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【連載企画】医師の働き方改革の進め方
第2回:なぜ医師の働き方改革を進めなければならないのか。
2024年4月から36協定で定める医師の時間外労働に上限が設けられます。違反すると労働基準法第32条に抵触することとなり罰則が科せられる可能性があるため、医師の働き方改革は医療機関において避けて通れないテーマです。しかし、無理な施策の導入や他院の模倣では本質的な解決にならないことに加え、医師からの反発や患者家族への悪影響が生じる可能性があります。このような背景の中、デロイト トーマツ ヘルスケアが考える医師の働き方改革の進め方を紹介させて頂きます。
残業時間の短縮?健康管理?働き方改革は何のために行うのか。
今後到来する超高齢社会において、医療職の負担がより大きくなることが想定されます。しかしながら、現状、医療職、特に医師の過酷な労働実態がある中で、今後も改善されない状態が続くと、医師自身の健康への悪影響が生じることになります。やがて離職や休職が頻発することになれば、最終的に医療崩壊につながってしまう可能性も考えられます。
医師の働き方改革は、医師自身のために行うものでもあります。しかし、改革を必ずしも望まない医師がいることも事実です。診療時間変更や短縮による患者への影響、自己研鑽機会の損失など、医師の働き方改革が医師を保守的にさせる理由も存在すると推察されます。ただ、それらの理由は、あくまで医師の精神的・肉体的な健康が健全な状態であることが根底にあってのものです。
また、医師の働き方改革が進まず、適切な時間管理がなされていなかったり、労働基準監督署の宿日直の許可がないまま宿日直管理をしているような状況がある場合、経営側に法的リスクも発生します。
本稿では、医師自身の労働環境と法的リスクの観点から、なぜ働き方改革に取り組まなければならないのかについて解説します。
医師の労働環境から考える働き方改革の必要性
医師の時間外労働の上限規制が求められるきっかけとなった事案をご存知でしょうか。2016年頃、一人の女性研修医が雪の積もる公園で自ら命を断ちました。毎月、過労死ラインとされる月80時間を上回る月100時間以上の時間外労働を繰り返し、最長251時間の月もあったそうです。
その他にも、大学病院勤務医の過労による交通事故死、麻酔科医のうつ病による自殺、内科医のくも膜下出血死など、過労死事例は判例などからいくつも確認できます。過労死した医師のご子息が労災審査で口頭意見陳述された文書を読むと、遺族への心理的ダメージが計り知れないものであることに気付かされます。もしも働き方改革に対して必ずしも前向きではない医師がいる場合、主治医に何か起こった際の患者家族への影響や、主治医自身の家族への影響を本人に問いかけ、その重要性について理解いただくことが必要であると考えます。
医師の労働時間管理や健康管理を適切に実施できていない場合、「当院(或いは当科)の医師が過労で倒れることはない」と絶対に言い切れないのも事実です。実際、医師の過労死に関する労災請求件数を確認すると、医師の労働時間が過剰である一方で、労災請求件数はやや少ない印象を受けます。医療・福祉業界全体の請求件数自体は、製造業と同規模の件数(平成28年:製造業380件に対して医療・福祉業界349件。脳心臓疾患と精神疾患の合計)となりますが、そのうち医師の請求件数を見れば脳心臓疾患では約15%前後(平成28年:医療・福祉業界で47件の請求中、医師は6件)、精神疾患においては5%にも満たない状況です(平成28年:医療・福祉業界で302件の請求中、医師は10件)
これらの理由が明確になっているわけではありませんが、昔から医師の仕事は長時間労働が一般化・常識化していること、そのため同僚・被災者・遺族自身が必ずしも過労死と認識していないこと、そして何より労働時間が適切に把握されていないため、その立証が困難であることに起因するのではないかと推察します。つまり、医師が過労で倒れるケースはあまり耳にしないだけで、実は比較的身近に発生している可能性が否めないというわけです。
実際に、医師の日常業務をイメージすると、医師は日々精神的なプレッシャーにさらされていることが伺い知れます。例えば、患者家族に対する説明で他の医師と見解が少しでも異なっていたり、看護師の採血や処置に不安があった場合、感情的に医師の責任を問う患者家族は少なからずいるでしょう。また、人の死に直面する仕事である以上、自分の過失ではないものの、何等か症状悪化の回避や緩和に寄与することができたのではないかと気に病む医師も多いのではないでしょうか。こうしたシーンは、概ねどの医療現場でも起こり得ることです。医師の残業時間に目を向けていると見過ごされる可能性はありますが、上記のような医師に対するメンタルケアも働き方改革に取り組む理由の一つになるでしょう。
時間外手当未払いなどの法的リスクは、もはや対岸の火事ではない。
医師の働き方改革を進める理由として、経営側の法的リスクも見逃せません。医師の時間外労働の上限規制は2024年の施行ですが、それまでは現行法が適用となり、現行法下での(特別条項付き)36協定の限度時間順守や年次有給休暇の年5日取得が求められます。加えて、宿日直許可の取得や自己研鑽時間の把握、兼業・副業の労働時間の通算も現行法や通達文書等で明文化されており、すでに対応しなければならない事案となります。実際にこれらに違反した医療機関に労働基準監督署が立ち入り、未払い時間外労働分の支払によって数億円の赤字に陥ったケースもあり、このような法的リスクはもはや対岸の火事ではないと言えます。また、法令上の定めはもちろん、労使間で定めた院内ルールを順守することはガバナンスやコンプライアンスといった院内統治上、必要な取組みであるのは言うまでもありません。
おわりに
なぜ医師の働き方改革を行う必要があるか。医師自身のこと、家族のこと、そして法的リスクや院内ガバナンス順守…これら以外の理由も含め、是非各医療機関でこの問いに対して真剣に向き合い、改革を進めて頂ければ幸いです。
次回掲載予定
次回は、医師の働き方改革の制度内容や仕組みについてお伝えする予定です。
是非ご覧いただければ幸いです。
執筆
有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部 ヘルスケア
※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2021/12
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