチャルチェックインは2019年に始まったサービスです。*3
2020年1月31日に米国で新型コロナウイルス感染症による公衆衛生上の緊急事態が宣言されると、CMSは遠隔診療サービスの利用を推奨し、緊急事態下の一時的な措置として、遠隔診療に係る制限の一部解除や135のサービスをメディケアの保険適用の対象に追加しました。
(1)遠隔診療の受診場所の制限の解除
以前は、メディケアの遠隔診療は地方の指定された場所での診療や、診療を受けるためにクリニック等の医療機関に行った先で遠隔診療を受けることが求められていましたが、緊急事態中の一時的な措置としてこの制限が解除されました。これを受け利用者は全ての地域において在宅または一時的に設けられた診療の場でも遠隔診療を受けられるようになりました。
(2)遠隔医療で受診できる医療サービスの適用拡大
緊急事態の一時期措置として、CMSは135のサービスを遠隔診療の保険適用の対象に追加しました。これにより、介護施設訪問、退院支援相談、理学療法士、作業療法士、言語療法士等によるサービスも対象に含まれるようになりました。*4
(3)音声通話での遠隔診療が可能なサービスの適用拡大
メディケア・ヘルスヴィジットでは、テレビ会議システム等を通して対面することが求められていましたが、一部のサービスについては音声通話でのリアルタイムのコミュニケーション診療が認められるようになりました。*4
緊急事態宣言前は、これらのサービスの利用者は1週間に14,000人程度でしたが、上記の取組みを受けて、3月中旬から7月初旬の利用者数は約1,010万人にまで増加しました。
*5
遠隔診療の導入にかかる財政支援
米国では新型コロナ感染症に対する経済支援策として、2020年3月27日にCARES法(the Coronavirus Aid, Relief, and Economic Security Act コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法)が可決しました。その中で、医療従事者による遠隔診療に必要な機器の購入や通信環境の整備にかかる財政支援として、2億ドルが連邦通信委員会(Federal Communication Commission(FCC))に充てられました。FCCは1件100万ドルを上限に、希望者から申請を受け付け、4月16日から7月8日の間の539件の申請をもって受付を締め切りました。申請を受理された医療関係者は2020年12月末までに、受領した補助金を遠隔診療の体制整備のために使用することになっています。*6
遠隔診療を提供する医療従事者に対する規制緩和
米国では医療に関する個人情報の取扱を規制する連邦法、「医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律(Health Insurance Portability and Accountability Act of 1996 (HIPAA)」があります。 アメリカ合衆国保健福祉省(The U.S. Department of Health and Human Services (HHS)は遠隔診療に使用されるテクノロジーや手法が完全にHIPAAを遵守していなかったとしても、新型コロナ感染症による公衆衛生上の緊急事態下において誠実に遠隔診療サービスを提供する場合は罰則が科されない旨の通知を出しました。また、保健福祉省の公民権局(Office for Civil Rights (OCR))は、遠隔診療に使用しても罰則の対象にならないアプリケーションを具体的に示しています。*7
ポストコロナの継続的な遠隔診療の活用に向けて
これらの取組みにより遠隔診療の利用者が増加した結果、8月には地域医療の改善と遠隔診療へのアクセスに関する大統領令が発令され、新型コロナウイルス感染症による公衆衛生上の緊急事態が終息した後も遠隔診療のサービス拡大に向けた検討が進められています。これを受け、CMSも新型コロナウイルスの一次的措置として認めた遠隔診療サービスの一部恒久化を提案しています。遠隔診療は対面診療をとって代わるものではなく、米国の高齢者に対する医療へのアクセスや選択肢を増やすことにより対面診療を補完し強化することに繋がるとしています。*8
日本のオンライン診療について
メディケアの対象である高齢者による遠隔診療の利用の増加は、医療機関に対する支援策を通して、利用者や患者が安心して医療サービス受けることのできる便利な手段の一つとして受け入れられた結果であると思われます。
日本でもオンライン診療の恒久化に向けて、診療報酬の見直しや適用範囲の検討が始まりつつあります。高齢化や人口減少が進む中、近隣に病院がないことにより診療から足が遠のくよりは、オンライン診療で継続的に診察を受けていることによって必要に応じて対面診療につなぎ、病気の早期発見につながるという意見もあります。診療報酬や体制整備に係る財政面での支援や投資、医療従事者や利用者、特に高齢者に対するオンライン診療に関する教育など多方面での様々な検討を重ね、医療機関と利用者が安心して利用できるオンライン診療の仕組みが構築できればと思います。
参考文献
*1社会保険診療報酬支払基金 統計月報https://www.ssk.or.jp/tokeijoho/geppo/index.html
*2オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-isei_513005_00001.html
*3 CMS Medicare telemedicine health care provider fact sheet, Medicare coverage and payment of virtual services
https://www.cms.gov/newsroom/fact-sheets/medicare-telemedicine-health-care-provider-fact-sheet
*4 CMS COVID-19 Emergency Declaration Blanket Waivers for Health Care Providers https://www.cms.gov/files/document/summary-covid-19-emergency-declaration-waivers.pdf
*5 HHS Issues New Report Highlighting Dramatic Trends in Medicare Beneficiary
Telehealth Utilization amid COVID-19
https://www.hhs.gov/about/news/2020/07/28/hhs-issues-new-report-highlighting- dramatic-trends-in-medicare-beneficiary-telehealth-utilization-amid-covid-19.html
*6 FFC Public Notice Wireline Competition Bureau Extends the COVID-19 Telehealth
Program September 30, 2020 purchase and Implementation Deadline
https://www.fcc.gov/document/covid-telehealth-program-purchase-and-implementation-deadline-extended
*7 Notification of Enforcement Discretion for Telehealth Remote Communications
During the COVID-19 Nationwide Public Health Emergency
https://www.hhs.gov/hipaa/for-professionals/special-topics/emergency-preparedness/notification-enforcement-discretion-telehealth/index.html
*8 Trump Administration Proposes to Expand Telehealth Benefits Permanently for Medicare Beneficiaries beyond the COVID-19 Public Health Emergency and Advances Access to Care in Rural Areas
https://www.cms.gov/newsroom/press-releases/trump-administration-proposes-expand-telehealth-benefits-permanently-medicare-beneficiaries-beyond
執筆
有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部 ヘルスケア
※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2020/09
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